第038粧 兄さまの放った扇子が凶器以外の何でもない
「「扇子……?」」
どうやら駄犬くんも同じ行動をしていたみたいで、二人で同時に呟いてしまった。
「何故、私ではなくキュリテに決闘を申し込むのです。筋違いでしょう」
扇子と逆方向から聞こえてきたのは、兄さま演じるノワールの声。
あっ、この扇子兄さまのなんだ!
「キュリテはあなたに対して、何もしていないではありませんか」
確かにね。私はご飯食べていただけなんだよ。
それなのにどうしてこんなことに……。
おのれご飯の恨みー!
「お前ら双子なんだろう! くそアマは話になんねえし、こっちに喧嘩吹っ掛けたって良いじゃないか!」
良くない! いい迷惑だー!
農家の人と料理した人と、あと私に謝りなさい!! ぷんすこ!
「どう言う理屈ですの? 全く、良くないわ。もしかして、女の私に負けるのが怖いと仰るのです?」
「こ、怖いわけあるか! と言うか、俺が女に負けるわけないだろう!」
今のノワールの中の人は、男の子なんだけどね。
この時点で駄犬くんは気圧されてるし、二人が決闘すると兄さまの方が勝ちそうな気がするなあ。
「お、俺は公平に、男同士で勝負しようと言っているんだ!」
「苦しい言い訳ですこと」
兄さまが壁に突き刺さった扇子をスパッと引っこ抜く。
……って言うか、扇子は見事に壁に突き刺さったよね……?
壁がしょぼかったの?
扇子が頑丈すぎたの?
それとも、兄さまの力が凄かったの?
謎が謎を呼ぶ……!
ちょっと持ってみたいっ……!
でも力が凄かったとすると、あれで殴られるとまずくないかな?
兄さまはそんなことはしないと思うけど……。
……しないよね?
「キュリテ、あなたが決闘に付き合うことはありませんわ。断ってしまいなさいな」
「いいや、ダメだ! その男はさっき俺の投げた手袋を拾った! つまり、そいつには決闘を受ける意志があるってことだ!」
「あっ!」
あーーー! そうだったー!!
ご飯を台無しにされたことで思わず頭に血が上っていたけど、そういえば手袋拾っちゃったんだー!
ついでに、喧嘩も売ってしまったよ……。
「そうだよな!?」
「お、おっしゃる通りです」
「……」
ううっ、兄さまにジト目で見られてる……。
「決闘で俺が勝ったら、くそアマは神子の案内から外れろ! それに今後一切、神子に近寄るな!」
「……注文の多い男ですこと」
「良いな!?」
「それならば、良いでしょう。キュリテが負けたら、私は案内役から降ります」
え? それ依頼してきた占い師に言わないで、勝手に決めちゃって良いの?
「えっ!?」
「えっ」
何言ってるの!? って思っていたら、遠くにいたヒナタちゃんが、ショックを受けた表情をしていた。
「受けて立ちますわ」
「な、にい……じゃない、ノワール!」
兄さまは最初乗り気じゃなさそうだったのに、なんで急に前向きな態度になっているの!?
「何故止めるのかしら。キュリテは、決闘を受けるつもりだったのでしょう?」
「え? 結果的にはそうだけど、その条件は……!」
駄犬くんが決闘するのって、私とだよね?
なんで兄さまがそんなに強気なの!?
え? 兄さま、私が勝つと思ってるの? 負けると思ってるの!?
ど、どっち?!
「よっし! 約束は守れよ! 良いな!」
私と兄さまで話し合おうとしていると、駄犬くんは撤回させないとばかりに、あっという間に去っていった。
君がご飯まみれにした手袋、床の上にほったらかしなんだけどね……。
嵐のように過ぎ去った駄犬くんの後姿を呆然と見送っていると、ヒナタちゃんが兄さまに話しかけていた。
「あ、あの、ごめんなさい……。私のせい……なんですよね……」
あの。一番とばっちりで被害を受けたのは、私です。
「ええ」
そんなヒナタちゃんに、兄さまは容赦がない。
「……」
ああっ! 兄さまの容赦のない一言で、ヒナタちゃん落ち込んじゃったじゃないの!
「き、キュリテ、くんも、ごめんな……さい……」
「あ、ああ」
あっ、名前覚えてくれたんだね!
ヒナタちゃんはチラッとこちらを見たあと、視線をそらすように慌ててお辞儀した。
「神子さま、正直申し上げて、このままでは困りますわ。私は一時的な案内役にすぎません。私に頼りっきりでいると、後々あなた自身が困りましてよ?」
「そ、そんなこと……言われて、も……」
あっ、泣きそう。
「ご、ごめ……んなさい……!」
ヒナタちゃんがか細い声で呟いたと思うと、食堂から走り去った。
「……」
「…………何かしら?」
俺は悪くない、と言う態度を見せる兄さまを睨みつける。
兄さまの関わりたくないと言う気持ちも分かる。
男の子が苦手なヒナタちゃんには、使者は無闇に近寄れない。
だから、兄さまにばっかり負担が集中しているのも理解してる。
だけど、この世界に来たばかりのヒナタちゃんには、頼れる人がいない。
そんな子を、放っておけるわけ、ないじゃない!
「追いかける!」
たとえ私が、悪役令嬢で、白の神子と敵対する黒の神子であったとしても!
寂しいと思う人を、寂しいままでいさせるなんてこと、させられない……!
「ま、待ちなさい!!」
私は兄さまの静止を振り切って走り出した。




