18.お終いの時間です
私の思いを知ってか知らずか。
ベリル様は長い事私の傍であれやこれや世話を焼いて、私の機嫌を取ろうとされていました。
しかし再びその姿を続けて維持できなくなったのか、ある時またスッと姿を消されたのでした。
さて。
どうやって逃げ出したものかとポケットを探ります。
何か、ベリル様を出し抜ける物はなかったでしょうか?
そんな事を思っていれば、ポケットから小さな銀のホイッスルが出てきました。
このアイテム何でしたっけ?
防災グッズにしか見えませんが、これで助けを呼べということでしょうか?
洞窟の地下で魔王様に捕まっているので助けて下さいって??
いや、無理でしょう(ヾノ´д`)
却下です!
却下!!
何か一瞬、仕舞おうと突っ込んだポケットが口を狭く閉じて抵抗したような気がしないでもありませんでしたが、グイッと力ずくで突っ込み返し、次を探す事にしました。
次にポケットさんが出して来たのは、愛用の剣でした。
えー。
『嫌なら自分で殴って適当に逃げだせば?』
って事でしょうか。
ポケットさんが完全にいじけています。
これも却下と三度ポケットを探ると、またしても先ほどのホイッスルが出てきました。
……。
どうしてもこれを吹けというのですね。
この賭けに失敗すれば、恐らく私詰むと思われるのですが本当に大丈夫なのでしょうか?!
「ええい儘よ!」
私はホイッスルを掴むと一息に吹き鳴らしました。
洞窟の中に、澄んだ高い音がこだまします。
「ほぉ、あれでは仕置きが足りなかったか?」
覚悟はしていた筈ですが、すぐさま姿を現したベリル様の低い声に、みっともなくカタカタと体が震えます。
「檻に入れられ、鎖に繋がれ、それでもなお逃げ出そうとするなど。私の小鳥は勇敢なのか、それともただの馬鹿なのか?」
怪我をしたくなければ決して動かぬよう私を言い含め、ベリル様の指が私の胸元の服をなぞりました。
「あぁ、それとも仕置きが欲しくてわざとやっているのか? だとしたら、お前は実に私を煽るのがうまいと褒めてやらねばな」
ベリル様の指が触れた部分の生地があっという間に溶けてなくなります。
「さて、どうしたらお前はここに居てくれる? やはり腱を切るか? 喰らうか? それとも……」
ベリル様の声が怖くて、瞳から涙が零れ落ちそうになった時でした。
「このままドロドロに甘やかすか?」
ベリル様が、急にこれまでの怖い気配の一切を消して、フッと優しい声で笑いました。
恐る恐る顔を上げれば、檻にもたれ掛かるようにして同じ目線まで下げられた綺麗なアクアマリンの瞳がじっとこちらを見つめています。
戸惑いながらベリル様の瞳を見つめ返せば、精一杯強がって笑っていらっしゃるもののその顔は青ざめていて、そろそろお別れの時が近いのだという事が分かってしまいました。
『大事で大事で仕方がない』
まるでそんな独白をするように、そして不意にまた訪れた別れを惜しむように、美しいアクアマリンの瞳が切なげに揺れるから。
ガーネットの欠片の部分から情が動いて、許せないと思おうとしていたベリル様の仕打ちさえ、あっさり許してしまいそうになります。
そんな私の思いに気が付いたのか、ベリル様は何も言わぬまま、ガーネットへの深い愛情をもはや隠す事もなく、甘く甘く微笑んだのでした。
「さて、遊びは終いにして、いい加減お前を帰すことにするか」
ベリル様が檻を支えにゆっくりと立ち上がられます。
立ち上がったベリル様が指を鳴らせば、私を繋ぎ苛んでいた鎖と檻が跡形もなく消えました。
「私の魔力が枯渇して、この世界に存在を維持できなくなると同時に、すぐにこの空間も消えてなくなる。巻き込まれたくなければ、急いであの門から外に出ろ」
ベリル様がそう言って庭の端にある白い門を指さされます。
「ベリル様も……ベリル様も一緒にここを出ましょう!」
無理だろうという事は薄々分かっていても、そう言わずにはいられませんでした。
でもやっぱり、
「……私はここに残るよ」
そう言ってベリル様は静かに微笑み、首を横に振られます。
その言葉に胸を痛めた瞬間、私の中のガーネットの欠片が古い記憶を見せました。
『姫! ここの城は直ぐに落ちます、早く!!』
燃え盛る炎の中で、騎士に振り解けない程強く腕を引かれます。
『ベリル様!!』
騎士を無視して、炎の中に静かに佇むベリル様に必死になって手を伸ばしますが、ベリル様は静かに微笑むばかりで、その手をこちらに伸ばしてくれることはありませんでした。
『ベリル様!!!』
『……私はここに残るよ』
そう言ってベリル様がニカッと白い歯を見せて人好きのする笑顔を見せて笑いました。
いつも冷静な大人の振りをしているベリル様がふとした瞬間に見せる素の笑顔でした。
そんなベリル様との間に立ちはだかる様に、炎がますます勢いを増して大きく燃え上がります。
『絶対……絶対私がいつか貴方をそこから助けますから!!』
悲しくて、苦しくて。
煙に喉を焼かれつつ、ようやくそれだけを叫べば、
『私の事は忘れろ』
そう言ってベリル様がまた、全てを悟ったような酷く穏やかな顔で笑ったのでした。
そしてその次の瞬間、焼け落ちた天井がベリル様の上に降り注ぐようにして崩れ落ちたのでした。
あぁ、ようやく分かりました。
ガーネットは欠片になってなお、あの日ベリル様と共に残れなかったことをずっとずっと後悔し続けていたのですね。
だから、あの日果たせなかった思いを果たす為、欠片を持つ私をここに導いたのですね。
自称女神さまには長生きするよう言われたような気がしますが、悠久の時を越えて愛する人の元に戻って来られたのです。
今度こそ、ベリル様と共に残っても……許してもらえますよね?




