15.拍手はしません
あまりに凄惨なお話に言葉を失っている時でした。
『どうだ、怖いだろう』
まるでそう言うかのような、悪い大人の顔をして楽しそうにニマニマこちらを見ている魔王様と目が合いました。
……。
シリアスな空気が全てぶち壊しです。
「それからどうなったのですか?」
小さく咳ばらいをした後で、やや冷ややかな声でそう尋ねるとベリル様は続きを話し始めました。
「ガーネットを連れて国に戻って三月と経たぬ内にグロッシュラー国率いる連合国軍に攻め込まれた」
一つの国を滅ぼしたのです。
脅威に感じた周辺国が連合を組んで攻め込んで来るのは、まぁ当然の結果と言えるでしょう。
「グロッシュラー国の国境近くの街を焼いた時点で私に力など殆ど残っていなかったからな。……城が落ちるまで三日とかからなかった。そして私はガーネットに討たれ、力を得た代償としてここでこうして久遠の責め苦を受けている。めでたしめでたし」
ベリル様がまたわざと、こちらをからかうような声でいいました。
「どうしてガーネットはそんなことを?!」
頭の中で理解が追い付かないままそう問えば、
「家族の仇の憎い魔王を討ったのだ。何も不思議ではないだろう?」
ベリル様はそう言って、フッと視線を逸らされました。
「……なんで今、嘘をついたんですか?」
思ったままを口にすると、ベリル様が少し驚いたような顔をしてまた私の方を向いてくださいました。
「……どうしてお前が泣くんだ?」
ベリル様にそう言われて、私自身初めて、自分の頬が幾重にも涙の筋で濡れていることに気が付きます。
何故でしょう。
アイオライトには何の関係も無い話なのに。
胸の中が悔しい気持ちでいっぱいになります。
出会い頭にベリル様がおっしゃっていた『彼女の魂の欠片』が
「違う! 違う!」
と叫んでいるのかもしれません。
私の頬の涙を払おうとしたベリル様は、私に触れる直前のところで再びグッとその手を止めた後、大きな溜息をつかれました。
「ガーネットに討たれたというのは嘘だ。謝るからもう泣くな。お前達の涙は苦手だ」
そう言ってベリル様は子どもを構い過ぎて泣かせてしまった大人のような顔をして眉尻を下げました。
「嘘?」
私の問いに、ベリル様が再びため息をついた後で、諦めたように話の真相を明かして下さいました。
「城が落ちる少し前に、ガーネットの腹に私の子どもがいることが分かったんだ」
「……子ども……ですか」
思いもしなかった展開に驚いて、改めてぼんやりとベリル様を見れば、彼は独り言のように
「道づれにするつもりで、奪い返して来たんだがな……」
そう小さく小さく呟かれたのでした。
「城が落ちる前日、私は連合軍の前線で指揮を執っていたガーネットの元騎士を呼び出し取引を持ち掛けた。……自害するから、ガーネットが私を打ち取ったことにし、彼女と子どもの事を助けて欲しいと。」
私の中の欠片がその時の光景を思い出すのか、締め付けられる様に酷く酷く胸が痛みます。
「真面目ないいヤツだったからな。お前の話を聞いた限り、どうやら律儀にも約束を守ってくれたらしい。さあ、これで話は本当に終いだ。どうした拍手が聞こえないぞ?」
ベリル様が全てを吹っ切るかのように努めて明るい声で言いました。
そして、
「もう泣くなと言っているだろう」
と、彼自身が泣き出してしまいそうな声でそうおっしゃったのでした。
ベリル様の表情が、あまりにお辛そうだったので、思わずそっとその頬に触れようとした時でした。
慌てた様子でベリル様が私からパッと距離を取られました。
触れることを拒否された事が辛くて、私があからさまに傷ついた表情を見せてしまった時でした。
ベリル様が面倒くさそうに小さくため息をついた後、パチンと指を鳴らされました。
次の瞬間、美しい海辺の景色が消え、魔方陣の書かれたあの洞窟内の光景がむせ返る血の匂いと共に再び姿を現しました。
ベリル様がかけていた幻覚の魔術が解けたのでしょう。
ベリル様がいらした方を見やれば、臭気と禍々しい呪いを纏った赤黒い血と肉塊がありました。
確かに……。
この状態のベリル様に触れれば、その瞬間一飲みにされるか、触れた先からジュワっと溶かされてしまいそうです。
私が理解したことが伝わったのか、周囲の景色が再びあの美しい海辺の庭に戻りました。
ベリル様のお姿も、いつの間にかまた生前の美しい姿に戻っています。
あんな話を聞いた今となっては、アメーバー状態でも最初のように嫌忌することも出来ませんが、あの状態のベリル様と会話が出来るのかは謎なので、とりあえず人間バージョンに戻って下さたことに素直に感謝します。
さて、一刻も早くベリル様を解放して差し上げたいと思うのですが、どうすれば良いのでしょうか?
ベリル様、最初の威圧感はどこへやら、今では年下をからかって面白がっているお茶目なお兄さんと化してしまいましたが、確かにこの状態の事を『久遠の責め苦』とおっしゃっていました。
私の前ではそんな素振りなどおくびにも出されませんが、こうしている今も想像を絶する苦しみの中にいらっしゃるはずなのです。
「そうだ! 飛竜です!!」
思わず私が声を上げると、ベリル様が
『また何か変なことを思いついたか』
と少し疲れたような、でもどこか楽しそうな顔をされました。




