戻りました
「あん、もう!」
ボタンをとめている最中に、シャツの胸元が大きく余っていることに気づき、少女は胸元の布を緩めた。途端に大きく迫り出した部分をシャツの中に閉じ込め、ズボンと上着を、そしてブーツを履く。
身につけた軍服は、黒いものだ。
王城で王族の身辺警護や城内警備の役割を担う近衛騎士の白いものではなく、王都内の治安維持を担当する王都警備隊の青い制服でも、辺境に派遣されている王国軍の深緑のものでもない。
貴族の私兵は、家毎に違う制服を身につけていることが多いが、詰襟型の軍服を着ることは許可されていないので、これも違う。
あとは、軍隊規模の兵士を持つことが許されている4つの辺境伯のどこかだが、実戦時に見た目重視な詰襟服など窮屈なだけなので、辺境の兵は革鎧とフード付きの外套を隊服にしている。
彼女の着ている服とは詰襟ではあるけれど、よく知られている組織の制服ではない。それを不思議に思いながら、女医は、少女を見つめた。
着替えを終え、立ち上がった少女の上背は、ドレス姿の時より明らかに高い。
「あら、なんだか本物よりかなり大きいような?」
「そりゃあそうですよ。クリステラ公爵令嬢ルリフィーヌ様は13歳。今からまだ大きくなるのでしょうけど、成長途中です。私は成長を終えた大人ですからね!
ルリフィーヌ様より背が高くて当然です。ドレスも子供なルリフィーヌ様のを借りたら入らなくて、少しお直ししました。レース飾り多めなデザインのドレスにしたので、ぱっと見の違和感はなかったでしょう?
身長は誤差の範囲ではないので、ドレスの中で、膝を曲げて歩く羽目になりました。地味に大変でしたよ」
だが、大人と言いながらも、子供の様に、えっへんと胸を逸らして立つ少女の言葉に、女医は頷かない。
「身体は大人に戻ったけれど、顔と髪型はまだ13歳の公爵令嬢のままよ?」
「あっ!」
「この部屋から出る時にクリステラ公爵令嬢の顔じゃ不味いんでしょ?その髪を自力でなんとかするのは無理そうだし、殿下に連絡して、化けた時の美容メイドを呼んでもらった方がいいんじゃないかしら?」
「あの、ここにいます!!ミシェルラ様、こちらに全てご用意しております。どうぞ」
クリステラ公爵令嬢の顔をした見た目は少女な大人女性の名前は、ミシェルラであった。
部屋の角に待機していた2人のメイドにより、ミシェルラは身支度に必要な道具類を並べた小部屋に案内された。女性専用の救護室にはカーテンで仕切られた小部屋のような空間がいくつかあるのだ。
「まあ、殿下ったら、準備が良いわね」
この救護室の担当は、当番制なので、女医‥‥‥ソーシス先生の根城ではない。見慣れぬメイドがいるのはいつものことなので気づかなかったようだ。
美容メイドの魔法のような手により、ミシェルラの顔面は、ほんの少し吊り目な大きな瞳で利発そうに見えるクリステラ公爵令嬢から、垂れ目がちの大きな瞳で、儚げに見えるミシェルラ本人の顔に戻された。
10代前半の少女の中で流行っている、可愛らしい大きなリボンを編み込んだ髪型も、シンプルな長い三つ編みにして顔の左サイドに流している。髪色は特に変えていないので、艶やかな銀色のままであるが、印象がガラリと変わった。
黒い軍服を着たミシェルラの姿は、一般的にみれば大きな女なのだろうが、凛々しいというより儚げで可愛い。
自分の前に戻ってきたミシェルラと、ソーシスは会話を続ける。この部屋にいる人間は、殿下の許しが出るまでそのまま待機の命令が出ているのだ。やるべきことがない救護室でできることは、おしゃべりしかないのである。
「クリステラ公爵令嬢の振りをしていたときには、膝を曲げて歩いてたの?それは大変ねぇ。貴方、以前会った時より、身長が伸びたんじゃない?それでも、お母上やお姉様方に比べると、小さいけれど」
そう、ミシェルラの母や姉は、彼女より大きい。ミシェルラだって予定ではそれ以上に成長するつもりであったのに、本人希望の未来予想通りには、身長は伸びなかった。強靭な割に細身で身体の厚みが薄い母や姉より、平均以上に育っている部分はあるが。
「私も大きくなる予定だったのですよ!ていうか、先生こそ、私より小さい?あら?もしかして縮みました?」