第7話 苛立ち
「何ごちゃごちゃ言ってんだよ!早くその女を…!?」
「………………」
「…おい、クソガキ!なんでお前は許可なく俺様の行動を妨げてんだ?」
「…………はぁ……」
「……アノス、様…?」
「ごめんなリリス。嫌な思いさせたな…お前が俺の事を一番に考え、よく想ってくれていることは分かってるし知ってる。でも…だからこそ、ここは抑えてくれないか?……これは俺が招いてしまった状況だ。だから俺が始末をつけるよ」
「……………………」
「リリス、それでいいかな?」
「……は、はい……畏まりました」
「うん、ありがとうリリス」
多分、俺は冒険者になれたということで、浮かれてしまっていたのだろう。
その上、自分がしてしまった行動を…何故そこまで頭が回らなかったのか…そのことを悔やんでいると、一つの手が俺の横を通り過ぎ、リリスを掴もうとしていた。
俺はその手がリリスへと届く前に、手首を掴むことで止めながら周りを少し見渡す。
受付のお姉さんにしてもらった説明と、先程の周りの冒険者達の反応から分かっていたことだが、ギルドの職員も、他の冒険者達も…周りの人達は我関せずといった感じであった。
まぁ、俺の担当をしてくれた受付のお姉さんだけはオロオロとしていたが……
周りにいる誰かがこの状況を治めてくれるわけではない。
ギルドの人達が介入して、穏便に済ませてくれるわけではない
つまり、この状況は自分自身で治めなくてはならない。ということだ。
絡まれた時から、なるべく穏便に…と思っていた。
穏便に済ませることができるならそれが一番だし、俺もそれが出来るのならそうした方がいいのだろう。
だが、俺には今のこの状況を穏便に済ませるなんてことを出来るとは思えない。
ならどうするか…
まぁ、そんなこと考えても、今の俺に出来ることは一つだけだ。
俺は、何故か湧き上がってくるある感情を何とか抑えながら、リリスへと声をかける。
そして、男の手首を掴んでいる手の力は緩めることなく…むしろ少し力を込めながら男たちの方へと振り返る。
そして、俺はーーーー
「おいガキ!!さっきから何度も何度も俺様を無視しやがって!!覚悟は…」
「なぁ、おじさん…済まないけど、俺はおじさんの提案を受けるつもりは毛頭ないよ。でもさ、だからと言っておじさん達は『分かった』と大人しくは引いてくれないよね?」
「なに当たり前なことを…ぐっ!?…貴様!!手を離しやがれ!!」
「あぁ、ごめん。そんなに力を入れたつもりはなかったんだけど、痛かったんなら謝るよ」
「この…クソガキ……!!」
「話を戻すけど…俺はリリスをおじさん達に渡すつもりはなく、おじさん達は引くつもりはない…意見は対立していて、話し合いでは解決できそうにない。なら、力で相手をねじ伏せ、意見を押し通すしかないよね」
「ああ?お前何を言って…」
「俺はね、力を我が物顔で無闇に振り撒くのは好きじゃないんだ。でもさ、仕方ないよね…だからおじさん。俺と決闘をしようよ」
男の目をしっかりと見据えながら、決闘の申し込みをする。
決闘、それは冒険者だけに留まらず、貴族たちの間でも主流のものだ。
だから、もちろん俺もその存在があることは知っていた。
でも、俺はその決闘が好きではない。
力で相手をねじ伏せ、そして、意見を押し通せてしまうから。
その意見が、どう見てもいいのもでは無いと分かるものであったとしても、決闘に勝利すればそれを押し通せてしまう。
そして、決闘で負けた方は勝った方の意見を必ず実行しないといけない。
ではないと、奴隷に落とされるか、裁きにかけられたあと罰として殺されてしまう。
そして、下の立場の者から上の立場の者へ決闘を申し込むことは出来ない。
そういう風に法で定められている。
だから、俺は決闘が嫌いだった。
でも、今のこの状況を治めるには…俺が、俺の無い頭では考えうる限り、この方法しか思い浮かばなかった。
「おいおい、ガキ。お前、自分が何を言っているのか分かってるのか?」
「分かってるよ。決闘はお互いが納得すれば、どんな無理難題でも押し通せてしまう。それが自殺しろという命令であっても…」
「違う違う、いいかクソガキ。決闘っていうのはな、下の立場の者が上の立場の者に申し込むことは出来ないんだよ!同じ冒険者であったとしてもお前はFランクで俺様はBランクだ!だから…」
「あぁ、だから分かってるって言ってるんだ。俺は今冒険者の立場として言ってるんじゃない。アノス・ディソルバートとして言ってるんだから」
「ディソルバートだと?」
「アノス様!?」
初めから…リリスが俺の事を様付けで呼ぶことを止めないと悟った時から、自分が貴族であることを公言しておけば、そもそもこのような事態にはならなかったのだろう。
でも、今更そのようなことを思っても遅いし、過ぎてしまったことを直すことは出来ない。
俺が自分の家名を口にしたことから、リリスは驚いた声を出していたが、俺はそれを気にせず、家紋の入った短剣を男に見せながら言葉を続けていく。
「これが証拠だよ。…で?俺からの決闘の申し込みを受けるか受けないか…どうするおじさん」
「はは…ははは…あははははは!おもしれぇ!!まさかこのクソガキが貴族様だとはな!…いいぜぇ、受けてやるよ!!貴族様に命令できるなんて最高じゃねーかよ!!」
「……受けてくれて良かったよ」
「おい、ガキ!俺様に貴族に命令できる機会を与えてくれたことに感謝して、そんな無理難題な事は言わないでおいてやるよ!まぁ、手加減はしねぇから、痛い目にはあうとは思うがな!」
「そっか……じゃあ俺からも一言。手加減はしなくていいよ。というより本気でかかってきた方がいい。じゃないと…おじさんこそ、痛い目にあってしまうから。だって今の俺は、手加減が出来そうにないほど……」
冒険者の中に野蛮な人達がいるというのは、もちろん分かっていた。
でも、そんな野蛮な人達でも、冒険者なりの誇りは持っているんだと思っていた。
野蛮な人達でも、冒険者なりの信念は持っていんだと思っていた。
だが、実際はどうだ?
少なくとも、今俺の前にいるこの三人の男たちに、それがあるとはどうしても思えない……
このような状況になってしまったのは、俺のせいでもあると言える…だから、こんなことで俺がどうこう思うのは、この感情を抱くのは筋違いだろう。
それは分かってる。
でも……どうしようもなく…………
「とてつもなく腹が立ってるんだ!!」
腹が立って…苛立って仕方がない………