第3話 才能
「ふぅ…」
「お疲れ様です、アノス様!」
「ありがとう、リリス」
「それにしても、アノス様はとてもお強くなられましたね!それに魔力操作も、もうお手の物にされていますし!」
「まぁ、5年前に比べれば多少は強くなったとは思うけど…まだまだだよ。魔力操作も完璧とは言えないしね」
「そ、そうでしょうか?」
「うん。それに……」
「?どうされました?」
「いや…なんでもないよ」
俺が日本にいた時…正確に言うと、10歳以降は一年が一日がとてつもなく長く感じていた。
それは、一重に楽しみがなかったから…充実していなかったから。
今思えばそう結論がつく。
楽しいことをしていると、時間は早く感じ、毎日が充実していると、一年は早く感じる。
まぁ、何が言いたいかというと、俺がアノスとして転生してから…アノスに俺の前世の記憶が戻ってから、もう5年も経ち、俺ももう10歳になる。
この5年はとてつもなく早く感じた。
毎日が充実していたから。
リリスと楽しく話したり、怒られたり、鍛錬したり…そしてしたいことも見つかった。
うん………そろそろ現実逃避はやめよう。
まぁ先程も言ったが…充実してはいる。してはいるのだが……
「ア、アノス様!?急に落ち込むように項垂れたと思ったら、悔しそうに涙を浮かべながら地面を殴り始めるなんて…一体どうされたんですか!?」
「……あ、うん…誰にしているのか分からないけど、具体的な説明ありがとう…」
「あ、いえ、そんな…えへへ」
「………いや、褒めてはないし、なんで照れてるの?……はぁ…」
「本当に、どうされたのですか?アノス様」
今の俺には悩みがある。
それはもう、リリスが先程懇切丁寧に説明してくれたように、悔し涙をうかべ、地面を殴り始めてしまうほどの悩みが……
それはーーーー
「他の属性魔法が上手く扱えない…ですか…」
「う、うん…」
そう、魔法が全くもって成長しないのだ!
別に、使えないという訳では無い。
火属性なら、火は出せるし、風属性なら風…と言ったように使えるのは使える…
だが、全くもって扱えないのだ。
毎日毎日、魔力操作の鍛錬は欠かさずやっているのに…そのおかげで、魔力も随分増えていると思うのに…
なのに…扱えない。
「…はぁ……俺はもうダメだ……ダメ人間だ……」
「そ、そんな!?そ、そんなことないですよ!アノス様がダメ人間なんてことは絶対に有り得ません!!」
そこまで落ち込むことか?とみんな思うかもしれない。
でも、俺からしたらこれはとても大事なことで、重要なことなのだ!
日本にいた頃の俺の楽しみは、小説を読むこと。
本に没頭できれば嫌なことを思い出さなくていいから。
だから、色々読んでいた。
恋愛モノ、ミステリーやサスペンスなどなど…その中でも俺が一番好きだったのがラノベの異世界モノだった。
なぜなら、日本とは全く違う世界で、魔法が使え、獣人やエルフなど、人間以外の種族もいる。
そして、その本の…その世界の主人公に感情移入するのが何よりも大好きだったのだ。
だから、俺はこの世界に転生したと分かった時…この世界に魔法というのがあると、人間以外の種族がいると分かった時、ものすごく心が踊った。
いつか、人間以外の種族にあってみたい…魔法を使いたい…
そう思い…それが出来ると思い、心が踊っていたのに…
必死に鍛錬しているのに…
「アノス様、そんなに落ち込むことなんてないですよ!まだアノス様は若いですし、これから才能が開花して扱えるようになる可能性だって充分あります!!」
「……そ、そうかな?」
「はい!!」
「…リリスはそう思う?」
「もちろんです!」
俺からしたらとても大事で重要な事だが、周りの人からすると、どうでもいいこと。
そんなことで、こんなにも悩んでいる事をリリスに伝えるのは恥ずかしかった。
でも、俺の事を思い、同情などで俺を慰めようとしていないと見ただけでて分かるリリスの笑顔を見ていると、心の中が少し軽くなった気がしたため、リリスに相談して良かったと思った。
単純だな…と思われるかもしれないが、こんな真っ直ぐな目で、綺麗で可愛い笑顔で言われているのに、そう思わない方がおかしい話だ。
「そうだな…そうだよな!俺はまだ10歳で、まだ若い!だから、これから才能が開花する可能性なんかいくらでもあるよな!」
「はい!!その通りです、アノス様!!」
「ありがとな、リリス。少し心が軽くなったよ!リリスに悩みを伝えてよかった!」
「ひゃ、ひゃい!わ、私もアノス様のお力になれた事、う、嬉しく思いましゅ!」
「うん、ホントありがとうね」
「は、はい!!…えへへ」
そうだよ、俺はまだ10歳だ。なのにこんなことで悩んでるなんておかしい!
悩む暇があったら、もっと努力すればいいだけの事だ。
リリスの言う通り、いつか俺の中に眠っている才能が今後開花する可能性は充分あるのだから。
その事に…気づかせてくれたリリスにお礼を言いながら、優しくリリスの頭を撫でる。
俺に頭を撫でられているリリスは顔を真っ赤にするが、それがなんとも可愛らしい。
最初は顔を真っ赤にすることから、怒っているのでは?頭を撫でられるのは嫌いで、俺にやめろと言うことが出来ず、我慢しているのでは?…と思い、リリスに聞いてみたのだが、どうやらリリスは俺に頭を撫でられるのがとてつもなく好きらしい。
それからは、リリスにお世話になった時やお礼を言う時などはこのように頭を撫でるようにしている。
単純だな…と思われるかもしれないが、リリスも喜んでくれる上に、リリスの嬉しそうな顔を見ると俺も嬉しくなってくるため、win-winだということことで別に問題ないだろう。
「そういえば、リリスも魔法は使えるんだよな?」
「え?あ、はい!」
「何が使えるの?」
「私は、実戦などで使えるレベルなのは風属性と光属性です。あとは得意ではありませんが、無属性の身体強化魔法と水属性くらいですね」
「へぇー!」
「…よ、良かったらお見せしましょうか?」
「え!?い、いいのか?」
「は、はい。減るものではありませんし……その…少しでもアノス様にとって参考になれば私も嬉しいので」
「あ、ありがとう、リリス!」
「い、いえ、アノス様に喜んで貰えるのが私とって一番ですので!し、しかし、ここはディソルバート家の庭ですので、力は押えますが…それでもよろしいですか?」
「うん!よろしいですよ!よろしいに決まってるよ!」
「…えっと……アノス様、言葉遣いが変になってますよ?」
おっと、いけないいけない。
これまで、魔法は自分の扱える身体強化魔法しか見た事がなかった。
あとの魔法は使えるとも言えない程度の、しょぼいもの。
だから、リリスの魔法を、身体強化魔法以外のしっかりとした魔法を見れるということでテンションが上がってしまった。
「ふぅ…ではまず、水属性からいきますね!」
ドーーーーーン!!
リリスの掌に生成されたバスケットボール程の大きさ出てきた水の球は、ものすごい勢いで地面へと着弾し、その着弾したところは、ちょっとしたクレーターが出来上がっていた。
「…………へ?」
「次は光属性を…」
「あ、いや、リリス!ちょっとま…」
ドーーーーーン!!
そして、次にリリスが手のひらを前に向けると、光の矢のようなものが生成され、それは水の球の時と同じように、ものすごい勢いで地面へと着弾し、ものすごい轟音をあげる。
もちろん、水属性の時よりも少し大きい二つ目のちょっとしたクレーターができている。
「…………………」
「最後に風属性」
「はっ!?ストップ!リリス、ストッ…」
ドーーーーーン!!
そして、次にリリスは腕を上にあげ、そして掌を上に掲げる。
俺の声が届いていないのか…それともよっぽど集中しているのか…俺が止めているのにも関わらず、リリスはお構い無しに振り上げていた腕を勢いよく振り下ろす。
すると、庭に生えていた立派な木が綺麗に真っ二つに切れてから地面に倒れ、これまた大きな音をあげる。
「…………………」
「いかがでしたか?アノス様」
「…い、いかがでしたか?じゃないよ!!手加減するって言ったよね?なのに何でこんなことになってんのさ!!」
「ぁ、ぁゎゎ…す、すみません、アノス様!…えっと…手加減はしたつもりだったのですが…」
「………………………」
「ア、アノス様!?だ、大丈夫ですか!?」
こ、これが…才能の違いだというのか…
庭の現状を見て、リリスが少し本気でやったものとばかり思っていた。
それなら、納得できなくはないと思っていたのだが…どうやらあれでも手加減していたようだ。
そのリリスの言葉を聞いた瞬間、俺は膝から崩れ落ちた…
「…え、えっと……アノス様も魔法を打ってみてはいかがですか?」
「………………」
「えっと…ほら!もしかしたら、今の私の魔法を見たことにより、アノス様も気付かない内にコツを掴んでいるかも知れません!」
「…そ、そうかな?」
「は、はい!!」
「……わかった……やってみる」
もちろん、知らない間にコツを掴むなんて…見ただけでコツを掴むなんてそんなことあるはずが無い。
いつもの俺なら、リリスの言葉にそんな訳ないだろ!と返していたのだろうが、そんな事すらも分からない程、リリスの魔法の威力を見て、ズタズタに俺の心は折れていた。
だから、俺はリリスに言われた通り、魔法を一つ一つ発動していく。
まずは火属性ーー
「………途中で消えましたね…」
「…………………」
「だ、大丈夫です!生成は出来ているのですから、これからです!」
水属性ーー
「………発動しませんね……」
「……………………」
「え、えっと…アノス様は水属性が不得手なんですよ!だから、し、心配しなくて大丈夫です!誰しも不得手があり使えない属性はあるものですから!」
風属性ーー
「……す、涼しいですね…」
「……………………」
「…えっと……あ、暑い日にはピッタリですね!」
土属性と光属性ーー
「えっと…不得手な属性は発動しないのは当たり前で…つ、使えない属性があるのは…当たり前ですから…」
「………………………」
闇属性ーー
「…ほ、ほら!闇属性は相手に幻覚を見せたりなどの、相手の心理に直接攻撃を行うものがほとんどですから……えっと……」
「…………俺今、リリスに向けて発動したつもりなんだけど…………」
「へ?」
見ての通り…全くもってダメだった……
「……………………」
「ア、アノス様!まだ分かりませんよ!これから先成長して行く可能性は充分あります!」
「…ねぇリリス」
「は、はい!」
「…それは本心?……本当にそう思ってる?」
「…………え、えっと………」
「ガハッ!?」
「ア、アノス様!?」
俺の魔法をしっかりと見たのにも関わらず、リリスは俺に優しい言葉をかけてくれるが、今はそれが何よりも辛い…
でも、本当に本心からそう言ってくれているのなら、俺もこんなことでめげずに頑張れると思い、リリスに聞いてみたのだが……
その期待は、ダメージとして返ってきた………
「………ねぇリリス」
「は、はい…」
「ひとつ聞いていい?」
「は、はい。なんなりと」
「リリスは水属性は得意じゃないんだよね?」
「えっと、そうですね」
「得意じゃない上に手加減してたんだよね?」
「……は、はい」
「………………………」
自分の魔法の出来に落ち込んでいると、ふとあることが気になった。
それは、リリスの水属性の魔法。
リリスは水属性は得意じゃないと言っていた。
しかもその上手加減をしたとも…
つまり、普通は得意じゃないものでも、生成さえ出来ればあれほどの威力は出せるということのはずだ…
でも、俺の魔法は…生成は成功したはずの火属性と風属性はそんな風にはならなかった。
つまり…………
「……グス………」
「ア、アノス様!?」
「うわぁぁぁぁーーーん」
「ア、アノス様ーーーー!!!」
気づきたくなかった真実。
それに気づいてしまった…それを理解してしまった瞬間……俺は涙を流しながらその場から逃げるように駆け出した……
なんで!なんでだよ!
普通はあるもんじゃないの!?
……こんなこと、気づきたくなかったよ!
どうやら俺には、魔法の才能はないみたいだ…………
「ちっくしょーーーー!!!」