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ヒロイン転生したので悪役令嬢に魅了をかけたら、死にそうです。

作者: Ash

 目の前に広がる建物は宮殿のように大きくて、ポカンと口を開けて見上げてしまう。

 住んでいるところから離れた場所に行ったおぼえがあるのは、せいぜい王様の挨拶を見に行った宮殿前の広場までぐらい。同じ王都で暮らしていても、家と広場から一時間以上離れた上級魔法学校なんかとは縁もなければ、見たこともなかった。


 でも、これからこの学校に通うんだ。

 あたしはエリー。この王都の広場で野菜を売る店を開く商人の娘だ。

 光の魔法が使えることがわかって、あたしはお貴族様の通う上級魔法学校に通うことになった。

 それだけでも現実感がまったくわかないのに、学校の建物がまたとんでもなく大きい。友達が通う魔法学校も大きいと思ったが、この上級魔法学校はとんでもない。学生全員が暮らす寮まであるそうだ。


 下働きとして雇われたのならわかるけど、ここに通うの?


 何度、目をこすっても、信じられない。

 広場の店の娘でしかないあたしには信じられない。


 通っていた神殿の神官様に騙された?

 十歳の時に近所の神殿で顔なじみの神官様に魔法の属性検査をしてもらった。結果は聖女様だけが持っている光属性。子どもの頃からお世話になっていた神官様だけど、担がれた?

 でも、手の中にあるのは、数か月前に神殿の神官様から渡された上級魔法学校の入学書で。


 これは偽物・・・ってことはないよね?

 口を閉じるのも忘れているけど、着替えと日用品の入ったカバンは手に持っている。落としてはいない。


 目の前では次から次へと立派な馬車が上級魔法学校の門の中に入っていく。

 あたしも上級魔法学校の入学書を握りしめて門に向かう。


 門の前には数名いたけど、上級魔法学校の入学書を見せて入っていける馬車は一台ずつ。ずらりと並んでいる馬車が途切れるまで待たなければいけないのかと思うと、日が暮れるまでかかりそうでげっそりしてくる。


 帰っていいかな。

 良くないけど、入学せずに帰りたい。

 帰るにしても徒歩一時間だし、いいよね。


 入学書を渡された時に行きたくないと言ったら、近所の神殿の神官様が「聖女様だから通わないと駄目です」と言っていたので、家に引き篭もらないかぎりは行かなかったことがバレる。聖女様は上級魔法学校に通って、卒業後は大きな神殿で暮らすことになると言ってたから、引き篭もるのは一生だ。

 ここで逃げたら草の根分けてでも探し出されると、神官様は脅してきた。


 行きたくない。

 でも、逃げ切れるかどうかわからない。

 王都から離れたところから来る人もいるので、入寮日は今日だけじゃない。明日以降の馬車の列が短い日にしてもいいよね。


「止めて」


 あたしが迷っていると、豪華な装飾の付いた馬車が目の前で止まった。


「へ?」

「君も上級魔法学校の入学者?」


 馬車の窓から金髪の見たこともないような美少年がそう言ってくる。


「え?」


 赤、青、黄色、黒、白、紫、オレンジ、緑。様々な色が混じり合ってグルグルと渦を巻く。

 色の渦は真っ黒に塗りつぶされ、絵が見える。

 絵には馬車の少年もいる。

 何これ?


 知らない美少年たちの絵が真っ黒な空間に次から次へと紙芝居のように現れる。


 何これ?

 誰、この人たち・・・?

 ・・・。

 ・・・。

 ・・・。


 ()()()はエリー。『エリーの箱庭』という()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の転生者。

 転生者という設定なのは、『エリーの箱庭』がweb小説『悪役令嬢は王子様を返品します!!(通称:悪返)』の中にしか実在しない架空の乙女ゲームだからだ。

『悪返』はアニメ化までされたweb小説で、すごい人気だった。主に主人公と恋に落ちる隣国の王子が正統派ヒーローで、婚約者だった王子に浮気されている間も隣国の王子が心の支えになっていて、心は揺れても毅然としている主人公に「クズ男なんか早く捨てて!」「ざまあ早よ!」「こっちから婚約破棄だ!」と感想欄は更新するごとに何十件も感想が付いた作品だ。

『悪返』のエリーは光の魔法が使える聖女で、乙女ゲームのヒロインに転生したから逆ハー狙っちゃえ☆的な転生者。そんでもって、王子をはじめとする攻略対象たちとラブラブになって、悪役令嬢に冤罪を着せて断罪して逆にざまあされる役どころ。『エリーの箱庭』のメタ知識持ちで魅了の力まで使うビッチ聖女ヒロイン。それでもざまあされる、かませ犬=存在自体が主人公ageをする役どころである。

 主人公の素晴らしさ、正当性を強調する為だけに用意された悪役ビッチヒロイン。ゲームと現実の区別がついていないヒロインがやらかして、主人公が引導を渡す敵役。

 救いがない。

 まったく救いがない。

 光魔法が使える聖女だと認定されても、主人公が伝説級の力を示してざまあされる。魅了の力も悪用していたからと断罪され、逆ハーしてたから男好きなんだろうとレッテルを張られる。

 そういう役柄。

 ついでにさっきの馬車の男の子は王子枠の攻略対象だ。わたしは気を失ってしまったけど、入寮日初日に上級魔法学校の門付近で戸惑っているヒロインに声をかけてそのまま女子寮の前まで馬車で送ってくれるイベントだった。で、それを見た主人公が「ゲーム通りなのね」と気付くのが『悪返』にあったわ。


 イベント失敗?かもしれないけど、なんで上級魔法学校の入寮日初日に思い出すのよ!

 属性検査の前じゃいけなかったの?!


 わたしは神を呪った。


 呪うと同時に目が覚めた。

 目が覚めたら、どこかで見たことのある部屋だった。前世の学校の保健室に似ている。


「あら、目が覚めたのね」


 白い白衣を羽織った女性がそう言う。保健室の先生?


「どこか痛むところはない?」

「大丈夫です」


 記憶を取り戻しただけだし。


「気分はどう? 変な感じはしない?」

「それも大丈夫です」

「そう。それよかったわ。門のところで倒れたって。グルーン殿下が運んでくださったのよ」


 運ばなくてよかったのに!

 ついでに声かけてこなかったら、家に帰って攻略対象との接触せずにすんだのに!!


 でも、内心は慌てず騒がず、前世+今世の年齢なので大人対応で――


「あ。そうですか。あとでお礼を言いに行きます」


 お礼参りじゃなくて、普通のお礼ね。卒業パーティーの時にでも言うわ。――検討します並みの言い逃れ。

 そうしないと、強制力でweb小説通りになりそうで怖いわ!


「どうもありがとうございました」


 と、そそくさとカバンを持って保健室から逃げ出した。

 入寮するはずだった女子寮(平民向けのぼろっちい木製の建物)に向かう。

 ちなみに校舎と貴族用の寮はレンガや石造りの三匹の子豚の狼が破壊できないような建物だ。

 いいけどね。

 その木製の女子寮がわたしが三年間引き篭もる城となる。

 自分の名札の書かれた部屋に入って施錠。荷ほどきする前に問題の整理をする。


 まず、引き篭りは三年間できるのか?

 できないなら、どうやってざまあを回避するのか?

 イベントの強制力は?

『悪返』に書かれていたイベントなら知ってるけど、それ以外のイベントは?

『悪返』のエリーはメタ知識で逆ハー作っていたけど、小説の中のゲームである『エリーの箱庭』をやったことがないわたしにメタ知識はない。もしかして、攻略対象たちを逆ハーできずに断罪劇もざまあも回避できるかも。

 けれど、乙女ゲーム(小説)の強制力も侮れない。もし、何も知らないわたしが選んだ行動が何でも逆ハーできる選択肢を選んだことになってしまったとしたら?

 おしまいだ。

『悪返』に書かれていた攻略対象たちの情報を元に嫌われる行動しても、最後には好感度が上がる結末なんて、そんなピタゴラスイッチ無理だ。回避しようがない。

 だって、魅了の力持ちなんだよ?

 勝手に魅了が発動して逆ハーになってしまったら、避けようがない。

 それとも、魅了の力を制御できるようになったら、回避できる?

 ・・・

 ・・・

 ・・・もう、魅了の力を使おう。主人公に。

 だって、悪役令嬢物で愛されて困っちゃう悪役令嬢はヒロインにすら愛されていることだってある。攻略対象そっちのけでヒロインが愛してくるなんてことあるんだから、ヒロインが悪役令嬢に愛されたっていいでしょ。

 と、いうことで、主人公に魅了の力を使ってみることにした。




 ◇◆◇◇




 主人公のノエル・アイスバーンは王子の婚約者の公爵令嬢だから、同じ女子寮でも立派な石造りの洋館に入寮することになる。平民のわたしが主人公と出会えるのは寮以外の上級魔法学校の敷地内。特に一年生の教室付近なら高確率で会える。

 入学式は割愛。授業が始まってすぐに主人公の教室に突撃。


 艶やかな黒髪に気が強そうな鋭いルビーレッドの瞳。『エリーの箱庭』の悪役令嬢だけあって、RPGやライトノベルなら魔族として出てきそうなthe悪役な容姿は非常に美麗だ。

 くぅ、死ねる。

「エリー」と微笑みながら名前を呼ばれた日には死ねる。

 ガールズラブ要素ない小説だったのに、アニメオリジナル展開でもなかったのに、ヒロイン籠絡してどうするつもりなんだ。(混乱)

 はあはあ。

 こっちが反射で死にかかっても魅了しなくては。ざまあされる前に死ぬかもしれなくても、こっちの死に方のほうがいい。


「こんにちは、ノエル様」


 まずは挨拶と共に魅了。


「・・・」


 下位から上位へのマナー知らずの挨拶に絶対零度の視線をもらったけど、更に魅了。

 追加で魅了。

 そして、お叱りの言葉をもらう前に撤退。


 はあはあ。

 やり遂げた。

 やり遂げたよ、わたし。

 わたしはやった。

 よくやった、わたし。

 主人公が魅了されるか、わたしが死ぬまで魅了あるのみ。

 でも、駄目だ。胸が苦しくなって次もできるかどうかわからない。


 ふあああーーーーー!!!!


 魅了を使うにはヒロインのわたしのはずなのに、ノエル様sugeee。反対に魅了されて死にかかるなんて、わたしより魅了使えるんじゃね?

 あれで魅了無しなの、絶対に嘘だよ!




 ◇◇◆◇




 わたしの決死の行動でノエル様と昼食を一緒にとるまでになった。

 あの美麗なノエル様とだ。

 それも正面に座る仲。

 ふあー!


「エリーのひと口ちょうだい。代わりに私のひと口上げる」


 それもタメ口で話す仲なのだ。

 あの小説ではいつもお淑やかなノエル様がタメ口!

 信じられない!!

 魅了の効果ってすごい!!


 って、ちょうだいって。ちょうだいって、おかずの交換?!


 主菜のチキンソテーを一切れとられて呆気にとられている間にノエル様は自らのビーフステーキを切り分けて、半開きだったわたしの口に入れた。


 ふああああああーーーーー!!!


 ノエル様の使ってるフォークであーんされた。

 あーんだよね、これ!

 あーんだよ、絶対!!

 ノエル様はわたしを殺す気か?!

 殺す気だよね?!(錯乱)


「・・・・・・・・・?」


 何か尋ねられたけど、興奮しすぎて聞き逃してしまった。取り敢えず、頷いておこう。


「よかった。私、一人部屋だったから、ルームメイトに憧れていたのよ。大好きなエリーがルームメイトにになってくれて嬉しいわ」

「え"? ノエル様のお部屋って、高位貴族用の一人部屋ですよね? ルームメイト無理ですよね?!」


 そうなのだ。ノエル様の部屋は公爵家の令嬢だけあって続き部屋のある特別仕様で、侍女用の部屋まで隣接されている。子爵家は寝室のみ。数いる男爵家に至っては二人部屋が当たり前だった。

 ノエル様の部屋はアニメで何度も出てきたから、ベッドも天蓋付きのおっきなもの一つだけだ。あそこにわたし用のシングルベッドを入れる?

 駄目だ駄目だ!

 冒涜だ!

『悪返』への冒涜だ!!


「とっても広いもの。あなた一人くらい大丈夫よ」

「ふああああああーーーーー!!!」


 ノエル様ファンに殺される!!

 ノエル様への不敬で死ねる!!(錯乱)

 魅了の力のせいで、わたしが死ぬ!!

 ざまあ待つまでもなく、今すぐ死ぬ!!!




 ◇◇◇◆




 魅了の力のせいで、本当にわたしは死ぬとこだった。

 ノエル様は偽物の女装男だった。

 なんでやねん!!

 アニメにまでなった『悪返』の主人公は女性だった。

 なのに、なんで偽物の女装男ホーリー・ホックだったかというと・・・――本物のノエル・アイスバーンは既に隣国のフォレ王子の下に秘密裏に輿入れしているからだ。

 なんでやねん!!

『悪返』始まる前から終わっとる!!!

 現実は小説よりも奇なり。側妃が息子である第二王子グルーンを王位に就けようと画策して、公爵令嬢の主人公を婚約者にごり押し。国王は可愛い側妃の我儘に良き哉良き哉と頷いたのがことの発端だった。

 我慢ならないのが第一王子の母である王妃だ。外国の王女を妻とすることが決まっている第一王子と、国王に溺愛されていて自国の公爵令嬢を婚約者にした第二王子。この国からも他国に王女を嫁がせたようと白羽の矢が立ったのが、第二王子の婚約者だった『悪返』の主人公ノエル・アイスバーン。

 ノエルは公爵令嬢は公爵令嬢でも祖父が王弟だった王族の公爵令嬢。隣国のフォレ王子とも幼い頃から交流があり、第二王子の婚約者になっていなければ彼との縁組の話もあったそうだ。

 そういった事情で、上級魔法学校には主人公とよく似た遠縁の女装男がノエル・アイスバーンとして通い、卒業までに第二王子グルーンが他の女性と恋に落ちて婚約解消をさせる計画だったとか。

 王子を攻略した『悪返』のエリー、悪くないじゃん。


 それからのわたしは女装男の魅了を解こうと頑張ったり、解いたら解いたで国家機密の陰謀をポロリと語ってくれた女装男に死or監禁を迫られてまた魅了かけることになり、女装男の言動が心臓に悪くて奇声上げたり。




 ヒロイン転生したので悪役令嬢に魅了をかけたら、悪役令嬢(偽物)の言動で死にそうな日々を送ることになった。

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[一言] すごく面白かったです!
[気になる点] ガールズラブもどき?
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