9.無駄に精神攻撃を喰らいました
少し首を伸ばせば唇が触れてしまいそうな距離の中―
必死に
『あ、やっぱり睫毛も髪の毛と一緒でミルクティ色なんだな』
とか
『睫毛長いな~フサフサだなぁ、前世の私に分けてあげて欲しかったな』
とか一生懸命別の事を考えて気を紛らわせます。
それなのに……
「んっ……」
もどかしげに眉を顰めながら艶めかしい声出さないで下さい!!
いや、分かってますよ?!
この体勢のせいでただでさえ固くて切りにくかった蔦が、手元が見えにくくなったせいでより切りにくくなって苦戦してるんですよね?!!
ワタワタしていたら、まるでキスするときのように薄く唇を開き首を右に傾げたセスが、今度は実に悩まし気に眉を顰めました。
微かに開かれたセスの口からは小さく甘いため息が漏れます。
だから分かってますよ?!!
私の顔が邪魔で手元が見にくいから、単純に首を右に避けたんですよね!!!
耐えきれず思わず目を伏せれば、赤い舌がペロっと彼自身の下唇をゆっくり舐める様を凝視してしまいました。
思わずセスの目を見れば、空色の瞳が愉し気に細められていました。
分かってます!!
蔦の切りやすそうな場所が見つかって『よし!』って思ったんですよね。
分かってますよ!!!
分かってますが……
私には刺激強すぎです(ノ>Д<ヽ)
もう無理です!!
キャパオーバーです!!!
もうこの手しかないと目をギュッと堅く閉じれば、私が蔦を切るナイフ捌きを怖がっていると勘違いしたのでしょう。
「痛くしないから、力抜いてろ」
セスがフッと甘く笑いながら耳元でそんな事を囁きました。
ぎゃあぁぁぁ!!!
セスさん、あなたの無駄にいい顔と声はこの状況下では凶器です!
オカンのくせに!
オカンのくせにいぃぃ!!
私が気を失いかけたタイミングで、ようやく足に絡まっていた蔦が切れました。
セスはダメ押しに、
「良く頑張ったな?」
と私の頭をポンポンした後、ようやく私の事を優しく地面に降ろしてくれたのでした。
よよよっと座っていると、具合が悪いと思ったのかセスが水筒に入った水をくれました。
いえ、今、水は結構です。
具合は悪くないんです、ただ精神力がゴリゴリ削られただけで……。
とりあえず気力を総動員して頭を切り替え、なんでこんなところにセスがいるのか尋ねれば、とんだ藪蛇だったようで
「宿の二階の窓からルンルンでお前が森に向かうのが見えたんだよ、この大馬鹿野郎!」
またそんな風に怒られてしまいました。
セスの話によると、あの後セスは私の事を心配して、姿が見えなくなるまで長い事見送ってくれていたそうです。
そして、宿の二階の部屋に戻り
『さあ、ゆっくり眠るか』
と思ってふと窓の外に視線をやった瞬間、私が街道をそれて一直線に森に向かって歩いてくのが見えたので、あわてて身支度を済ませて後を追いかけてきてくれたとのこと。
さすがセス。
いう事を聞かない子どもを持つ母親として危機管理が良く出来ています。
母親の鑑ですね☆
ところで一つ、さっきからどうしても気になっていることがあります。
「私、方向音痴なんかじゃないし」
そう言えば、セスががっくりと肩を落としました。
「お前、昨日宿に戻るのにも迷ってたって聞いたぞ」
そう言えば、昨日は宿への戻り方が分からなくて困っていたら、仕事終わりのあの店のウエイトレスのお姉さんが私に気づいて宿まで案内してくれたのでした。
「ちなみに、お前はこの先どっちの方角に向かうつもりだったんだ?」
方角?
セスに言われて首を傾げます。
「とりあえず右かな?」
「なんだよ右って?!オレは方角を聞いてるんだよ!!!」
セス曰く、どうやら向きを尋ねた時に方角ではなく、前後右左で答えるのは方向音痴な人あるあるらしいです。
「今自分がいると思っている場所を指してみろ」
そうセスに言われて、地図の街までもうすぐといった場所を指さすと
「大馬鹿野郎。今いるのはここだ!」
と街から南東に遠く離れてしまった場所を指されました。
……。
前世ではスマホにナビしてもらってたので、自分が方向音痴だって知りませんでした!
ここからだと、むしろ別の街を目指したほうが早そうですね。
まぁ、別に本来目指していた街に何の用があるわけではないので行先変更しても何も困りません。
「ところで……、何だソレ?」
改めて、助けてもらったお礼を言おうと思った時、セスがさっきまで私が抱えていた檻を見つけて言いました。
そうだ!
すっかり忘れていました。
蔦に吊り上げられたときに、思わず檻を放り投げてしまいましたが、中の飛竜ちゃんは無事でしょうか?!
あわてて拾い上げて確認したところ、中の飛竜に怪我は無いようでホッと胸を撫で下ろします。
「ねえセス、この子、逃してあげていいのかな?」
檻を持ち上げて見せると、飛竜に気づいたセスがサッと顔を青くしました。
「飛竜だと?! どうして百年以上昔に滅んだと言われている飛竜をお前が持ってるんだ?!」
先程、洞窟で拾って、逃がしていいものなのか迷っていたのだと伝えれば、
「なぁ、アルト。……いらないならその飛竜、オレに譲ってくれないか?」
セスが真面目な顔でそう言いいました。
「いいよ」
即答すると、セスがホッとしたような、
『貴重な生き物を、おいそれと他人に譲るやつがあるか!』
と説教したげなような、そんな複雑な表情を浮かべました。
でも、セスには命を助けてもらったわけですから、とりあえず理由に不足は無いでしょう?
オカンなセスならこの飛竜をいじめたりしないでしょうし。
それにこの飛竜ちゃん、なんか大雑把な私の事嫌いみたいですから、いろいろ小うるさいセスにもらってもらった方がこの子も幸せなような気もしますし。
グスン。
「悪いな、恩に着る」
セスはそう言うと、飛竜の入った檻を受け取ると躊躇なくポケットに仕舞いました。
あ、ポケットって生き物も仕舞えたんですね。
私の先ほどまでの苦労は一体なんだったのでしょう。




