第4話 前途多難
夏の暑い日の中、笑顔で飛び跳ねながら走っている少年と、その少年を追いかけている少女の姿があった。
「ほら、リリス!急ぐぞ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください、アノス様!そんなに急がなくても、大丈夫ですから!それに気をつけないと転んでしまいますよ!」
「子供じゃないんだから、大丈夫だって!」
「い、いえ…アノス様はまだ子供だと思うのですが…」
「まぁまぁ、そんな細かいことはいいから、早く行くよ!」
「ふふ…畏まりました」
まぁ…その少年は俺で、少女はリリスなのだが…
とりあえず、昨日は魔法のことでとてつもなく気分が落ち込んでいたとは思えないほどのハイテンションな俺。
そして、そんな俺を見て慌てつつも微笑んでいるリリス。
なぜ、俺がこんなにも今日はテンションが高いのか。
それにはもちろん理由がある。
「父上、お話があります」
「なんだアノス。儂は今書類などで手が離せないのだが?…もしや、当主を…」
「いえ、当主のことではありません」
「む…そ、そうか…ではなんだ?」
「はい、冒険者になりたいです!」
「…い、今、なんと申した?」
「ですから、俺は冒険者になりたいです!」
朝と言っても、夏の朝。
春や秋などのちょうどいい気温ではなく、汗が出てくるほどの暑さだ。
いつもならその事で、嫌味や愚痴のひとつでも零している所だろうが、俺は暑さ等気にもとめず兼ねてから決めていたことを父上に伝えるため…父上から許可を得るために父の書斎へと向かっていた。
それは冒険者になりたい、ということ。
本来、冒険者というのは、仕事がない平民がお金を稼ぐためになるもの。
あとは、自分の強さを誇示したいだとか、自分の腕を世界に知らしめ騎士団にスカウトされたいとか…そういう考えがある者。
そういう者もいるため、治安はいい方ではないだろう。
その上、命の保証が無いため、貴族は滅多に冒険者になるということは無い。
貴族でも冒険者をしているものは、騎士団に入った者や学園に通っている者が実践を学ぶため…といった感じであり、1度や2度依頼を受けると、辞める者や、名前だけ席を置いている者ばかり。
まぁつまり、何が言いたいのかというと…
「ならん!」
「……………」
「血は繋がってなくとも、お主はディソルバート家の、伯爵家の者だ。貴族が理由もなく冒険者になりたいなどということは、認めるん訳にはいかん!」
断られて当たり前だ、ということ…
いつもの俺なら、ここで折れ、諦めていただろうが、今回は違う。
昔から冒険者になり、旅をしたいとずっと思ってきたのだ。
だから、こんな所で諦めるわけにはいかない。
「しかし父上…」
「ならん!冒険者などという野蛮な者になるくらいなら、今からでも学園に通え!伯爵家であるため、頼めば今からでも編入といった形で通えるのだからな!」
「俺は学園に興味はありません!」
貴族の者は、普通は10歳になる年に学園へと入学し卒業すれば当主になる者は当主に、なれない者は騎士団に入隊する…というのが暗黙のルールとなっている。
もちろん、その学園には貴族しかいないという訳でもなく、将来騎士団に入隊したい平民の者なども通っている。
しかし、俺は騎士団なんてものには興味はないし、当主を継げるとしても、継ぐ気もない。
だから、学園に通えと言われたのも、騎士団に入隊しろと言われたのも断固拒否していた。
「アノス!儂は確かにお主が学園に通わないということと、今は騎士団に入らないということ、この二つの我儘を聞いてやった。息子であるからな!しかし、今回のワガママは許すわけにはいかん!」
「…………………」
「そもそも、誇りも何もないただの野蛮な者が居るだけの冒険者など貴族がなるものではないのだ!」
学園に通わない、騎士団に入隊しない、その二つのワガママを許してもらっているため、簡単には許可はされないとは分かっていたが、それでも父上の言い分に少し腹が立つ。
「誇りがないなんて、誰が決めたんですか!野蛮な者しかいないと誰が決めたんですか!父上は実際目にしたんですか!」
「目にしなくとも分かるわ!」
「いいや、分からない!」
「生意気な!」
腹が立っていたからだろう、少し言葉遣いが荒くなってしまっている。
そのため、父上も少しずつ不機嫌になってきているが、それでも俺はお構い無しに言葉を続けていく。
「父上はいつも、騎士団は誇りある仕事だと仰います。それは確かなんでしょう。しかし、いち早く魔物から民を国を護っているのは騎士団ではなく、依頼いち早く受け、討伐している冒険者です!そんな冒険者が誇りがないなどと、ただの野蛮な者だけがやるモノだとなぜ言えるのです!」
「アノス!!貴様に何が分かる!騎士団は」
「いいえ、何も分かりません!自分の目で見ていないから!だから俺は自分の目で確かめたいのです!冒険者になり、本当に冒険者とは誇りがないものなのか、野蛮な者しかいないのか…もし、それで冒険者が父上の言う通りなのであれば、その時は喜んで俺は騎士団に入隊します!」
「………………」
「だからお願いします!冒険者をやらせてください!俺は世界を旅して、色々な事を自分の目で見て確かめたいのです!だから!」
自分の言っていることが支離滅裂なのは理解している。
だが、それでも…これは兼ねてからの俺のしたかった事なのだ。
だから俺は、ただただ頭を下げることしか出来ない。
「……はぁ…分かった……」
「ち、父上?」
「自分の目で見て確かめたい…確かめなければ分からない…か…本当にお主は彼奴に似ておるな…」
「?」
「アノス」
「は、はい」
「お主が冒険者になることを許そう。だが、ワガママを聞くのはこれが最後だ。そして、冒険者を辞めたあとは騎士団に入隊する、それが条件だ。良いな?」
「はい!!ありがとうございます、父上!!」
正直、一、二発は殴られることも仕方ないと思っていた。
しかし、父上は条件付きではあったが、最後に何故か懐かしむような…そして悲しそうな笑みを浮かべながら、俺が冒険者になることを許してくれた。
長い回想になってしまったが、そういう訳で、父上の許しも貰え、俺は今日から冒険者になることが出来る。
だから俺はこんなにもハイテンションであり、そして今は、早速冒険者登録をするために、ギルドへと向かっている最中、という訳だ。
「冒険者ギルドが俺を待っている!さぁ、急げリリス!」
「ちょ、ちょっとアノス様!?本当にに危ないですよ!しっかりと前を見て走らないと、転んで…」
「ブヘッ!?」
「……ほら…大丈夫ですか?アノス様」
「………………痛い…」
「ふふっ…アノス様、ゆっくり歩いていきましょ?ギルドは逃げませんし、時間もまだたっぷりあるのですから」
「…そうだな……はしゃぎ過ぎたよ…」
「ふふっ…はしゃぐアノス様を見れて私は嬉しいです!では行きましょうか」
「おう」
「おぉー…」
「凄い活気ですね」
ギルドに向かうまでの道中、前方不注意で転んだりなど…色々あったが、無事冒険者ギルドへと辿り着き、中へと入った。
すると、やはり冒険者ギルドということだけはあり、人で溢れかえっている。
ガタイのいいおじさんや、魔法使いのような格好をした女性…若い人から少し歳のいった人まで…色々な人がいる。
そして、そんな大人たちが楽しそうに和気あいあいと話をしたり、受付で依頼を受けたりしている光景を眺めていると、自分も今日からこの冒険者たちの仲間入りができる、という気持ちから感嘆の声が勝手に漏れてくる。
「さぁ、アノス様。冒険者登録しに行きましょう」
「そうだな!行くか!…っとそうだ」
「?」
「リリス、冒険者ギルドにいる間、俺の事を様付けにするのは禁止だからな」
「ええ!?な、なんでですか!?私は捨てられるのですか!?アノス様の専属メイドを外されるのですか!?」
「し、しーー!落ち着け!声が大きいよ!」
「む、むぐっ…!?」
ちなみにリリスにはいつものメイド服ではなく、普通の服を着させている。
なぜなら、俺が貴族であることを隠すためである。
メイドなんて、貴族の家にしかいないため、メイド服を着たものが近くにおり、その上様付けで呼ばれているとその者が貴族であることの何よりの証拠になってしまうのだ。
それなら、俺も姿をフード付きのローブなどで隠した方がいいんじゃないか?と思うだろうが、貴族と言っても俺は三男だし、ゲイルのように次期当主になると公言されている訳でもないため、ディソルバートの名を出さない限りは俺そのものにはそこまでの認知度は無いのだ。
まぁ、黒髪は目立つため何とかしたかったが、姿を変えられるのは闇属性の魔法だ。それが俺もリリスも、そして父上も使えないのだから仕方ない。
それに、黒髪がこの世界に全く居ないという訳では無いし、大丈夫だろう。
まぁ兎も角、俺が貴族だと言うことを少しでも悟らせないために、リリスに様付けを禁止するように言ったのだが…リリスは泣きそうになりながら大声で俺に縋りよってくる。
俺はそんなリリスの口を手で塞ぎ、小さな声でリリスに言い聞かせる。
「いいかリリス。捨てはしないし、外すなんてこともしない。でも、ここで俺の事を様付けで呼んでいたら、俺が貴族だとバレてしまう。それは避けたいんだ。わかるか?」
「…ん、ん」
「よし…なら、俺の事はアノスと呼ぶように」
「わ、わかりました!アノス様!」
「だから、様って呼ぶなってば!てか声大きいよ!」
「ぁゎゎ…すみません、アノス様」
「だから………」
リリスはなんと言うか…少し馬鹿なところがある。
俺が様付けを禁止した理由を伝え、それに対し頷いてくれたのに、変わらず俺の事を様付けする上に、声が大きい…
本当にわかっているのだろうか……
別に貴族というのがバレても問題ないと言えば問題ないのだが…でも、バレたら多分色々と面倒なことになる上に、ここにいるのはほとんどが平民であるため、敬遠されていまうだろう。
それは俺の望むところではないのだ。
「さ、さぁ、気を取り直して、冒険者登録しましょう!アノス様!」
「……いや、だからね………」
そんな俺の気持ちを無視するように、リリスはまたまた大きな声で俺の事を様付けで呼ぶ…
だから…どれだけ周りがガヤガヤとしていたとしても、誰かしらの耳には聞こえてしまうものだ……
「おい…アイツ様付けで呼ばれているぞ?」
「もしかして貴族か?」
「いやいや、貴族が冒険者ギルドに来るか?その上まだガキだぜ?」
「…なら、あの歳で女の子に自分を様付けさせる変態か!?」
「……………………」
「アノス様?」
「………はぁ…せっかく冒険者になれるというのに、リリス…お前のせいで前途多難だよ…」
「?」