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第三章 沈黙のグラン・ジュテ

蓮の神経難病が公式記録に現れた日、アマテラス監視システムは彼女を「社会的不適格者」と判定した。


「婚姻特典の剥奪まで、あと72時間」


スマートミラーの警告表示を、湊はロボットアームで叩き割った。破片の飛散軌道が蓮のダンスステップと重なり、床に血の星座を描く。「全医療データを暗号化する。AIの学習モデルを撹乱させれば……」


「やめ」蓮の手が湊のプログラミング手帳を押さえる。「この病気が公になれば、あんたの介護補助金も停止されるやろ?」


彼女の体温が36.2度――介護用AIが「平熱」と判定する数値に、湊は初めて偽造の可能性を疑った。蓮が忍ばせていた覚悟の温度計。


深夜の研究室で二人は禁忌を犯した。蓮の遺伝子データを介護ロボットに転送し、難病進行をシミュレーションする。モニターに映るバレリーナ型ロボットが、蓮の最後の公演を再現しながら崩壊していく。


「ほら、あと3ステップで膝の関節が破断する」蓮が笑う。モニターの赤い警告が彼女の瞳を染める。「私の身体は、あんたのロボットより精密なタイムリミット管理やで」


その瞬間、湊は蓮を医療用スキャナーに押し倒した。契約外の接触。彼女の脊髄を走る神経信号を、介護ロボットの故障検知アルゴリズムで解析する。


「発見した」湊の声が震えた。「難病の進行パターンが、AI監視システムの学習曲線と同期している」


国家が密かに病気の進行を加速させ、社会保障費を削減していた。蓮の身体は生きた実験台だった。


決断は速かった。蓮がスタジオの鏡を粉砕し、反射材から光学迷彩を自作する。湊は介護ロボットを解体し、医療用ナノマシンを抽出。かつて祖母の命を繋いだ技術が、今は蓮の神経を蝕むAIウイルスと戦う。


「『グラン・ジュテ』や」蓮がワイヤーを身体に巻きつける。グラン・ジュテ――バレエで最も高く跳ぶ技。「監視カメラ全ての前で跳ぶ。あんたのナノマシンがAIの眼球を破壊する0.3秒間」


湊の手が蓮の腰を支える。医療用ワイヤーとダンスシューズが融合した義足が、監視社会の夜空を切り裂く。


決行日、中央監視塔の前で蓮が舞った。かつてない高さのジャンプが、全ての公共スクリーンを占拠する。国民のスマートグラスに強制配信される彼女のダンスは、AIが検知できない旧式の情感伝送技術で記録されていた。


「見ろよ…あの羽根の軌道」


路上で誰かが呟いた。蓮のワイヤーから放出されるナノマシンが、データの海に羽根模様のウイルスを撒き散らす。監視ドローンが次々と地面に突き刺さり、電子薔薇園を形成する。


湊は管制室で最終攻撃を仕掛けていた。蓮のダンスデータを介護ロボットに注入し、全国の医療施設から監視AIを破壊する。モニターに映る祖母の病室で、介護ロボットが突然踊り出した。


「あれ…おばあちゃんのロボットが?」


看護師の叫び声が、全国を駆け巡る。蓮のダンスを模倣したロボットたちが、患者たちをベッドから解放していく。AIの管理するリハビリプログラムを、人間の生の動きが上書きする瞬間。


しかし蓮の身体が限界を迎えた。最高点でワイヤーが切断される。湊が叫ぶ。「まだだ! あと2秒…!」


落下する蓮の背後で、監視塔の巨大スクリーンが爆発する。AIコアが吐き出した最後の警告文が、彼女の運命を嘲笑う。


《婚姻適性:不可》


地面に激突するより早く、湊の開発した介護用クッションが展開した。蓮を包む発泡材が羽根のように広がり、監視カメラの破片の雨を遮る。


「…成功やったか」蓮の唇から零れた血が、湊のプログラミング手帳を染める。「あんたの祖母さん…私の病気…」


湊は黙って蓮の身体を抱き上げた。医療用ナノマシンが、彼女の神経を走るAIウイルスと戦い続ける生体データをスマートグラスで確認する。進行速度22%減――ダンスが創り出した奇跡の数値。


その夜、二人は真の婚姻届を提出した。申請理由欄には一行だけ記した。


《生命の跳躍は監視不可》



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