13.お茶にしましょう
「なんだ、欠片ではないか」
私と目が合った魔王様の口から、そんな言葉が聞こえました。
欠片?
何の事でしょう?
下手に動いていきなりバッドエンドは嫌なので、じっと黙ったまま魔王様の出方をうかがいます。
改めて魔王様に、じっと瞳をのぞき込むようにして見つめられた後、
「つまらんな」
そう言い捨てられ、瞳を逸らされました。
くだらないということは、見逃していただけるのでしょうか?
それともアメーバーで一飲みコースなのでしょうか?!
頬を冷や汗が伝います。
そんな私の緊張をよそに、魔王様は傍にあった椅子にドカっと腰を下ろされました。
……あれ?椅子なんて魔方陣の真ん中にありましたっけ?
ハッとして辺りを見回すと、いつの間にか周囲の景色が気持ちの良い風が吹き抜ける美しい庭に変わっています。
そして、目の前にはいつの間にかガーデンテーブルと椅子が二脚置いてあって、その一脚に魔王さまがくつろいだ様子でおかけになっていました。
怖さも忘れ、ポカンとして突っ立ったまま思わず魔王様を見ていると、
「よもやこの私に椅子を引かせる気ではあるまいな」
そう少しムッとした様子で言われました。
ちょっと考えて、
『掛けろ』
という意味なのだと気づき、慌てて向かいの椅子に腰を下ろします。
私の空気の読めるいい子さ具合に満足してくださったのか、魔王様がほんの少しだけ、纏う雰囲気を優しくして下さった気がしました。
そうして魔王様はしばらくの間遠くに見える美しい海を、どこか切なげな眼差しでじっと見つめていらっしゃいました。
……。
はて?
これは一体何のイベントなのでしょう???
そんな風に思い、首を傾げた時でした。
不意に魔王様が、私の頬に触れようと手を伸ばされました。
そしてなんだか私の方が胸を締め付けられるような切ない表情をされたかと思うと、結局私に触れぬままその手を下ろされたのでした。
「そなた、名は?」
思いがけず名前を聞かれ、少し迷った挙句
「アイオライトです」
そう答えました。
魔王様は私の答えを聞くと、一度辛そうに目を伏せ、
「そうか」
とだけ小さくつぶやかれました。
そして、また私から興味を無くしたように、長い事じっと海を見ていらしゃいました。
「あのぉ……」
長い事迷った末、ついに私から魔王様に恐る恐る声をかけてみました。
返事がありませんが、叱られなかったので、話しかけてよいものと理解します。
「よろしければ、そろそろ帰していただけないでしょうか」
勇気を振り絞ってそうお願いしてみたのですが、
「無理だ」
そう一蹴されてしました。
「そなたは私に捧げられた贄だ。私の力をもってしても、外にはもう出られない」
魔王様は、一瞬痛まし気に私を見た後、自分の発言に気を良くしたかのように、ニヤッとの仄暗く嬉しそうな顔をされました。
「そう、そなたはもうここから出られない」
青ざめる私の顔を見下ろしながら、魔王様は残酷な言葉を嬉しそうに繰り返します。
「どの道、出してやれぬなら、触れても構わなかったか」
そう言って私の頬に触れようと、魔王様が再び手を伸ばしてきました。
『出してやれぬなら、触れても構わなかった』
という事は、出られる可能性があるならば、触れられてはまずいということではないでしょうか?!
そう思い至り、あわててその手を避けると、魔王様は一瞬悲し気に眉をしかめましたが、
「まあよい、時間は飽きるくらいある」
と、そんな私の行いを罰することもせず、また黙ったまま海の方に視線を戻したのでした。
私がここに来てどのくらいの時間が経ったのでしょう?
ここには時計が無ければ日が陰ることもないため全く見当が付きません。
ここに来たのはほんの数時間前のような気もしますし、もう何年も経ってしまったような気もします。
まぁ、少なくともシチューをいただくはずだった夕飯の時刻は過ぎてしまったことでしょう。
「お腹すいたあぁ」
思わずそう呟けば、魔王様が変な顔をしました。
何でも、ここの時間は外界とは大きく隔てられているから、ここに来た時点で飢えてでもいない限り、そのように感じることはないはずだと魔王様はおっしゃいます。
「そう言われたって……。私、今日の夕飯は美味しいシチューをいただくはずだったんです」
空腹のあまり思わず、魔王様に普通な感じで話しかけてしまいました。
ここに来たばかりの時は、肌がビリビリするし、魔王様が怖くて仕方なかったですが……なんかもう、お腹すきすぎてどうでもよくなってきました(#・∀・)
「パリッ、ふわっの焼きたてのパンにバターをたぁっぷり乗せて、そしてそれにこってり濃厚なシチューをつけてパクって食べるはずだったんですぅ」
思わず力説してしまった瞬間、魔王様が私につられてこっそりとゴクッと生唾を飲み込んだのが分かりました。
なんだ、人を食い意地の張った女扱いしておきながら、魔王様もお腹空かせてるじゃないですか。
なんかないかなーと思ってポケットを探ると、少し体力を回復させてくれるアイテムの『パンケーキ』に、声が出なくなった人を治す力のある『癒しの蜂蜜』、そして麻痺を直す時に使う『甘いベリー』が見つかりました。
「シチューはないけど、よかったらいっしょにパンケーキ食べませんか?」
私が笑顔でそういうと、魔王様がポカンとした表情をしました。
パンケーキはお皿に乗ってフォークが添えられた状態でポケットから出てきたので、その上にベリーを乗せ、さらにその上から蜂蜜をトロリとかけました。
魔王様からまだ食べるとのお返事はいただいていませんが、魔王様と私の分、二皿用意しガーデンテーブルにならべます。
思った以上に美味しそうに出来ました(*´ω`*)
「いただきましょう!」
私の圧が強かったのか、魔王様が戸惑いながらもパンケーキをフォークで大きく切ってパクッと口に入れました。
違う種族の生き物とも会話が出来る『翻訳紅茶』もティーポットに入った状態で出てきたので、一緒に出てきたカップに注ぎお出しすると、魔王様はそれもコクっと喉を小さくならして飲んでくれました。
「お前ってヤツは。いつも思いもかけないことをやりだすな」
独り言のような魔王様の言葉に、思わず食べていた手を止めました。
「魔王様、何か口調かわりました?」
「そんなつもりはないが……。おそらくこの茶の効果で、お前の時代にあった言葉遣いにかってに変換されて聞こえるのだろう」
成程、この紅茶にはそんな効果まであったのですね!
魔王様の口調が砕けて聞こえるので、何だか話しかけ易くなりました。
これまで一緒に過ごした時間を振り返っても、何か変なことを言ったが為に突然一飲みにされることもなさそうだと分かって来たところでしたし。
思い切って気になっていたことをいろいろ聞いてみることにします。
「魔王様、お名前は?」
魔王様は、じっと私の目を見た後で
「ベリルだ」
そう祈るようにおっしゃいました。




