14.魔王様のお話です
長いこと、じっと祈るように私の瞳を見つめていたベリル様がフッと視線を逸らされました。
どうやら私、ベリル様を失望させてしまったみたいです。
「以前にどこかでお会いしたことがあるのですか?」
そう感じたままを尋ねると、ベリル様が何かを堪えるようにグッと拳を握りしめたのが分かりました。
「……彼女とはな。彼女の魂の欠片を持つお前と会うのは初めてだ」
長い沈黙の後で、ベリル様が静かな声でおっしゃいました。
「彼女?」
私の質問にベリル様が頷きながら、故人を懐かしむような切なげな声で答えてくださいます。
「私の妻、ガーネットだ」
ガーネット。
その名を聞いて子どもの頃聞かされた寝物語を思い出します。
「聖女ガーネットと魔王ベリアル……」
「でも変ですね?ベリル様の名前がベリアルに変わってしまっています」
「ベリアルか……懐かしいな。アルマンディの学園にいた頃にも、確かそう呼ばれたことがあったな」
ベリル様がこれまでの切なげな表情から一転し、いかにも悪ガキといった風にニヤッと口角を上げられました。
「悪魔呼ばわりされるなんて……ベリル様、どんな学生だったんですか?」
私の質問は聞こえなかった振りをして、ベリル様は一人楽しそうに頷かれています。
「魔王ベリアル、悪くないな。もし次があればそう名乗るとしよう」
美しいご尊顔に浮かぶ笑顔の黒いこと黒いこと。
「お前が聞いたソレはどんな話だった?」
そう質問されたので、少し考えた後、知っているお話を魔王様にして差し上げることにします。
確かこんなお話だったでしょうか。
「むかしむかし、魔王ベリアルの手によって、アルマンディン国の人々は死に絶えようとしていました。
そこに使わされたのが、聖女ガーネットです。
聖女ガーネットは見事魔王ベリアルを打倒し、再び国を復興させ、末永くその地を収めたのでした。
めでたし、めでたし」
怒ってないかなーと思い魔王様の表情を上目遣いに伺うと、何を勘違いしたのか、ベリル様は上手にお話が出来た子どもを褒めるときのようにパチパチと適当な拍手を下さいました。
魔王様、意外とおちゃめです。
「妻ってことは、魔王と聖女が恋仲になったということですか?」
私の疑問に
「いいや、逆だ」
そうベリル様が首を横に振り、自嘲しながら言いました。
「パンケーキの礼だ。暇つぶしとに本当の『ガーネットとベリル』の話を聞かせてやろう」
そのお話はこんな風に始まりました。
むかしむかしのお話です。
オプシディアン国はアルマンディン国の南に位置する魔術の研究に優れた島国でした。
ある日、その国の王太子の元に、一人の少女が嫁いできました。
アルマンディン国の末姫、ガーネットです。
二人の結婚は、国同士の結束を強めるための政略的なものでしたが、互いに恋に落ちた二人は幸せに暮らしておりました。
そんなある日のことです。
ベリルがガーネットを伴って出席したアルマンディ国のパーティーで、悲劇の幕が上がりました。
アルマンディン国の北に隣する軍事強国グロッシュラー国の王が、ガーネットを見初め無理矢理攫っていってしまったのです。
当然、アルマンディン国も、オプシディアン国もガーネットを返すようグロッシュラー国に強く抗議しました。
しかしグロッシュラー国の力は強く、最終的にはアルマンディン国王も、オプシディアン国王も、破格の賠償金を受け取る代わりにベリルとガーネットの離縁を正式に認めてしまったのでした。
絶望したベリルはガーネットを返すよう神に祈り続けました。
しかし、敬虔なる信者である彼のその祈りに、神が答える事はついにありませんでした。
そしてオプシディアン国に初雪が降った夜、ベリルはアルマンディン国を滅ぼすことに決めたのでした。
ベリルは魔術の研究に優れた国の中でも、特に群を抜いた魔法の使い手でした。
しかし、さすがの彼にも一人で一国を落とす程の力はありません。
そこで彼は、自らの死後の久遠の苦しみを贄に、一時的に強大な力を得ることにしたのでした。
憎くて仕方がないのはグロッシュラー国ですが、残念ながらその強大な国土を焼き尽くす程の力は得られませんでした。
一方、大した軍事力を持たないアルマンディンなら、ベリルの魔力を持ってすれば一時的に落とすことが可能です。
故に……ベリルは、自らにとっても大事な友が多く暮らすアルマンディンをまず最初に滅ぼす事を決めました。
アルマンディン国の王族を始め、沢山積み重なった罪なき人の屍の上で、ベリルはグロッシュラー国に向かって大見得を切りました。
「私の妻を返せ。さもなくば次はお前の国の村や街全てを燃やし尽くしてやる!!!」
グロッシュラーとの国境近くの村と街がアルマンディン側から順に灰と化していった後、ついにグロッシュラー国からガーネットが送り返されました。
「ガーネット、会いたかった」
かつて心から愛していた夫に血塗られた手で抱きしめられながら、焦土と化してしまった母国をガーネットは茫然と見ていました。
かつて家族と幸せに暮らした城があった場所は瓦礫の山となっており、その手前には無数の粗末な新しい塚が見えました。
墓標の代わりに、折れた剣が刺さっているものも無数にあります。
その剣のいくつかにガーネットは見覚えがありました。
「どうして……」
震える声でガーネットがそう問えば、綺麗な顔をした悪魔が
「お前を取りもどすのに必要な犠牲だった」
と、とても幸せそうに嗤ったのでした。




