SCENE-006-H
最終改訂2022年11月16日
一昨日、我らが第三遊弋艦隊に奇妙な艦がやってきた。
艦名は『シグルーン』。
いわく実験的な新造艦で、試験航海のためにしばらく同行するとのこと。
開示されている情報は、それだけ。
その実験とやらの概要──何を目的として何をするのかは、明らかにされていない。
ならば外観から機能を類推しようとしても、これがまったく解らない。
なにしろ、あらゆる艦艇の類型から外れた容貌をしているのだ。
シグルーンの全長は目測で約300メートル。
ルーフ級護衛艦を二隻ならべたような双胴型の艦体に、巨大な円盤状の構造体が載っている。
艦の質量の7割は、その円盤部分が占めているのではないか。
見れば見るほど不思議な艦だ。
だからこそ好奇心をくすぐられ、今しがたGAIAのデータベースを掘ってみたのだけれど──
あっけなく拒否られた。
一般の下士官より数段深い機密レベルまでアクセスできる特務中尉の権限を使っても、結果は同じ。
隠されると余計に探りたくなるのが人情というもので、なかば意地になってGAIAの予算と物資の動きを調べてみたところ、謎はさらに深まった。
どこをどう掘っても、シグルーンを建造していた形跡が見あたらないのだ。
「正規の造兵計画から切り離された秘密兵器、なのか──?」
溜息混じりにボヤきつつ、俺は見ていた携帯端末を待機モードにした。
そいつのカラビナを作業服の安全帯の繋留環に留め、さっき食堂でテイクアウトした昼飯にかじりつく。
ここは、通称〝公園〟と呼ばれる区画。
本艦のほぼ中心に位置する、幅二十メートル・長さ六十メートルほどの空間だ。
床には本物の芝が敷かれ、壁際には雑草が生い茂り、何本かの小さな木が植わってもいる。
壁面と天井に外の景色が表示され、不規則にゆらぐ風まで吹いているから、まるで海の真ん中に浮かぶ小島にいるようだ。
およそ軍艦の中とは思えないこの設備は、無機質な閉鎖空間で長期間の任務に就く兵士たちに一時の安らぎを、とかいう慈悲深い御題目の産物なのだろう。
こんなものを作るスペースがあるなら艦載機を増やせばいいのに、と思わなくもないが、こうしてわざわざここで昼飯を食っているのだから、俺も意外と気に入っているのかもしれない。
「──ほーくとー♪」
おにぎり二つとチキンナゲットを胃に詰めたところで、愉しげに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
アリスだ。
となれば当然、エステルも一緒。
(……相変わらずだな)
歩いてくるエステルの姿に、俺はかすかな笑みをにじませた。
休息シフト中のパイロットは、支給された運動服か作業服を着ていることが多い。今の俺も作業服姿だ。
しかしエステルはいつも、航空戦闘服の内着にGAIAの制服のスラックスという、ちょっとちぐはぐな格好をしている。
動きやすさと肌触りを最優先した結果とのことだが、もとより洒落っ気が無いのだろう。
それでも端正な顔立ちは彼女を瑞々しい少女に見せているし、タイトなタンクトップ型のインナーに包まれた丸みは官能的だ。
で、そのあたりを見るともなしに見ていると、
「とうっ!」
「うわ!」
アリスがとたとたと走ってきて、芝生に座っている俺に抱きついた。
たまらず押し倒され、女児に組み伏せられた格好になる。
「こら。だめたよ、アリス。飛びついたりしちゃ。危ないでしょ?」
「はーい」
エステルに怒られ、アリスはちょっとしょんぼりして俺から離れた。
その頭を鷲掴みにするように撫でる俺の傍らにエステルが腰をおろし、持っていたオレンジジュースのパックの飲み口を開けながら訊いてくる。
「いつも、ここで昼食を?」
「ああ、ここ何日かはね。まぁ、今日の目当ては〝あいつ〟なんだが」
俺は全面がモニターになっている壁を一瞥した。
そこにはネレイドと併走する新造艦の姿が。
「シグルーン──やっぱり気になります?」
「謎だらけの艦だからな。たまらなく、そそられる」
「じゃあ、そんなシノミヤさんに、いいものを観せてあげましょう」
にっこり笑って、エステルは赤い携帯端末を手にした。
その側面から巻き取り式ディスプレイを引き出し、俺に動画を見せる。
「……シグルーンか?」
「うん。二ヶ月前の映像」
動画は、どこかの乾式造船廠より進水するシグルーンを空から撮ったものだった。
「これ、どこの港?」
「ベルファストです。北アイルランドの」
「アイルランド?」
俺は首をひねる。
欧州におけるGAIAの拠点はドイツとフランス。イギリスには第2遊弋艦隊の補給基地があるだけで、大規模なドックは無いはずだが……
「そんなところにもGAIAの工廠があったのか」
「いえ、〝彼女〟を造ったのはアウローラなんですよ」
「……?」
「GAIAが研究段階で断念した計画を、アウローラが引き継いで造ったんです。秘密裏に」
「へぇ……そんな情報、よく手に入ったな」
「おや、僕の素性をお忘れで?」
エステルは少女の笑みで言った。
なるほど、そういうことか。
彼女はアウローラ社のテストパイロット。
俺のような操縦士兼航空技師ではないが、兵器の研究開発の最前線にいることに変わりはない。
そのあたりの人脈が情報源なのだろう。
「──V級特務攻撃艦縮小試作型、YVS1『シグルーン』。直径270メートルの環状質量射出器を備え、そのための大容量フライホイール群と新式の動力炉を搭載」
エステルは、問わず語りにシグルーンの概要を教えてくれた。
その内容に俺は目を見張る。
「オービタル・カタパルト? あの円盤部分は質量射出器だったのか」
マス・ドライバーとは、電磁力などで物体を加速して撃ち出す装置。
つまり、あの大きな艦体そのものが一種の〝大砲〟というわけだ。
「残念ながら砲弾の情報は手に入りませんでしたが、とんでもない大きさなんでしょうね」
「直径270メートルの加速器で発射する弾体となれば、少なくとも乗用車ほどの大きさはあるだろうな。しかし……そんなもので何を撃つ気なんだ? 大型降下ポッドを大気圏外で撃ち墜とすつもりか?」
言いながら、それはないな、と俺は思った。
奴らの大型大気圏降下搬送機は高度なステルス性を有し、大気圏に突入してくるまで探知できない。
運良く射程距離内に降りてきてくれなければ、狙撃なんて不可能だ。
それに、デモンズエッグを狙うにしては〝砲〟の規模がデカすぎる。
「うーん……標的は、もっと大物ではないでしょうか」
エステルも俺と同じことを考えていたようだ。
「デモンズエッグよりも大きなターゲットとなると……まさか……」
「──カテゴリーXXX、とか?」
「……だな」
眉を潜めてささやかれたエステルの言葉に、俺はうなずく。
その線で推論を掘り下げてみようと思うなり、
〈敵襲警報発令! |総員、第一種戦闘配置。ベータ中隊、全機出撃。ガンマ中隊は待機シフトへ移行せよ〉
艦内に警報が鳴り響き、俺たちは弾かれたように格納庫に向かって駆けだした。
〈第一種戦闘配置を撤回。総員、第二種警戒態勢にて待機〉
第4格納庫に駆け込んだところで、そんな指示が下された。
俺とエステルは拍子抜けし、顔を見合わせる。
解除ではなく撤回とは、どうしたことか。
「なんだか、引っかかる言い回しですね。誤報だったんでしょうか」
「いや、誤報なら第二種警戒態勢の必要は無い。何かを探知したが、どう対処すべきか決めかねてるってところだろう」
「未知の敵……なのかな?」
そう小首をかしげるエステルは、心なしかワクワクしているようにも見えた。
俺も似たような心境ではある。
しかし、三十分後。
俺たちは、ワクワクしてなどいられないシリアスな現実を思い知ることになる。
──TO BE CONTINUED──