SCENE-007E
最終改訂2022年11月16日
「エステル天城ローレンツ特務少尉、入ります」
「紫宮北斗特務中尉、入ります」
官姓名を告げて、僕らは第1作戦会議室に入る。
そこは普段、上級士官の定例会議に使われる部屋。
士官といっても一介のパイロットにすぎない僕と北斗がそこに喚ばれた時点で、ただ事ではない気配はあったけれど、
(司令に艦長、作戦参謀長、航空大隊長、工兵部隊長まで──)
決して広くはない会議室に詰めこまれた顔ぶれに、僕らは息を呑んで与えられた席につく。
どうやら一大事みたい。
たぶん、艦隊の存亡にかかわるほどの。
「──そろったな。では、始めるとしよう」
ミシマ艦長が、直々《じきじき》に召集した二十人ばかりを見回して言った。
その背後で、オブライアン司令が腕を組んで壁にもたれている。
彼女が席につかずに立っているのは、自分はあくまでも傍聴人であって本件は艦長に一任している、という意思表示なのか。
「これから、我々が直面している由々しき事態と、それを打破するために為すべきことを説明する。一同、心して聞いてもらいたい」
それだけ言うと、艦長は隣席の女性士官に目配せをした。
女性士官は席を立ち、きびきびとした足取りで演壇に歩み出る。
「作戦参謀筆頭補佐官、ジル・ハーグ中佐です。まずは、これを見て下さい」
会議室の照明がやや暗くなり、演壇の大型モニターに映像が表示された。
一瞬の沈黙のあと、おお……! と、どよめきがあがる。
ベタ凪の海面に浮かぶ、巨大な赤黒い靄のような球体。
その上に鎮座する、さらに巨大な淡灰色の〝円盤〟。
あれは──
「──パンデモニアム?」
誰かが、その呼び名を絞り出した。
「はい。XENEMSの大型空中要塞、カテゴリー〝XXX〟。通称『万魔殿』です」
淡々と説明しようとするハーグ中佐の声にも、抑えきれない緊張感がにじんでいる。
「……二十年ぶりの襲来、か」
ざわめきの中、そんな司令のつぶやきだけが、やけに澄んで聞こえた。
◆ ◆ ◆
二十年前──西暦2063年12月24日。
その日、地球にやってきたのは、世界中の純朴な子供たちが待ち望んでいた白髭の聖なる老爺ではなく、二七隻の〝空飛ぶ円盤〟だった。
月の陰から突如として出現したそれらは、高度600キロの地球周回低軌道上に散開し、世界の主要都市に強力な電磁衝撃波を浴びせかけた。
その一撃で勝負はついた、と言ってもいいだろう。
なにしろ、人類の文明を支えている精密電子機器のほとんどが破壊されてしまったのだから。
結果、社会は停まった。
電気や水道などの生活インフラ、通信、商工、交通、医療、物流──すべてが機能を失い、あっという間に飢えと渇きが世界を覆いつくしていった。
百億を超えていた総人口が半減するまで、二ヶ月もかからなかったという。
その間、空飛ぶ円盤たちは、もはや人の手が届かなくなった高度600キロの円軌道から、干からびてゆく人類を悠然と見下ろすばかりだった。
この事変は、後に〈第一次大規模侵攻〉と呼ばれることになる。
それは、まさに地獄絵図だったという。
でも、ヒトという種が絶えることはなかった。
半年あまりで総人口は最盛期の3割以下にまで激減したけれど、皮肉にも、その惨状が救いとなったのだ。
運良く破壊を免れたわずかな機械文明の恩恵を、運良く生き残った者たちだけで独占できたから。
そうして7年後。
いよいよ人類は、地球外敵性体群XENEMSと名付けた破壊者に対し、反撃の狼煙をあげる。
口火を切ったのはヨーロッパだった。
かつてのNATOを再編した欧州連合軍が、軌道上の〝円盤〟の一隻に対し、戦術核を含む飽和攻撃を敢行。これを撃沈したのだ。
直後、他の円盤たちは次々と降下。赤道上空を周回しつつ、世界中に大量の戦闘機や陸戦用機動兵器をばらまいた。
その数、およそ2万。
かくして始まった第二次大規模侵攻に対し、人類は各地で総力戦を挑む。
実のところ、軍事施設や兵器の多くには電磁パルス攻撃を想定した防護措置がとられていたから、それら自体は健在で、人員と補給体制さえ確保できれば充分に機能する状態だった。
それでも彼我の戦力差は大きく、しかも敵は人類をはるかに凌ぐ高度なテクノロジーで武装しているのだから、誰もが凄絶な消耗戦を覚悟し、実際それに近い戦いだったというが──
絶望の淵を背にしたヒトは強靱だった。
そして、半年後。
戦力の大半を損耗した円盤たちは、相次いで自沈。
ヒトは、とりあえず未来を勝ち取った。
この未曾有の戦禍を生き延びた人類は、対侵略世界同盟GAIAを結成。
XENEMSの兵器の残骸から数々の先行科学技術を採取し、彼らと互角以上にわたりあえる決戦兵器──前衛戦闘機を生み出した。
以来、XENEMSは散発的に戦闘機を送り込んでくる攻撃を繰り返し、第三次大規模侵攻と呼べるほどの戦いはなかったのだが──
満を持して、ということか、再びあの〝円盤〟が現れた。
今のところは、一隻だけみたいだけれど。
◆ ◆ ◆
「目標は約12時間前に月軌道上に出現し、40分前に大気圏に降下。現在、太平洋上北緯207度・西経175度、高度500に滞空。以後、当該作戦目標をPD28と呼称します」
無人観測機から送られてくるリアルタイムの映像に様々な解析データが重ねられ、ハーグ中佐がそれらを解説してゆく。
40分前ということは、あの変な臨戦命令の原因はこれだったんだ。
「見ての通り、目標は──」
ハーグ中佐がさらに説明しようとするや、突然、警報が鳴った。
聞き慣れた敵襲警報とは違う、でも何かの警報であることは解る、嫌な音。
〈CICより報告。PD28に強磁界発生。レーダー波を検知。無人観測機1番がロックされた模様〉
大型モニターの表示が二分割され、PD28とこちらの無人観測機の位置関係を示す三次元レーダーマップが表示された。
「強磁界だと? まさか──!」
艦長が椅子を跳ね飛ばして立ちあがり、モニターに目をこらす。
すると、
〈目標、強磁性体を射出!〉
パンデモニアムが小さな〝光〟を発射。
それは細長い尾を曳いて飛び──破裂して太陽のようにまばゆい閃光を放つ。
無人観測機からの映像は、そこで途切れた。
〈──無人観測機、1番から4番まで消滅!〉
たった一発で、互いにかなりの距離をとって旋回飛行していた4機の無人観測機が堕とされた。
しかも〝大破〟ではなく〝消滅〟。
文字通り、一瞬で消し飛んだのだろう。
〈射線の反対側にいた5番機のみ健在。映像、回復します〉
一分ほどで、生き残っていた無人観測機とのデータリンクが復旧し、再びパンデモニアムの映像が映しだされた。
灰色の円盤は何事もなかったように浮いている。
さっきまでとは違う方向からの映像だが、相手は左右対称の円盤型なので、見た目は変わらない。
「──反水素投射砲。たかが無人観測機に主砲を撃ってくるなんて、あからさまな示威行為ね」
あきれたように、司令がつぶやいた。
さすがは一軍の将。この事態にも、動じているようにはみえない。
少なくとも表面的には。
「示威行為……連中にそういう概念があったとは、驚きですな」
そう応える艦長も、いつも通り泰然としていて、淡々と中央情報管制室に指示する。
「艦長よりCIC、状況を報告しろ」
〈目標は依然として現空域に滞空。磁界は消滅。第二射および侵攻の兆候はみられず〉
「わかった。監視を続けろ。無人観測機の補充を急げ。付近の成層圏プラットフォームは現状を維持」
〈了解〉
「──動かんところをみると、腰を据えて我々を迎え撃つはらのようだな。ならば多少の時間はあろう。会議を続ける」
艦長は椅子を定位置に戻して座り、パック入りの水を飲み干した。
つられたわけではないだろうけど、ハーグ中佐も水を一口飲んでから説明を再開する。
「見ての通り、目標は偏光現象を確認できるほどの強力な制限斥力場を持っています。通常兵器でこれを突破するのは、容易ではありません」
「あらためて、そら恐ろしいわね。あんなものが宙に浮いているなんて……」
誰に言うでもなく、司令がつぶやいた。
直径600メートルの円盤が平然と浮かんでいる光景は、ただそれだけで人を畏怖させる。 二度の大規模侵攻を軍人として経験し、パンデモニアムの脅威を肌身で知っている司令や艦長にとっては、なおさらだろう。
「推定される制限斥力場の出力は、98テラ・ジーバー。我々が現有する武装でこれを突破することは不可能です」
わりと絶望的な事実を、ハーグ中佐は無表情で言い切った。
リパルション・フィールド・システム。
それは、任意の空間座標上に球状の斥力場を生み出す装置とされている。
いまだ人類には作動原理さえ解っていない、XENEMSの超先行科学のひとつ。
パンデモニアムは、その強力な斥力場に乗って浮いている。
厄介なのは、それを〝バリア〝としても使えるってこと。
ミサイルだろうが、砲弾だろうが、斥力場によって軌道を曲げられてしまい、まず当たらないのだ。
艦隊の全ての前衛戦闘機を動員しても、たぶん無意味だろう。
核による飽和攻撃なら通用するはずだけど、大気圏内での核の使用は万策尽きたときの最期の手段だし、敵の主砲を封じないことには、それすらも困難を極める。
ミサイルであれ、爆撃機であれ、水平線上に姿を見せた途端に反水素投射砲の一撃で蒸発させられるのがオチだもの。
まさに、防御力と攻撃力がカンストしてるっぽい非常識なボス・キャラ。
そんなバケモノを、どう攻略する気なの?
──なんて思ってたら、案の定、提示された作戦はとんでもないものだった。
「──以上が、本作戦『オペレーション・キャノンボール』の概要です」
その、とんでもない作戦の説明を終え、演壇から数歩離れるハーグ中佐。
かわって艦長が演壇に立ち、
「諸君、何か質問はあるか?」
質疑応答へとうつる。
前例の無い突飛な作戦だけに、誰もが理解することで精一杯なようで、
「──はい」
手を挙げたのは北斗だけだった。
「我々が選抜された理由を訊いてもいいですか?」
あ、それは僕も知りたい。
「不服か? 紫宮特務中尉」
「いえ、単なる確認です」
「はっきり言えば、選ばれたのはお前たちではない。お前たちの相棒だ。この作戦を遂行できる有人機は、NVX-0とYV-6しかない」
「なるほど。了解です」
「当初は無人機のみでの作戦遂行を考えていたんだが、本部の『コウメイ』が有人機を護衛につけるよう提案してきてな。そのほうが成功率が若干あがるそうだ」
コウメイとは、GAIAの中央戦術戦略支援AIの愛称。
かの有名な軍師、諸葛孔明にあやかった名前だ。
「──で、どうする? お二人さん。作戦への参加を拒否するなら、受理するが?」
艦長は北斗と僕を順に見て、くだけた口調で訊いてきた。
「ということは、成功率は8割未満なんですね」と、北斗。
普通、軍隊において命令というものは絶対で、拒否権なんてものはない。
けど、GAIAはちょっとだけ人道的で、コウメイのシミュレーションによる成功率が80パーセント未満の場合のみ、要員はその作戦への参加を拒否することができる。
「ああ。無人機のみでの本作戦の成功率は65パーセント。お前さんがたによる底上げは、プラス10だ」
成功率75パーセントか。
悪くはない、かな。
5発入る回転弾倉式拳銃に1発だけこめてロシアン・ルーレットをするよりかは、いくらか生存率が高いし。
「悪いが、時間を惜しむ状況だ。今、ここで、決めてくれ」
「いきます」
北斗は即答し、ちらりと僕を見る。
その視線に僕は軽くうなずいて、
「右に同じです」
そうと決めた。
◆ ◆ ◆
8時間後。
肉体と精神の準備を整えて、僕は飛行甲板にあがる。
中央エレベータの近くに、急ごしらえの高高度弾道飛行ブースターを装着したエリエルとレラシゥが並んでいた。
北斗が一足先に来ていて、なにやら〝レラ〟と話しこんでいる。
邪魔しちゃ悪いから、終わるまで待とう。
立ち聞きする格好になっちゃうけど、そんなことで怒る北斗ではないだろうし。
〈このブースターの構造は、お世辞にも合理的とは思えません〉
「ありあわせの部材で組んだ急造品だ。多少の不合理はあるさ。性能には問題無いんだろ?」
〈はい。必要充分な性能はあると思われます。ですが……〉
「らしくないな。はっきり言えよ。何が不満なんだ?」
〈美しくありません〉
「……ん? 花柄にでもすればよかったか?」
〈そういう意味ではありません。私が求める美は、純粋に合理的な機構と造型が織りなす機能美です〉
「たとえば、お前のような?」
〈はい〉
「ナルシストなんだな」
〈それを言うならナルシシストです〉
「…………与太話は終わりだ。全システムを再チェックしろ」
〈了解〉
そんな戦闘機と専属操縦士の会話は、内容はさておき、なんだか微笑ましかった。
レラには、ヒトの思考を擬似的に模倣して固有の人格を表現する、人格エージェント・システムが搭載されているのだという。
通常、前衛戦闘機の機上戦術支援システムAIに、そんなものは付けない。
僕の愛機のAIにも多少の個性はあるけれど、人格は無いし。
ちょっと羨ましいかも。エリーにも付けてもらおうかな。人格エージェント。
「装備も作戦も規格外だ。何が起こっても不思議は無い。ブースターの制御プログラムの各パラメタは、上限も下限も理論上の限界値まで確保しておけ。保安機構は無視していい」
〈すでに、そのように設定しています〉
「作戦が第三段階に入ったら、生命維持系のリミッターも切れ。いざとなれば、俺を潰してでも帰還しろ」
前衛戦闘機は、様々な耐G機構が仕込まれた強化操縦士をもGで圧死させるだけの機動性をもっている。
もちろん、そうならないよう保安機構が効いてるのだけれど──
パイロットを守ろうとして墜とされたのでは本末転倒。
いよいよの場合、パイロットを殺してでも機体だけは帰還して貴重な戦闘データを持ち帰る、というのが暗黙の了解となっている。
実験機であるレラシゥとエリエルにとって、それは半ば義務。
北斗と僕の命は、それぞれの愛機よりも安いのだ。
でも、まるでその現実に抵抗するかのように、
〈…………〉
「……応答は?」
〈了解しました〉
北斗が返事を求めるまで、レラは応えなかった。
躊躇という人間じみた、AIにとっては大きな欠点にもなりうる心理が、彼女にはあるみたい。
ためらった理由は、〝専属操縦士を亡くすのは大きな損失だ〟という合理的な分析なのか、それとも〝大切な相棒を喪いたくない〟という思いなのか──
後者だとしたら、可愛いかも。
「──北斗」
話が終わったようなので、僕は彼の背中に呼びかける。
「ん? ああ、いたのか。エステル」
「この作戦が終わったら、一緒にディナーでも、どうです?」
「ディナー?」
いきなりの提案に北斗はいくらか目を丸くし、思わず問い返してきた。
そのまま僕を見つめ、少し考えてから、薄い笑みを浮かべて言う。
「……いいね。願ってもない。俺としては、食後の〝デザート〟にも期待したいところだな」
彼にしては意外な、ちょっと際どい大人の冗談。
こういう発言、セクハラだと顔をしかめる人もいそうだけど、僕は気にしない。
というか、むしろ愉快。
だから、からかうような気分を乗せて、
「かしこまりました。お口に合うかどうかは、保証しかねますけど」
僕も笑って応えた。
──TO BE CONTINUED──
例によって例のごとく、お待たせしました。
イメージボードも大改修したので、よかったらのぞいてみてください。
ちなみに僕様、★1個でも喜ぶ人間であります。
てか、★1だとヘコむとかムカつくとか言ってる書き手さん、あんた何様さね?
──おっと失礼。
僕様としたことが、つい興奮を。
まぁ、そんなわけで、「悪くないと思ったら気軽に★くれてもいいんでゲスよ旦那ぁ」と揉み手をしつつ、これにて失礼させていただきます。
<(_ _)>