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噂の子爵夫人は、何者なのか

 近衛騎士と助けられた令嬢は早々にその場から立ち去った。救護室に向かったのだろう。そして、ただの野次馬ではない一部の貴族もまた、いつの間にかその場から消えていた。


 残るは本物の野次馬ばかりとなったが、しばらく経つと、少女の無事を喜び、口々に騎士達を褒めたたえていたものも、その場を離れていった。


 それでも、まだ興奮がおさまらぬもの達は、移動することなく話を続け、次第に、その場の話題は近衛や公爵令嬢から、捕縛された夫人のものへと変わっていった。



「まさか、ベース子爵夫人が、あのような凶行に及ぼうとは」


「いや、ベース子爵夫人のことを、まさかあの方がとは言えんだろう。あの方だからこの様なことをされたのだ。口撃や些細な嫌がらせで満足した様子はなかったのだから、いずれは過激な方法で、邪魔な令嬢を害する予想はできた」


「わしが聞いた話では、既に危ない目に遭いかけた令嬢が幾人もいるらしいぞ?ベース子爵夫人によるものかは知らんが」


「その話は、私も聞いたことがある。まあ、十分な護衛を用意できる家の令嬢ばかりだったので実際の被害は出ていないそうだがな。上昇志向の強いベース子爵夫人にとっての敵は、格上の貴族家の令嬢だ。噂が出た時点で、皆対応するだろう」


「そうだな。クリステラ公爵家も、馬車の移動での護衛を倍増させていたし、狙われている御自覚はあられたのだろう」


「だが、相手は子爵家だろう?ベース子爵夫人の実家はどこだ?高位の貴族令嬢ではないのは知っているが、凄まじい財力がある家でもないのだろう?裕福な家なら、まともな教育を受けているはずだからな」


「ベース子爵夫人の実家は知らないが、有力貴族でないことは確かだ。まあ、たいした家ではないだろう。だが、特別な後ろ盾がある訳でもない相手なら、噂段階で捕まえることなど容易だろうに?公爵家なら、怯えて警戒なんてせずとも、簡単に踏み潰せる相手だ。実際に令嬢が被害に遭うまで放置したのには、何か理由があるのか?」


「ううむ。理由はわからぬが、きっとベース子爵夫人という人物を捕まえるだけで済む話ではなかったのだろう」


「極めて愚かな女性だとは思っていたが、そんな単純な話ではなかったということか」


「しかし、まさか、王城で、あの様に直接……とは。お前がいるせいで!邪魔だ、死ね!と叫んでいたから、流石に事故だと言う言い訳はきかないだろうな」



 立ち話に夢中な男性貴族集団のすぐ近くで、女性貴族達も負けじと話をしていた。



「先程、ベース子爵夫人が叫ばれた言葉……お聞きになられました?」


「ええ。あんなことを口にして、人に危害を加えるなんて!本当に、恐ろしい方ですわね!」


「あんな方が奥方では、これから、ベース子爵様も大変ですわね」


「確かにそうですわね」


「そういえば、ベース子爵令嬢を最近はお見かけしませんわね?」


「母親が、あのような方ですから、貴族令嬢として表に出せない女性なのでは?」


「いえ、あの方は後妻ですわ。私、何年か前の茶会で、成人前のベース子爵令嬢をお見かけしたことがありますの。おとなしそうでしたけど、特に問題のないお嬢さんでしたわよ?」


「ベース子爵令嬢のお母様は、子爵家出身じゃないかしら?確か、私の弟の婿入り先の義理の妹の旦那様の姉の嫁ぎ先の親族……従兄弟のお姉様だったはず。もう亡くなられていますけれど」


「よ……よくわかりませんが、嫁ぎ先と同位の貴族家出身でしたら、令嬢の教育ができないなんてことはなさそうですわね」


「ベース子爵も令嬢も、あの夫人の被害者だと聞いたことがありますわ」


「まあ!」


「そうなのですか?」


「詳しくは存じませんけれど」


「ま……あ」


「……そうですか」


「そ、そういえば、先程の近衛騎士の皆様、凄かったですわね!」


「えっ、ええ!クリステラ公爵令嬢に大きな怪我はないご様子でしたし、大変素晴らしい働きだったと思いますわ」



 階段付近に残り、立ち話をしている野次馬貴族達は、事件の目撃者となったことに興奮しているのか、その後も長々と会話を続け、一向に立ち去る気配がなかったらしい。





 今回の事件の直接の関係者でなくとも、情報を共有するべき立場にある貴族は、王城の会議室に集められ、報告を待っていた。


 ただ、責任ある立場の貴族といえど、この場には、まだ王族も近衛騎士団の関係者も現れていないこともあり、室内にいた者達もまた、野次馬貴族達同様、ベース子爵の話題で盛り上がっていた。


 待たされている時間が暇すぎたせいもあるのだろうが、会議室内では皆、張り合うように、自身が持つ情報を口にし、盛大なる暴露大会の様相を見せている。



「やっとベース子爵の後妻問題が片付きそうだな」


「なんだ、それは?」


「ああ、私は直接彼から聞いた。妻を亡くしたばかりのベース子爵は、ズルー男爵令嬢に脅されて、後妻にするしかなかったと」


「脅されてとは?」


「娘の夜会デビューの付き添いとして参加していた東部夜会で、薬を盛られて気を失ったと。気がついたら控え室の椅子に座っていて、目の前の床に半裸のズルー男爵令嬢が座っていたんだそうだ。意識が戻ったベース子爵は、責任を取って自分と結婚しろと言われ驚いたとか。


 だが、責任を取らなければならないようなことをした覚えなどないから、相手にせず、部屋を出て娘を探そうとしたら、責任をとって自分を後妻にしろ、さもないと娘は近いうちに、いや、今日かもしれないが、傷物となると脅してきたとか。


 それでも部屋から出ようとしたら、半裸のまま悲鳴をあげて外に出ると。そうすれば、一時的にでもベース子爵は拘束される。そうなれば、その短い間に娘を攫い娼館に売ることなど簡単なことだと」


「なんと、酷いことを!だが、断固拒否して、周囲にベース子爵令嬢の保護を頼めばよかったのでないか?」


「ベース子爵も夜会会場に信用できる知り合いがいないわけじゃないから、断固拒否しても大丈夫だと考えはしたが、彼の前妻の死について、物騒なことを仄めかしたり、夜会会場のどこかにいるベース子爵令嬢が既に危険な相手の手に落ちる寸前だと脅したと」


「なるほど。ほんの短時間でも娘の安全を確保できない時間があるから、その場では後妻に迎えることを承諾するしかなかったと」


「だが、本気で受け入れる気も、泣き寝入りする気もなかったのでは?なんせ、家に受け入れただけで、ベース子爵夫人となった彼女が満足する様に思えない。ベース子爵への愛情もなく、脅しで手に入れた子爵夫人の座だ。いずれは夫である子爵とその娘を害して、乗っ取りする気な女を、嫌々ながら泣く泣く受け入れるなんて、貴族の恥だろう」


「ああ、どうやら、ズルー男爵令嬢は、王城に出入りできる地位が欲しかったらしい。茶会も夜会も通常は伯爵家までしか招待されない。


 王城で働くことはできるが、身元保証人が必要でおまけに難易度の高い試験を受けて合格しないと採用されない。男爵令嬢が伯爵家に嫁ぐのは無理だし、そもそもズルー男爵令嬢は本物の男爵令嬢ではなく、男爵夫人の従姉妹の娘で、居候だ。


 身分が平民では、男爵にも子爵にも正妻としては嫁げない。だから、ベルカル侯爵家出身で、家が持つ爵位を継いで子爵となり、長男である侯爵の片腕として特別に王城に出入りを許されているベース子爵の後妻の座を狙ったようだ」


「ほぉ」


「後継が既にいる家の後妻なら平民でも貴族の身内がいればカタチだけは嫁げるからな。正式に貴族籍が与えられることはないから、身分は平民のままだし、後妻という名の実質ただの妾だ。平民の後妻との間の子は貴族になれないしな。そのあたりのことは全くわかっていない様子で、本人は子爵夫人として振る舞っていたがな」


「それでは、ただの平民が、子爵を脅し、子爵夫人になれたつもりで、王城に出入りしていたのか?それを許して大丈夫なのか?」


「ああそうだ。そもそもの東部夜会に、男爵夫人の親族でしかない平民が出入りできたことからしておかしいぞ。誰が許したのだ」


「許してはいないが、捕まえて尋問するのは簡単じゃない。もしも自分を捕まえようなら、即座に無慈悲な貴族が平民の可哀想な女を捕まえたと大騒ぎになるぞと脅していたらしいからな。アレを1人捕まえても意味がない。東部夜会に潜りこめるコネまで持った仲間がいる。それも既に人を害したことのあるだろう仲間がな」


「もしかして、それを探っている間だけ、泳がせていたのか?」


「ああ。仲間の狙いはわからぬが、あの女の狙いはなんと王太子殿下だ」


「は?」


「頭がおかしいだろう?貴族の一員になれたので、殿下の妻になれる筈と。未婚の殿下なので、婚約者の令嬢が亡くなれば、後妻になるのと同じぐらい簡単に王太子妃になれるはずだと考えているらしい」

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