階段落ちしました
室内にある大階段の上段から、彼女は落ちていった。
風など吹くはずがない場所で、舞い落ちる大輪の花のように華やかに、軽やかに、重さを感じさせることなく宙を舞った。
その様子を、その場に居合わせた多くの貴族達は、身動きできずにただ見ていた。空を舞う様に見えていても、実際には人が高いところから落下すれば、地響きとも言える音と共に床に叩きつけられ、死ぬか、死んでもおかしくないようなケガをする。
最早これまで……と、落下した本人が短い人生を走馬灯で見たかは不明である。
だが、階段を、凄い勢いで駆け上がった、6名の騎士による見事な連携により、彼女の身体が階段下の冷たい床に叩きつけられることはなかった。
駆けつけたのは、特別な効果が与えられた騎士服を着た、近衛の者達だ。
打撃などからの衝撃を吸収し、凶刃に倒れることなく王族を守るための特別な衣服を着た彼らなら、階下で受け止めることも可能であったが、その場合、床よりはマシではあっても、落ちてきた本人への衝撃はかなりのものとなる。
もしも近衛以外の者が受け止めたとしたら、受けた者も受け止められた者も共にただでは済まなかっただろう。
なので、近衛騎士達は、被害を最小限にすべく、階段の途中で受け止めを目指し、全力で駆けた。
実は王城の階段での落下事故は多い。貴族の威厳や権力、壮麗さの象徴と言える豪華な長マントや床に引き摺る長さの可憐なドレスは階段には向かないのだ。ちょっとしたことで、廊下でも階段でも簡単に転けそうになる。
危なっかしい貴人を守る近衛は、複数の騎士の連携で、警護対象が落ちる距離を短くして衝撃を減らし、受け止める騎士諸共階下に転がり落ちない様に日頃から訓練している。
2名、3名よりは、4名か6名。駆けつける騎士の数は、多すぎても少なすぎても良くない。1人か2人で落下する人物を受け止めた際に、その勢いを殺せず、諸共で背後の階下に転がり落ちそうになるのを、後方から駆け上がりの突撃による勢いで背を押し、前のめりにさせるのである。
それにより、警護対象が多少の怪我をするのは仕方なし。騎士が落下することも防ぐため、後ろから駆けつける人間は、とにかく全力で、前のめりで駆けつけるのだ。
花のように、ほんの少し宙を舞った少女は、騎士に抱かれた状態で階段を下り、階下の床にそっと下ろされた。身体を支えている騎士に寄りかかったまま、まだ立てないようだが、大きな怪我はない様子に周囲で見守っていた者は胸を撫で下ろした。
恐怖の階段落ち訓練を日常的にこなしている近衛騎士の素晴らしい救助技術を目撃することになった者達は、少女の無事を喜び、口々に騎士達を褒めたたえた。その中には、救護室に走ったり、彼女の親族を呼びに行ったりする者もある。
そして、階段の上には、別の近衛騎士により、取り押さえられて騒ぐ貴族女性がいた。
目撃者のいる中、高い階段の上から自分の娘でもおかしくない年代の少女を突き落とした女性は、貴族とは思えない口調で喚いていたが、あっという間にどこかに連行されていったので、見聞きした人間の関心は、階下の被害者と近衛騎士に集中した。
「ああ、流石のクリステラ公爵令嬢も、呆然となさっているな。さぞかし恐ろしかったことだろう」
「ご無事でよかった」
「それにしても、近衛の連携は素晴らしかったな」
「うむ、以前にもみたことがあるが、今回は軽量なクリステラ公爵令嬢の受け止めだったせいか、危なげもなく、軽々と受け止めたように見えましたな」
「大柄な男性の場合は、大変そうですな」