第064粧 黒の神子は闇の使者に会いたいわけではない
建物には上下階への階段があったけど、物音は下から聞こえた。
私は覚悟を決めて、階段を降りることにした。
不法侵入になるので他の誰かに見つからないように、静かに……音をたてないように慎重に……。
ちなみに一階には、誰も居ないことを確認済み。
これまで駄犬くん以外の誰にも会わなくて怖かったくらいだけど、まさか逆に居ないことに安心をすることになるとは思いもしなかった。
「……」
黒猫は大人しく私に抱っこされている。
もしかしたら緊張で抱きしめる力が少しきつめになったかもしれないけど、抵抗してこないからきっと大丈夫なはず。
階段を下りきると、すぐ右手に扉が開けっ放しの部屋があった。
一段だけ下りていない状態で、部屋の様子をチラッと覗き込む。
外や上の階に比べると、室内だと言うのに黒い霧の濃度が高くて見通し辛い。
何とか目を凝らしてみると、この部屋は物が少ないのが分かった。
あるのは……たぶん、バケツとモップなどの掃除用具とか、あとは工具……かな。
中央のあたりは物が置かれていないのか、スッキリしているみたい。
上は倉庫みたいな感じだったけど、こっちは物置き場みたいな雰囲気。
だけど部屋は案外広々としている。
駄犬くん、こんなところに何の用があったんだろう……。
なかなか姿の見当たらない駄犬くんを探し求めて視線を彷徨わせていると、ようやく部屋の隅っこで物に埋もれてうつ伏せで倒れている駄犬くんを見つけた。
「あっ!」
やっぱり、さっきすごい音がしたのは、駄犬くんが倒れたからなんだ!
私は慌てて駄犬くんに駆け寄る。
走っている最中、黒猫がするりと腕から抜け出た。
「駄犬くん!!」
名前を呼びながら駄犬くんの肩の軽く叩くと、ぴくりと反応があった。
「う……」
意識はある! 呼吸もちゃんとしてるみたい。
人口呼吸するほどじゃないよね、ひとまず安心!
一旦外に出て誰かを呼んだほうが良いかな……。
と思ったけど、手詰まりなことに気付く。
そう言えば、誰もいないんだった!
駄犬くんの目が覚めるまでここにいようか、どうしようかな。
あと、都合良く飲み水とかないかな、と考えながら室内を物色してみる。
「おま……え……は」
駄犬くんの声がする。意識を取り戻したらしい。
振り返ると、駄犬くんが頭を押さえて私に視線を向けているところだった。
「駄犬くんっ! よかっ……わっ!」
安心して駄犬くんのところに駆け寄ろう思った瞬間、黒猫が足元でうなり始めた。
「フーーッ!!」
「ちょっ……危ないよ?」
黒猫が私の足元にすり寄っていて身動きが取り辛い。
引き返そうと思ったところを、一旦黒猫から足を外して体勢を整える。
と、その時だった。
「ニャアッ!!」
黒い霧が駄犬くんの周りに集中したかと思うと、それは次第に質感のある存在へと変質していった。
「ク……クソ……ったれがッ……!」
「え……?」
黒い霧が模ったのは、明確な敵意。
一本の剣へと具現化された殺意が、私を狙い撃つ!
「ニャッ!」
「ッ!!」
唐突に駄犬くんが投げつけてきた剣を避ける方向を探していると、黒猫が私に目配せしているように見えた。
気のせいかどうかなんて考える暇もなくその方向に飛び込んだ直後、さっきまで居た場所を剣が抉る。
「キサマのせいでェェェェッ!!!!」
――ズガアアアッ!!
「な、なに、これ……!?」
剣は激しい音を立てて床を裂くと、文字通り霧散していった。
「俺は、使者だ!」
そして黒い霧は再び駄犬くんの元へと集まって行って……。
「使者としての力を手に入れたんだ!!」
駄犬くんが左手を掲げる。
「なのに何で、どうして誰も認めねえ!?」
その立ち姿は私に何かを証明しているようだった。
黒い霧は、駄犬くんのアザに吸い込まれていくように見えた。
「これ……はっ……!」
ここに来て、やっと気づいた。
「フーッ!!」
駄犬くんの証は、水の使者の証なんかじゃない!
あれは……!
「あれが、闇の因子の力……!?」
きっと、ヒナタちゃんが召喚されたときすでに、駄犬くんは闇の因子に囚われかけていたのかもしれない。
こんなにも浸食していなかっただけで。
囚われかけの段階では、魔法は使えない。
でも、完全に闇の因子に囚われてしまうと、その人物は闇の根源に関わる一派として活動し始める。
これが、闇の使者。
白の神子の使者と違って、闇の使者は、誰にでもなり得る。
乙女ゲームなのに設定怖いよ! ゾンビかー!
つまり使者は使者でも、駄犬くんは闇の使者になっていたと言うわけである!
いやいや、明確に敵意を向けてくる闇の使者と二人っきりって、シャレにならないって!
も、もしかして私、死亡フラグ立てちゃってました?




