第065粧 闇の因子 address E9A784E78AAC : 0000 1011 call 闇の使者;
「お前をブチのめしたら、クソアマの前に投げ捨ててやる。そしたらあの女、どんな顔すんだろうな? 泣きわめく? 怒り狂う? それとも、双子の片割れのことなんざ無視して、みっともなく命乞いをしてくれるんだろうなあ!?」
狂乱し顔を歪ませる駄犬くんを、小さな黒騎士が威嚇する。
「フーーッ!!」
あまり考えたくはないけど、私が決闘で言った言葉がトドメでこうなったんじゃないよね……。
やめてー!
黒の神子としては正しいことをしているかもしれないけど、私は目覚めたくないのに!!
「は……ハハハ……ッ! 思い知らせてやるよ、俺に使者としての力があるってことをッ……!」
こうなってもなお勘違いしているようだけど、駄犬くんは白の神子の使者じゃないよ!
それにしても……このままじゃ、ダメだ。
神子か使者の力じゃないと、駄犬くんを闇の因子から救えない!
何の力もない私には、正気に戻すことが出来ない。そもそも私、駄犬くんの正気の状態知らないんだけどね!
呆然としていると、駄犬くんが実体化させた剣を右手に私に近づいてきた。
まずいまずい! このままだとまずい!
闇の因子によるものか闇の使者になった影響なのか、どっちかは分からないけど、駄犬くんの力は決闘のときよりも格段に上がっている。
対して私には今、武器に出来る物が……対抗手段がない。
さっき確認した部屋の中の物を思い返しても、モップくらいしか獲物にならなさそうだった。
掃除では頼りになるかもしれないけど、戦闘においては頼りにならない代物なので、無視!
例え黒の神子だと言っても、なんの力にも目覚めてない今の私では闇の使者との戦闘は無理ゲーすぎる!
だから私は、慌てて階段に向かって走り出した。逃げるが勝ちって言うもんね!
「逃げるんじゃねえよ!!」
逃げ走っていると、再び殺気が襲ってきた。
「ッ!!」
瞬時に身を翻すと、投げ込まれた剣が私の横をかすめて行く。
ナイス! 私の反射神経!
小さい頃、兄さまたちと遊びまわっただけはあるね!
それにしても、避けた方向から剣が壁や床を削る音が聞こえて恐ろしいんですけど!
当たると間違いなく即死。良くても、きっと重症。
だから、避けなければいけない戦いが、ここにある……!
かなり緊張するんだけど!!
これは乙女ゲームじゃなくて、避けシューティングゲームか何かなの?
ギリギリで避けても私に何も良いことないよね?
それとも、これをクリアするとボーナスステージで美味しいものをご馳走してくれるの!?
はっ、そう言えばカフェ! 本当は今頃、カフェに行く予定だったんだ!!
カフェを糧に、私は生き延びる!
「ウロチョロとしやがって!!」
なんて、現実逃避してる場合じゃなかった!
駄犬くんが容赦なく攻撃をしかけてくる。
訳が分からないよ!
私は、黒の神子なんじゃないの?
なんで味方のはずの、闇の因子から敵意持たれるの?
これってどういう状況なのー!?
あ、私が目覚めてないから狙われてるのか!
そもそも敵とか味方とかって概念、闇の因子とか使者にあるのかな!?
「チッ」
駄犬くんが偽の証から黒い霧を発生させ、八本の剣に姿を変えた。
ちょっと待ちたまえ。駄犬くんったら闇の力使いこなしてない?
「やばっ……」
まさかあれも投擲して来ないよね……?
決闘のときと、攻撃スタイル変わってるんじゃないの?
「いい加減に死ね!」
予想は悲しくも的中した。
駄犬くんが最初に右手の四本を投じる。私は、まずその四本を避けるため体を捻る。
「フッ!!」
範囲が広すぎる! ギリギリのところで回避!
──ビリッ!
「ニャァッ!!」
「くっ」
……出来てない! 微妙に服が破けた!!
でも壁に縫い付けられていないから、まだ動ける! セーフ!!
それにしても、こんなアクロバティックなことは、悪役だとしても令嬢のやることじゃないでしょう!
一般的なご令嬢だったら、一発目で即退場だよ!
私が避ける方向を見た瞬間、彼は残りの左手の四本を続けざまに放っていた。
「っ!」
正直、詰んでいる。万が一、この第二波の攻撃を避けても、その次がどうにもならない。
私が第二波を避けることを想定したのか、それとも避けられなかった場合に行う追い打ちなのか。
駄犬くんがさらに剣を一本生成して、第三波となる攻撃の準備をしているからだった。
「こっのっ!」
左手の四本による第二波の攻撃も、なんとか避けることが出来た。
「ニャア!!」
凄い! 褒める人いないけど、誰か褒めて! 黒猫ちゃん今のって褒めてくれたの!? 駄犬くんみたいな闇の因子チートなんて、なしでも頑張れたよ!
けれども無理やりに捻った体勢では、これ以上の攻撃を避けることが出来ない。
「これで終わりだ!!!」
駄犬くんが残りの一本を、私に向かって力の限り投じる。
明日は筋肉痛になるなあ……なんて他人事のような思いが浮かぶと同時に、どうしようもない絶望感が押し寄せる。
ああ、もうダメだ。逃げ場がない。
「……!」
……私、ここで死んじゃうんだね。
せめて、何かで……黒の神子の力でもなんでも良いから、抵抗出来れば良かったのに。
案外、私の死の訪れは早かったね。
予定されていた破滅イベントよりも前に絶体絶命の状況が訪れるなんて、思ってもいなかった。
「ごめんね……キュリテ」
イベントの範囲外で私が死ぬと、キュリテはどうなるんだろう。
イベントと同じように、死んでしまうのかな。
そんなの嫌だ。私のせいで死んでしまうなんて、そんなの……。
それだけが、心残りで……。
ああ。
私が大好きなキュリテだけでも、生き残りますように……。
――ノワールーッ!!!!
そっと目を閉じると、どこかから兄さまの声が聞こえたような気がした。




