20.宿に帰るまでがクエストです
飛竜を呼ぶ笛?
……あ!
あのホイッスルの事ですか!!
「何もない空間から急にお前が姿を現したときには正直驚いた」
ほうほう。
私からはセスが突然現れたように見えたのですが、セスからはそう見えていたのですか。
「しかも、お前、何か絶対に触れてはいけないって明らかに分かる赤黒いナニカに触ろうとしてやがるし。流石にあの時は血の気が引いたぞ。……お前、まさか『いい加減おなかすいたな。アレどうにかしたら食べられるんじゃないかな』とか思ってたんじゃないだろうな?!」
セスがドン引きした顔で失礼なことを言ってきます。
セスにはベリル様が幻覚で作る生前のお姿は見えていなかったんですね。
ってかいくら私でもアレを『どうにかしたら食べられるんじゃないかな?』なんて思うはずないです!!
セスは私のことを一体何だと思っているのでしょう??ヽ(`Д´)ノ
しばらくセスと不毛な口喧嘩をした後で、
「そう言えば、前に渡した赤ちゃん飛竜はどうなったの?」
そう聞けば、セスが変な顔をしました。
「だから、コイツだって」
そう言って、大人の背丈の倍はある飛竜をセスは指さしました。
「えっ?!!」
飛竜は相変わらずセスに体当たりする勢いで喉を鳴らしながら、セスに撫でてもらおうと頭をセスの手に摺り寄せています。
先日見たときはカナリアサイズだったのに!
こっちでは三か月経ったんですっけ?
それにしたってこんなに大きくなるなんてビックリです。
しかも、めっちゃセスに懐いてますね。
見た目は真っ赤な体に金の瞳をした美しくも恐ろしい飛竜ですが、セスにすり寄る仕草はまるで飼い猫のようです。
恐らく、セスがオカンとしての力をいかんなく発揮した結果、無事ママとして認められたのでしょう。
いいなぁ、私も撫でたいなー。
そう思って手を伸ばした時でした。
がぶぅぅう!
また思い切り噛みつかれました。
「なんて馬鹿な真似をするんだ?! 大丈夫なのか???」
セスが慌てて私と飛竜の間に割って入ってくれます。
大丈夫です。
手にちょっと子猫にかまれたサイズの穴が開いたくらいで、手には特に支障はありません。
心はとっても痛いですが。
「お前、どんだけ頑丈なんだよ?!」
セスがホッと胸を撫でおろしつつも首を傾げます。
「ところで、この子の名前は? 何にしたの??」
気を取り直して飛竜の名前を聞けば、
「ああ、コイツにとってもよく似合う、世界一かっこいい名前を付けたぜ!」
セスが自信ありげに胸を逸らします。
「珊瑚の体に、金塊の瞳、合わせてコーラットだ!!」
「……」
なんでしょう?
セスの
『上手い事名付けてやったぜぇ(どやぁ)』
感が絶妙にダサいし、なんか妙に腹立たしいです。
そもそも何で無理に合わせたし。
素直にコーラルとかインゴットとかでは駄目だったんでしょうか?
……まぁ、もういいですけど。
「コーラ、いろいろ口うるさいしネーミングセンスはゼロだけど、お世話上手なママが出来てよかったね」
噛まれないよう気をつけながら、そう飛竜に話しかければ
「コーラットだ。何か知らんが、飲み物みたいな名前で勝手に呼ぶな」
コーラのママンがそう怒りました。
何故飲み物だとバレたのでしょう?
そして、ママの部分はスルーされました。
セス、最早自分がママと言われることに違和感を覚えなくなっている模様☆
「ところで……。さっきは何で泣いていたんだ?」
歩きながら、セスに何気ない風を装ってそう尋ねられます。
「うん……」
きっとセスは好奇心なんかからではなく、私の事を心配してわざわざ聞いてくれているのでしょう。
それは分かっています。
分かってはいるのですが……。
何から話せばいいのか分からず、結局私はまた黙りこくってしまいました。
その時です。
『お姉の、そうやってきちんと相手と向き合わずに何も言わずに身を引いちゃう所、良く無いと思うなぁ。……甘え下手というかなんというかさ』
また前世の妹に言われた言葉がふと頭を過りました。
私、ずっと人に迷惑をかけないことがいい事だと思っていました。
空気の読める、しっかり者の長女として育ってきましたしね。
何でも自分で大雑把ながら解決してくるようにしてきましたし、自分の力が及ぶ大体の結果で満足するように、適当に割り切るように、あまり人に期待しすぎないように自分に言い聞かせてきました。
でも……
『あぁ。気長に待っている』
そう言って私の為に笑って下さったベリル様の事を思い出し気づきます。
私がこれまでしてきた事は、相手に期待した末に失望することが怖いから、ただ聞き分けのいい振りをして相手を拒絶して来ただけなのかもしれないと。
ニカッと白い歯を見せて下さったベリル様の笑顔を思い出した瞬間、また胸の奥が泣きだしてしまいそうなくらいギュウギュウと苦しくなります。
胸を抑えて思わずその場にうずくまった時でした。
私の事を心配してくれたセスが思わずと言った様子で、私の事を優しく優しく抱きしめてくれました。
今を確かに生きているセスの腕の中は暖かで、触れ合うことのできるその体温に、また涙が止まらなくなります……。
「……今は何からどこまで話したらいいか分からないし、上手く話せないんだけど……」
いつもであればそのまま口を噤んでしまうところ、勇気をもって自分の今の思いを口にした私に、セスは黙ったまま優しく頷き相槌を打ってくれました。
「私ね、セスが助けに来てくれて、今こうやって傍に寄り添ってくれていることに救われてるよ。……きっと一人じゃ苦し過ぎてあの場から立ち上がれなかったし、その前にあの人を助けてあげるチャンスをみすみす不意にしてしまうところだった。……セス、助けてくれてありがとう。また私がピンチの時は……助けに来てくれる?」
私、チート持ってて強いから、断ってくれてもよかったんですけどね。
「いいぜ。何度でも助けに行ってやる。もとよりそのつもりだ!」
セスは躊躇なくそう言い切ると、またニカッとその白い歯を見せて眩しく笑って見せてくれたのでした。
二時間くらい歩いたところで広い野原に出たので、セスに習って食堂の女将さんに頼まれていたハーブを摘みました。
もうハーブの依頼はとっくに破棄されてるかもしれませんが、まぁ念のため☆
街までもう少しという所での事でした。
近道を見つけても自主的に街道を逸れなかった私を見て
「お前でも、少しは反省して成長するんだな!」
そういいながら、セスが小さい子どもを褒めるようにまた私の頭をワシワシと撫でました。
私だって流石にこれまでの事で近道は凝りましたからね。
もちろん、近道してきたからこその出会いもありましたが、しばらくはゆっくりしたい気分なので、当面は街道を逸れないをモットーに旅を続けたいと思っています。
「心配してくれてありがとう。でも、もう迷わないよ」
そう言って分かれ道を躊躇なく右に曲がろうとした時でした。
「街はこっちだ。何が『もう迷わない』だ! この方向音痴の大馬鹿やろう!!」
そう言ってセスはその大きな暖かな手で私の手をしっかり掴むと、また私を正しい道に引き戻してくれたのでした。




