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短編集

回復魔術を極めれば素手での戦いを制すというような話

作者: よぎそーと
掲載日:2020/08/15

「大丈夫か!」

 迷宮内に声が響き渡る。

 それは、冒険者に襲いかかっていたモンスターの注意を引いた。

 襲われて押し切られていた冒険者達も。

(助かった!)

 冒険者達は誰もがそう思った。

 今まさに壊滅しそうになっていたところである。

 そう思うのも無理は無い。

 だが、

「待ってろ、すぐ行く!」

と言って近づいてくる者を見て、希望は失望に変わった。



 そこにいたのは確かに冒険者である。

 迷宮内部にまで踏み込んでくる人間はそれくらいしかいない。

 まれに、行き場を失った悪党の類いが潜り込んでくる事もあるが。

 そういった者でなければ、ほぼ確実に冒険者である。

 だが、その出で立ちは決して希望を見いだせるものではなかった。



 まず、人数がおかしい。

 たった一人なのだ。

 危険な迷宮内に挑む冒険者は、基本的に複数で突入する。

 そうでないと、数多く襲ってくるモンスターに対抗出来ないからだ。

 よほどの高位な冒険者でも無い限り、単独で行動する事など不可能と言って良い。

 そして、高位冒険者でもまず滅多に単独行動などしない。

 それが比較的弱いモンスターが徘徊する浅い場所であってもだ。



 逆に考えると、相当な強さをもってるから単独行動をしてるのかもしれない。

 そうであるならば、たった一人でも援軍としては心強い。

 だが、そうなると今度は彼の持つ能力が気になってくる。

 戦士なのか、魔術師なのか、それ以外なのか。

 また、その強さはどういったものなのか。

 それにより、この状況が打開できるかどうかが決まってくる。

 なのだが。



「あれ、あの人」

「ああ、どう見ても」

 走って近づいてくる者を見て誰もが思った。

「あれって……」

「治療術士じゃねえか?」



 治療術士。

 その名の通り、治療を専らとする者達である。

 主な行動は怪我や病気からの回復。

 これが役割である。

 それはそれで重要な存在だ。

 しかし、その反面攻撃力に乏しい。

 体を使った格闘・戦闘においては、当然ながら戦士などに劣る。

 また、魔術による攻撃能力も少ない。

 それらは戦闘用の魔術をおさめた者にかなわない。

 それは当然なのだが、その為に決定打に欠ける。



 助太刀に入ってくれたのはそういう者だった。

 ありがたいはありがたい。

 怪我をした者を回復してくれれば生きながらえる事が出来る。

 しかし、この状況を覆す事は出来ないだろう。



 モンスターと戦っていた冒険者達は、残念ながらモンスターより弱い。

 その差はわずかなのだが、そのわずかな差によって追い詰められている。

 あともう少し火力があればそこを覆せるのだが。

 残念ながらその一手がない。

 そこに回復役である治療術士が入っても、焼け石に水にしかならない。



 戦闘の継続能力は上がるだろう。

 だが、攻撃力がないから敵を倒せない。

 倒せないなら延々と今の状態が続く。

 そのうち敵に押し切られて負ける。

 結局、死ぬまでの時間が延びただけにしかならない。



 それでも負けていた冒険者達は気力を奮い起こす。

 確かに今戦ってるモンスターには今一つ及ばない。

 しかし、手傷を負わせられないわけでもない。

 治療や回復をしてもらいながら戦っていけば、相手を倒せる可能性はある。

 モンスターの傷を治す者はいないが、こちらには今新たに増えたのだから。

 その回復力がこの状況を打破するかもしれない。

 長期戦になるが、勝ち目がないわけではなかった。



「行くぞ!」

「おう!」

 皆、そこに思い至り声をあげる。

 ここで踏ん張れば次が見えてくる。

 加勢してくれた者の気持ちに報いる為にも、ここで意地を見せねばならなかった。



 そんな彼らに治療術士も、

「待ってろ、今片付ける!」

と叫ぶ。

 その言葉に冒険者達は勇気をもらう。

 彼の意思や心意気がありがたい。

 だから彼らは気づかなかった。

 治療術士の言った言葉のおかしさに。



 普通、こういう時の治療術士は、

『すぐに治す』

とかいうものだ。

 怪我を治し、状態を回復する。

 それが治療術士なのだから。

 なのに今聞こえたのは、

『片付ける』

である。

 この場合、片付ける対象はモンスターになるのが普通だろう。

 どうして治療術士がそんな事を言うのか?

 もう少し冷静だったら、彼らもそれに気づいていたかもしれない。



 だが、そんな余裕など今の冒険者達にはなかった。

 生きるか死ぬかの瀬戸際、モンスターに追い込まれ追い詰められてたところだ。

 冷静に物事を見れるような状態ではない。

 彼らは奇跡的に入った助けを喜ぶだけで精一杯だった。

 そんな彼らも、



「食らえ!」



 と叫ぶ治療術士が、モンスターに突進するのを見てさすがに手を止めた。



 恐るべき光景だった。

 治療術士は冒険者達ではなく、モンスターに向かっていく。

 何をとち狂ってるのかと思った。

 だが、治療術士は脇目もふらずモンスターに突撃し、



 どごん!



と重い音を発生させる拳をモンスターにたたき込んだ。

 その瞬間、モンスターの体が宙に浮く。

「え?」

 冒険者の誰かが間抜けな声をあげた。

 それもそうだろう。

 今、彼らが相手にしてたのは、人間よりも大きな魔獣。

 外見は巨大化したネズミとも言うべきものだ。

 だが、体格は熊と遜色ない。

 力の強さなどもそれに近い。

 当然ながら、体重も相応にある。

 少なくとも100キロはあるだろう。

 それを難なく吹き飛ばしたのだ。

 驚くのも無理は無い。



 驚きはまだまだ続く。

 その一撃だけではなく、続く攻撃もモンスターを吹き飛ばしていく。

 拳が、蹴りが放たれるごとに、モンスターは宙を舞う。

 そのまま地面に落ちて二転三転。

 吹き飛ばされ、地面に激突する衝撃ですぐには動けなくなる。

 何より大事なのは、そのおかげでモンスターが冒険者達の周りからいなくなった事だ。



「待たせたな!」

 ようやく接触した治療術士は、冒険者達に声をかける。

 だが、驚きのあまり声もない冒険者達は返事も出来ない。

 それに治療術士は不満や文句を言うこともなく、

「まってろ、治療の前にまずこれだ」

 そう言って魔術を使っていく。

 それを受けた冒険者達は自分のからだが軽くなるのを感じた。

「能力強化をかけた。

 これであいつらとも渡りあえる。

 こうしておかないと、治療してもすぐにやられるからな」

 当然である。

 今の状態では冒険者よりモンスターの方が強い。

 そのまま戦闘を続けていけば、モンスターに追い込まれてしまう。

 まず、この状態を覆さなくてはならない。

 その為の能力強化である。

 これでモンスターと渡り合うことが出来るようになる。

 攻撃も受けにくくなる。

 治療をするなら、それからの方が効率がいい。



「とりあえず応急処置だ。

 まだ完全に回復してないが、それはもう少し片付いてからだ」

「は……はい!」

 言わんとしてる事を理解した冒険者達の隊長が返事をする。

 まだ敵を撃退したわけではない。

 戦闘の最中だ。

 怪我を完全に治療してる余裕は無い。

 とりあえずすぐには死なない程度に回復出来れば良い。

「ありがとうございます、助かります」

「うむ!」

 治療術士は笑顔で頷く。

「それでは、あいつらを倒すとしよう」

 モンスターに目を向けながら。



 見ればモンスターは治療術士と冒険者達を遠巻きにしている。

 新たにやってきた者を警戒してるのだろうか。

 それも頷ける話である。

 何せ、次々に自分たちを吹き飛ばしていった連中である。

 警戒するのが当然だ。

 モンスターとて馬鹿ではない。

 動物がそうであるように、相手の強さを見極めたり、群れで襲いかかるくらいの知恵はある。

 それでも退くつもりはないらしく、治療術士と冒険者達を取り囲んでいる。

 そんなモンスター達を見ながら治療術士が声をかけていく。



「いいか、諸君」

「はい」

「これからあいつらの弱点を教える」

「え?」

「だから、可能な限りそこを狙うんだ。

 いいね?」

「あ、はい」

 いきなり何を、と思った。

 だが、冒険者の隊長は思わずそう返事をしてしまった。

「でも、そんなの分かるんですか?」

「もちろんだ」

 こともなげに治療術士は答える。



「患部を探す方法や魔術を使えば、相手の弱い所など一発で分かる」

「……なるほど」

 治療魔術にそういう使い方があるとは思わなかった。

「それを続けていれば、一目見ただけで相手の弱点が見当付くようになる」

「はあ……」

 さすがにそれは簡単にできそうには思えなかった。

 出来るにしても、そこに到達するまでどれだけの研鑽をつんだことか。

 想像するのも恐ろしい。



「それが分かったところで、あらためていくぞ」

「ええ、はい、分かりました」

 返事を聞いた治療術士は、

「それでは!

と叫んで宙に舞う。



 一瞬だった。

 地面を蹴る音が聞こえたと思ったら、瞬時にモンスターに向かって飛んでいった。

 それこそ瞬間移動と思うほどに。

 そんな事をやってのけた治療術士は、

「ここ!」

と叫んでモンスターの鼻を叩く。

 どぐしゃ、という不気味な音を立てて鼻からモンスターが吹き飛ばされる。

「まず、ここがこいつらの弱点だ!」

 解説は続く。

「ここを思いっきり叩けば、こいつらは動けなくなる。

 あの通りに」

 そう言って指した方向には、先ほど鼻を叩いたモンスターが倒れている。

 すぐには起き上がらずにのたうち回っている。

「ああしておけば、すぐには動いてこない。

 動き出してもしばらくはまともに動けない。

 その間に、他の連中も同じようにしてしまえ!」

 言いながら治療術士は次のモンスターへと向かう。

 やはり早い。

 何をすればそんな事が出来るのかと思うような動きである。

 そして、繰り出した拳がモンスターの鼻を打つ。

 たまらずモンスターは地面の上でのたうちまわる。

 そのモンスターを背景に、

「さあ、みんなもやってみよう!」

と冒険者達を促していく。



 言われて冒険者はその通りに動いていく。

 やってみると、なるほど確かにと思えた。

 鼻を叩くとそれだけでモンスターは動きを止める。

 本当にそこが弱点なのだろう。

 面白いくらい簡単にモンスターは倒れていく。

 先ほどまで苦戦していたのが嘘のようだ。



「こうしておけば、簡単にとどめをさせるからな!」

 更に治療術士からの声が届く。

 確かにそのとおりだ。

 のたうちまわるだけになったモンスターは、簡単に倒せる的でしかない。

 ある程度地面に転がしたところで、冒険者達はとどめを刺していく。

 ほどなく、囲んでいたモンスターの全てを片付ける事が出来た。



「助かりました」

 事が終わってから冒険者はあらためて礼を言う。

「あなたが来てくれなかったらどうなってたか」

「何、礼はいらん」

 治療術士は謙虚にそう言った。

「同じ冒険者だ、助けられるなら助けあうものだ」

 その言葉に冒険者達は感激する。

 それは聞き慣れた標語だが、実際にやる者は少ない。

 危険な迷宮の中、他人を助ける余裕がる者などそうはいないのだから。



「それより」

 治療術士は話を変えていく。

「このモンスターだが。

 本来ならこんな所にいないはずだ」

「そうですね。

 俺たちも驚きました」

 実際、彼らも驚いていた。

 今回相手にしていたモンスター。

 それらは迷宮のもう少し奥の方にいるような連中である。

 それと遭遇したせいで彼らは悲惨な目にあっていた。

 運良く治療術士と出会わなければ全滅していただろう。

「やはりそうか」

 治療術士もそれは分かっているようだった。

「どうも最近、こんな事が多くなってるようでな。

 気になってこうして出回ってきてるんだ」

「そうだったんですか」

 それも驚いた。

 何のためにそんな事をしてるのかは分からないが。

「それで分かった事なんだが。

 どうも奥に居るモンスターがこちらに向かってきてるらしい」

「本当ですか?」

「まだ確実とはいえないが。

 だが、目撃情報を集めるとな」

「じゃあ、このあたりも」

「今までよりも危険と判断した方がよさそうだ」



 迷宮内はこれまでの遭遇事例から、ある程度の区分けがなされている。

 この辺りはこういうモンスターが出る、この地域ではこういうのが、というような。

 それを目安として冒険者は、どこに出向くかを決めていく。

 こうする事で、無理なく倒せる敵を相手にしていく事にが出来る。

 しかし、出没するモンスターの傾向が変わればこれも変更せねばならない。

 いわゆる対応レベルが変わる、とでも言った方が良いだろうか。

 そういう措置をしていかねばならない。



「これが一時的なものならいいんだが。

 そうでないなら、大幅な見直しが必要になる」

 治療術士の言葉は当然の措置になる。

 今までと状況が変わったのだ。

 それに併せて対応していかねばならない。

「その為にも、とにかく帰還せねばならん」

「はい」

 冒険者達に依存はない。

 彼らの能力を越えたモンスターが出てくる地域になったのだ。

 すぐさま撤退しなくてはならない。

 でないと命に関わる。

 そんな彼らに治療術士は背を向ける。

「……あの、どちらに」

「なに、ちょっとな」

 そう言って治療術士は前の方に目を向ける。

 そこは大きめの通路になっている。

 今居る場所は広めの空間、ちょっとした広間のような場所だ。

 であるならば、それはこの場に続くものと言えるだろう。

 実際、これまでの探索結果から、それは隣接する区域の中心とも言える場所に続く道になっている。

 幹線道路と言っても良いだろうか。

 そこに治療術士は目を向けていた。



「君たち」

「はい!」

「すまんが、先に帰っていてくれるかな」

「なぜです?」

「なに、向こうから厄介な奴が来ててね」

 そう言う治療術士の言葉に、冒険者達もつられて通路を見る。

 目と耳を凝らすと、確かに何かが感じられた。

 それはまだ遠くにいるようだが、確かに姿を見る事が出来た。

 そして、かすかに足音も。

 冒険者達は顔を青ざめさせていく。

「あれは」

 そういったきり絶句する。

 無理もない。

 それは彼らにはとても手を出せないようなモンスター。

 より強力な化け物が徘徊する隣の区域で、最も凶悪と言われる存在なのだから。



 カマイタチ。

 外見がイタチに似てるように見えるからつけられた名前である。

 実際にイタチに似てるのかというとそうでもないが、そこはご愛敬。

 また、体長というか全長というか。

 頭から尻尾の先まで3メートル以上。

 この巨大な体躯と、それに見合わぬ俊敏さがもたらす戦闘力は絶大だ。



 また、わざわざ名前にカマが付いてるのも理由がある。

 前肢の指にある鋭く長い爪。

 それが刃物のように鋭く、切れ味抜群の凶器になってるのだ。

 素速い動きから繰り出されるその攻撃は、並の戦士の攻撃を上回る。

 早く、重いそれは、金属鎧で全身を包んだ戦士すら弾き飛ばす。

 それ以下の防具を身につけていたら、爪によって切断される。

 ものの例えでもなんでもなく、実際にそうなる者も出ている。



 それでいて防御力もあなどれない。

 全身を覆う体毛は針金のように硬い。

 実際に金属ほどの硬度はないが、容易に断ち切る事が出来ない位には強靱だ。

 このため、刃物系の武器の威力は十全に発揮されない。

 たとえそれを切り裂いても、岩のような筋肉があらわれる。

 巨体を支え、なおかつ俊敏に動かす筋肉だ。

 しなやかで強靱であるのは当然だろう。

 それを切断するには、技量と体力の両方が必要となる。



 能力を高めた冒険者なら、それでもこのモンスターを倒せるだろう。

 実際、倒して更に迷宮の奥へと進んでいった者達は多い。

 しかし、今ここにいる冒険者達がかなう相手ではない。

 そのことは、冒険者達が一番よく分かっている。

 何せ、カマイタチと同じ区域にいる先ほどの巨大ネズミ。

 それ相手にすら苦戦したのだ。

 その上に立つカマイタチに勝てる訳がない。



「逃げましょう!」

 治療術士にも冒険者の隊長は声をかける。

「あんなの相手になんて……勝てません!」

 勝てないどころじゃない。

 確実に負ける。

 そして死ぬ。

 それが分かってるから冒険者は治療術士を促した。

 しかし。

「行け」

 治療術士の返事は短いものだった。



「俺はここであいつを倒す」

「な……!」

「だが、お前らは行け。

 急いでな」

「そんな……」

「グズグズするな。

 早く行け!」

 そう言われて冒険者達は走りだそうとした。

 だが、それよりもカマイタチの方が先に動き出した。



 通路にいたカマイタチは、巨大な体に見合わぬ速度で動き出す。

 人の足を簡単に凌駕するその速さでは、どれだけ走っても逃げ切れるものではない。

 それを悟ってもなお冒険者達はその場から撤退する。

 生き延びる可能性に少しでも賭けて。

 そんな彼らと対照的に、治療術士は悠然とカマイタチへと向かっていく。

 様々な魔術を使いながら。

 それにより彼の能力は極限まで上昇していく。

 そんな彼をカマイタチもみとめ、標的とする。

 駆け寄るカマイタチ。

 間合いに入ったところで、体をあげて後ろ足だけで立つ。

 そして地面を蹴って治療術士に飛びかかる。



 その様子を走って逃げていた冒険者達はしっかりと見ていた。

 自分たちを先に逃がした治療術士の事が気がかりだったので。

(このままじゃ)

(あの人が)

 誰もが治療術士の事を心配していた。

 自分たちを助けてくれて、今もまた助けようとしてる者を。

 そんな彼らの目の前で、カマイタチが飛びかかる。

 地面から飛び立ち、治療術士の頭上から前肢を、そこについてる長い爪を振り下ろそうとする。

 そんなカマイタチに治療術士は────飛び込んでいった。



 カマイタチは仰天していた。

 とびかかり、血まみれに切りさこうとした相手。

 そいつは逃げ出すどころか自ら飛び込んできたのだ。

 ありえない、馬鹿げてる。

 そう思った。

 そんな動きをする者など、今まで見た事がなかった。

 だが、それが幻だというわけにもいかない。

 直後にくらった下から突き上げてくる衝撃を受け止めてしまっては。



 やってることは単純である。

 飛びかかってきたのだから、その懐に入る。

 そして、位置を変える事が出来ない空中に浮かんでる敵を、下から突き上げる。

 これだけでしかない。

 だが、それを実行するとしたら、相当な度胸と判断力、そして俊敏さが必要となる。

 治療術士にはそれらが備わっていたということだろう。



 それで終わりではない。

 下からの突き上げで迎撃されたカマイタチは、その衝撃に吹き飛ばされていく。

 それでも猫のように体をそらして上手く着地すると、治療術士へと向かっていこうとした。

 しかし、そうしようと思った相手である治療術士は、既にカマイタチの目前まで接近している。

 相変わらずの人間離れした動きである。

 地面を蹴ったと思った瞬間にはもうカマイタチの目前にまで迫ってるのだから。



 そして、怒濤の攻撃。

 握った拳を容赦なくカマイタチにぶちこんでいく。

 それは針金並な体毛も、その下の筋肉も越えて、鋼鉄のような骨に響いていく。

 顔面にそれを受けていたカマイタチは、たまらず立ち上がる。

 それで攻撃を避けて、相手の頭上から前肢を振りかぶって鎌のような爪で斬りかかるつもりだった。

 しかし、そうなると当然ながら腹をさらすことになる。

 そこを逃すような治療術士ではない。

 カマイタチが立ち上がった所で懐に入り、渾身の蹴りを腹にぶちこんでいく。

 内臓がかきまわされるような感覚に、カマイタチは立ったまま硬直した。



「すげえ……」

 見ていた冒険者達は唖然とした。

 とうていかなわないと思っていたカマイタチ。

 それを治療術士は事も無げに相手にしている。

 カマイタチの攻撃など一切ゆるさず、一方的に容赦なく追い詰めていく。

「なんで……」

 信じられなかった。

「なんであんなことが出来るんだ……?」

 その強さにどんな秘密があるのか。

 逃げ出すことも忘れてしまった冒険者達は、ただその事が気になった。



 秘密と言うほど秘密はない。

 全ては治療魔術によってなされたものである。

 それをこの治療術士は効率よく用いてるだけだ。



 例えば人間離れした動き。

 強化魔術も用いてるが、それだけではない。

 実際により大きな効果を出してるのは回復魔術になる。

 回復魔術は基本的に怪我の治療は体力の回復が主な目的だ。

 必要以上に使っても、それが重なる事は無い。

 なのだが、体力回復に絞って重ねがけするとおもいもよらない効果をだす。

 それが体力の一時的増強だ。

 これにより、瞬間的にでるが、絶大な身体能力を得ることが出来る。

 軽く地面を蹴るだけで数メートル以上の距離をつめる移動力とか。

 巨大ネズミやカマイタチを一撃で吹き飛ばすほどの力だとか。

 そういうものを治療術士は発揮していた。



 もっとも、強化魔術と違い持続時間は短い。

 最大限に発揮しても数十秒。

 それが限界だった。

 しかし、その数十秒で全てを片付けることが出来るなら、これほど効果的な手段もない。



 また、そんな体力で放たれれば体がもたない。

 実際、敵に拳をぶちこむごとに治療術士の手は破壊されている。

 無理もないだろう。

 岩に向かって全力を出してるようなものだ。

 壊れない方がおかしい。

 それもまた治療魔術の応用で補っている。

 具体的には魔術による麻痺だ。



 麻痺は感覚を喪失させて体が動かなくなることだ。

 これを利用して治療術士は痛みをごまかしている。

 つまり、拳を握った状態で麻痺を施し、それで敵を殴っている。

 当然ながら拳は壊れるのだが、痛みはない。

 だから気にする事無く叩きつけることが出来る。

 この際、麻痺で拳が動かないのも幸いしていた。

 意識せずとも手を握った状態で固定出来るので重宝している。



 そして、壊れた拳はその都度回復魔法で復活させている。

 骨までひしゃげるほどの攻撃だが、それすらも治療術士は問題なく元の状態に回復させていた。

 それが出来るだけの技量を彼は持っている。

 だから遠慮なく拳を使ってモンスターを殴りつけることが出来た。



 麻痺だけでは追いつかない場合、石化して殴りつけることもある。

 そうした方がより威力も出るのだが、利用することは少ない。

 さすがに石化はやるのが難しく、使える回数も少ない。

 これはここぞという時の手段になっていた。



 これらに用いてる麻痺や石化は、全て治療魔術が基本になっている。

 正確には、それらを治療する魔術になる。

 それを反転・応用させることで本来の用途とは逆の使い方をしている。

 もっとも、これは治療術士が攻撃をする際に用いるのが通例になっている。

 それを自分に使うのは、皆無では無いにしてもそう多くはあるまい。



 更に相手の急所は、既に述べた患部確定の為の魔術で調べている。

 これにより弱点を効率よく攻めることが出来る。



 なお、拳を使うならば籠手などを用いれば良いと思われるだろう。

 しかし、それがそうでもない。

 この治療術士の攻撃についていける武具が存在しないのだ。

 迷宮の奥地で手に入るという強力な力を持つ宝具ならそうでもないかもしれないが。

 一般に出回ってる程度の装備品ではもたない。

 一回の戦闘でぼろぼろになったこともある。

 それくらいならば、自分の手足を使った方がマシとなった。

「道具は壊れたらどうにもならない。

 けど、体の一部なら治せるから」

とは本人の弁である。



 そして。

 これだけで治療術士の攻撃が終わるわけではない。



 腹を蹴り飛ばされたカマイタチは、再び吹き飛ばされる。

 尻尾も含めてだが、全長三メートル以上。

 重さも数百キロになろうという巨体を、それより小さい治療術士が飛ばしたのだ。

 よほど能力を上昇させた戦士ならともかく。

 そんな治療術士は、飛ばされて壁に激突したカマイタチに再び接近する。

 更なる打撃を与える為ではない。

 むしろ穏やかにカマイタチに触れた。

 今までの容赦ない攻撃とは対照的に。

 だが、それがもたらす効果はそれまでの攻撃よりも酷いものになる。



 治療術士がこの時使ったのは、回復魔術だった。

 接触しないと効果が出ない、その代わり凄まじいほどの回復力をもたらす魔術。

 それをカマイタチに用いていた。

 当然ながら、効果は反転させて。



 回復魔術。

 あるいは生命魔術と言うべきか。

 これは基本的に回避が出来ない。

 無効化することが出来ない。

 不可能ではないだろうが、かなり難しいと言われる。

 何せ、生きてる者ならば誰もが持つ生命そのものに作用するからだ。

 だからこそ、魔術に対して抵抗力の高い存在であっても効果を発揮する。

 それを逆転させて用いたらどうなるか?

 絶対命中の必殺技になる。



 それを受けたカマイタチに変化が起こる。

 体の細胞一つ一つが萎えていく。

 体の機能が低下していく。

 生命活動が極端に落ち込んでいく。

 全身至る所に裂傷が走る。

 体のあちこちから血しぶきを上げていく。

 大きな治癒力を発揮する回復魔術。

 その反転が効果を発揮したのだ。

 逃れる方法などありはしない。



 幸い……なのかどうか分からないが。

 カマイタチはまだ生きている。

 瀕死の状態であるが。

 いずれ死ぬのが確定してる状態である。

 死んではいないという意味でまだ生きている。

 そんなカマイタチに向けて治療術士は蹴りを入れる。

 地面に伏せたカマイタチでは、拳を当てることが困難だからだ。

 その蹴りが入った場所は、カマイタチの胸。

 心臓の位置である。

 弱ってるところにそんなものを食らって無事で済むわけが無い。

 それがとどめになって、カマイタチは絶命した。



 それを冒険者達は唖然として見ていた。

 彼らからすれば危うげ無く。

 赤子の手をひねるようにカマイタチを倒したように見えた。

 それをなしえたのが治療術士であるというのも、信じられないところだ。

 しかし、目の前の事実を否定するわけにはいかない。

 何がどうなってそうなったのかは分からなくても。



 そんな彼らのところにやってきた治療術士は、

「それじゃ、帰ろうか」

 朗らかな笑顔で促す。

 冒険者達は、

「あ、はい」

と応えるしかなかった。



 後日。

 彼らは知ることになる。

 迷宮に挑む冒険者の中でも特異な存在がいることを。

 治療術士でありながら、その力を用いて戦う者を。

 己の体を武器に、治療魔術で強化しながら敵を撃退する者を。

 瞬間的であるが、その戦闘力は戦士を越える。

 効果範囲などは攻撃魔術に劣るが、魔術による強烈な攻撃も用いる。

 それでいて本職である治療術士としての腕もかなりの上位にある。

 そんな化け物じみた存在を。



 それは迷宮内で生まれる様々な戯れ言の一つと思われていた。

 いわゆる都市伝説と同じだ。

 本当かどうか分からない、ただの噂話。

 だが、その全てがデタラメというわけではない。

 中には真実も含まれてるという。

 その真実に彼らは遭遇したのだ。



『拳の聖者』

『一撃必殺の治療師』

 そんな風に呼ばれる、なかば伝説じみた存在に。



 そんな彼に冒険者は問う。

 なぜそんなに強いのかと。

 問われた治療術士はこう答えた。

「格闘家も体の動きに精通することで治療方法に気づくこともある」

 確かにそういう話も聞く。

 骨接ぎや按摩などといわれる技術がそれだ。

「俺はその逆だったというだけだ」

「はあ……」

 なんだか分かるような分からないような説明である。

 だが、実際にそれを目にした冒険者は、そこに妙な説得力を感じた。



「それにだ」

「はい」

「神官や僧侶から聖堂騎士や僧兵になるものだっているだろう」

「まあ、確かに」

 言われてみればそうである。

 モンクと言われるのもその一つであろう。

「俺もそれと似たようなものだ」

 いや、絶対に違う。

 そう思ったが冒険者は口に出すことはなかった。



 その後もこの治療術士はあちこちで色々な伝説を残すことになる。

 その話を聞いた冒険者は、その荒唐無稽な話の数々を、

「さもありなん」

と平然と受け止めていった。

 実際に目にしたら否定することなど出来ない。

 どんなに信じがたいことであっても、それは現実にあったのだから。

 その話が、ドラゴンを一撃で倒したというものであっても。

 悪魔を一瞬で倒したというものでも。

 彼を知る冒険者にとっては、

「なるほど」

というだけのことでしかなかった。



「そのうち神だって倒すだろうさ」

 彼からすれば、そうなってもおかしくないと思わせるだけの何かがあった。

 それでも半ば冗談のようにそう言っていただけだが。

 しかし。

 後年、この冗談のような予想が実現することになる。

 その時にもこの冒険者は、

「ああ、やっぱり」

とだけ口にしただけに留まった。

「あの人ならやりかねない」と。

 この話を投稿した時点で、なんか回復術師とか白魔術師とかの話が目についたもので。

 それらを見てて、こういうのもいいんじゃないかと思った。

 既に似たような話はとっくに出てるだろうけど。

 バカ話として気楽に読んでもらえたらありがたい。

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