SCENE-004R
最終改訂2022年11月16日
「──総員、第一種戦闘配置。デルタ中隊、全機出撃」
待機シフトに入って間もなく、私の寝床である第4格納庫に緊急警報が鳴り響いた。
同時に、本艦の中央戦術指揮システムから情報が送られてくる。
敵は、いつもの大型大気圏降下ポッド──通称〝悪魔の卵〟が一機。
その身に宿す強襲戦闘機がAF-1Aなら、最大で四十機のはず。
予想会敵時刻は二十五分後。
八分以内に発艦すれば、デモンズエッグが大気圏に突入してくる前に想定交戦域に到着できる。
私がそんな計算をしている間に、航空戦闘服を着て待機していたデルタ中隊のパイロットたちが次々とハンガーに駆けこんできた。
その中に北斗を見つけ、私は昇降用の梯子を展開する。
「お待ちかねの実戦だ、レラ。準備はいいな?」
私の操縦席におさまるなり、北斗はやや興奮気味に言った。
〈もちろんです〉
応えつつ、彼のコンディションをチェック。
〈──脳量子場の活性値が、デフォルト域を超えています。気が昂ぶっているようですね〉
少し落ち着いて、という意味を込めて、私はやんわりと指摘した。
「半年ぶりの実戦だ、昂ぶりもするさ。敵はおそらくアギエルだろう。ガンとミサイルは基本装備、後部多目的射出器には爆砕弾を」
〈ファルコの武装は、どうしますか?〉
「自由電子光波砲ユニットを装備。それ以外は同じでいい」
〈了解〉
そうこうしているうちに、私の前輪に無人曳航車が接続され、艤装ブースへと連れてゆく。
そこで20ミリ炸裂弾と空対空ミサイル『シュライク』を満載し、エレベータで飛行甲板へ。
〈フライホイール、接続。エンジン始動〉
艦上に出ると同時にエンジンを始動。
水素エンジン特有の爆発的な点火音が響き、機体が一頻り震える。
震動がおさまるのを待って、私は駐機形態から高機動形態に変形した。といっても、すぼめていた主翼を広げるだけなのだが。
「──全システム、問題無し。機体制御を通常モードへ移行。火器管制をバック・グラウンドで起動」
〈了解〉
北斗による手動での安全確認が終わり、これで準備は万端。
間もなく、私を第1カタパルトまでエスコートしてくれたオートドーリーが前輪から切り離され、代わりに電磁カタパルトの射出器が接続された。
このネレイドには八基のカタパルトがあり、それぞれが毎分二機のペースで艦載機を送り出すことができる。
発艦作業は完全に自動化されていて、甲板に人間はいない。ときおり目につく人影は全て機械人──ロボットだ。
「航空管制よりV3。進路、障害無し。発艦を許可する」
「V3、了解。紫宮北斗、搭乗機レラシゥ──発艦!」
電磁カタパルトの力を借りて、私たちは空へと舞いあがった。
ただちに最適角度で上昇し、高速/巡航形態に変形。
マッハ2・5に達したところでエンジンを直流モードに切り替え、さらに加速。
一足先に発艦していた専属無人僚機と合流し、想定戦闘域へと急行するのだった。
◆ ◆ ◆
〈──ホークアイより入電。〝|我、敵集団を捕捉《ゲスツ イン マイ サイト》〟〉
先行している無人戦術観測機から、敵の情報が入ってきた。
デモンズエッグは予想より三分早く大気圏に突入し、高度三万メートルで搭載機を放出した模様。
機数は三十五。最大搭載容量より五機、少ない。
その理由は、すぐにわかった。
敵集団の三十機はアギエルと思われるが、残る五機は〝正体不明〟だというのだ。
「──不明機? 新型か」
HUDに表示された情報を見て、北斗は眉を寄せた。
おそらく不明機はアギエルよりも大型の機体で、そのぶん搭載数が減ったのだろう。
もちろん、その程度のことは北斗も理解していて、
「総数を減らしても割に合うだけの性能を持った新型、ということか」
意気を込めて操縦桿を握りなおす。
好奇心のためなら冒険を厭わない彼の性格からして、その新型を狙うに違いない。
私としても、それは望むところ。
より多彩な実戦経験をつむことが、試作機である私の指命なのだから。
きっと〝彼女〟も同じだろう。
などと思っていると、その〝彼女〟のパイロット、エステル少尉から通信が。
「──V1よりV3。聞こえますか?」
「こちらV3、DLC感度良好。どうした?」
「本機と専属無人僚機は、西から回り込んで不明機を誘い出します。お付き合い、願えませんか?」
「……ははっ!」
どういうわけか、北斗は吹き出した。
「──? どうしました?」
「いや、ごめん。俺も同じことを考えていたもんで」
「ふふっ。奇遇ですね」
音声のみの通信なので見えないが、エステルも微笑んでいるようだ。
「必然さ。愛機に無茶をさせるのが仕事のテストパイロット同士、考えることは同じってわけだ。それでも俺としては、気が合うと思いたいが」
「なら、そういうことにしておきません?」
「ああ。ルートはそちらに合わせる。指示してくれ」
「了解。交信終了」
通信を終えると、すぐさま〝エリー〟から飛行ルートの指示が送られてきた。
それに従い、私とファルコ、エリエル、ウェンディの四機は編隊から離れ、敵集団の左翼に回り込もうとする。
エリーとは、エステル少尉の乗機『エリエル』の愛称。すなわち、搭載されている機上戦術支援システムのタック・ネームだ。
こうして〝彼女〟と翔ぶのは初めてだが、彼女の戦績データは全て見せてもらったし、一緒に仮想模擬演習もしている。
連携に問題は無いだろう。
問題があるとすれば、むしろ北斗とエステル少尉のほうだ。
AI同士なら大量の情報を即時的かつ正確に共有でき、それによって互いの思考を予測することもできる。が、人間同士では、そうはいかない。
理解しあうには時間と経験が必要で、さらに感情という不確定要素もある。
はたして、北斗とエステル少尉はどこまで分かりあっているのだろうか?
〈北斗、ひとつ訊いてもいいですか?〉
「──ん? なんだ?」
〈エステル少尉とは、肉体関係を構築したのですか?〉
「……あ?」
〈彼女と性行為をしましたか? という意味です〉
「分かってるよ、そんなことは。分からないのは質問の意図だ」
〈二人が、どれだけ互いを理解しているか、気になったもので〉
「つまり、俺とエステルが息のあったコンビになれるかどうかってことか」
〈はい。それは生き延びるうえで重要な要素ですので〉
「彼女は優秀なパイロットだ。戦歴をみれば分かる。いい相棒になれるかどうかは俺次第だろう。無論、努力するつもりでいる」
〈わかりました。期待しています〉
「……一応、言っておくが、最初の質問の解答は〝ノー〟だ」
〈そうですか。健闘を祈ります〉
「……どういう意味だよ」
北斗は呆れた調子で言った。
そこへ今度は中隊長から通信が。
内容は想像がつく。
私たちが勝手に編隊を離れた理由を知りたいのだろう。
「──V1、V3。何故、所定のルートを外れた? 貴機らの意図を知りたい」
「こちらV1。敵集団後方の不明機を誘い出すことが目的です」
「隊の中で我々だけが違う機体なので、敵も興味を持つはず。新型をぶつけてくる可能性は高いと思われます」
まずエステル少尉が応え、北斗が付け加えた。
「──わかった。できるだけ多くの情報をとってくれ。交信終了」
中隊長は納得したようだ。
あとは敵がこちらの思惑通りに動いてくれるかどうかだが──
その結果が分かったのは、三分後のことだった。
〈アンノウンが二機、編隊から離脱。こちらに向かってきます。接触まで九十秒〉
「二機だけか?」
〈はい。残りの敵機は全て本隊に向かっています。本隊は散開中〉
「よし──やるぞ。戦闘開始」
北斗が交戦を宣言した。
私はバックグラウンドで準待機させていた火器管制システムを起動し、全ての兵装の安全装置を解除する。
敵、なおも接近。二機が上下に並んでいる。
〈目標を光学で捕捉〉
「──ん? こいつら、全翼機か?」
〈そのようですね。尾翼等は確認できません〉
真正面から見たところ、アンノウンは確かに全翼機のようだった。アギエルよりも横幅が三割ほど大きいが、厚みはむしろ薄い。
全翼機とは、機体全体を翼として揚力を得るタイプの航空機をいう。
なかでも尾翼や前翼の類を持たないものは無尾翼機とも呼ばれ、ブーメランのような形状をしているものが多い。
一般的な形状の航空機よりも航続距離を長くでき、積載容量も多く確保できるため、主に爆撃機や輸送機に採用されている。
「妙だな。戦闘機には不向きな様式のはずだが」
〈しかし、あえてこちらに向かってくるからには爆撃機とは思えません。私たちのような可変機構を備えているのかも〉
「なるほど。ありえ──」
〈警告! 敵機、発砲!〉
「気が早いなっ!」
北斗は左右の操縦桿を同時に操り、機体を敵の火線の外に退避させた。
前後軸回転しつつ大きな円筒の内側をなぞるように飛ぶ、通称〝バレルロール〟。この状況では最適の回避機動だろう。
二機のアンノウンは、その円筒の中心を貫いていった。
当然、こちらは転進して追撃。エリーたちも後に続く。
「そろって乱れ撃ちとは、派手なお出迎えだ」
〈いえ、撃ってきたのは一機だけです〉
「一機? 火線は五本以上あるように見えたが?」
〈正確には八本です〉
「機銃を八門ももってるのか? 豪勢だな」
言いながら、北斗は左の操縦桿の通信スイッチを押した。
そのスイッチには、エリエルへの直接レーザー通信がプリセットされている。
「V1《ブイワン》、こちらはE32を追撃する。各個撃破でいこう」
「了解です」
私たちは、二機のアンノウンを別個に狙うことになった。
XENEMSの強襲戦闘機は、基本的に単独で闘う。
今、アンノウンたちが連れだって飛んでいるのは、各自が目をつけた敵──私たちが連れだっているからで、小隊を組んでいるわけではない。
少なくとも、今日までの戦闘データからは、そう判断できる。
「レラ、奴に後部射出器はあるか?」
〈今のところ、それに類する装備は見当たりません〉
「なら、きっちりトレースするぞ」
真後ろについて追跡する、という意味だ。
「よし、捉えた。索敵をファルコに一任、お前は奴に集中しろ。情報をとれるだけとってから墜とす。いいな?」
〈了解。全センサ、走査を開始〉
首尾良くターゲットの背後につくと、敵たちは左右に分散した。
私はE32とナンバリングされたアンノウンを、エリーたちは同じくE31を追う──
しばらく付かず離れずの鬼ゴッコをしていると、ターゲットが不意に機首をあげた。
上方反転かと思いきや、そのままくるりと宙返り。
ひっくり返ってこちらに機首が向いた一瞬に、撃ってきた。
「うおっ──!?」
驚きの声をあげながらも、北斗の右手は的確に操縦桿を動かし、機体を左斜め上方に避難させる。
しかし、
〈左、水平尾翼、被弾!〉
一発、もらってしまった。
「ダメージは?」
〈損傷軽微。問題ありません〉
敵弾は水平尾翼を貫通したものの、骨格や駆動器は無事。
機動には影響しない、かすり傷だ。
「この速度で直進しながらバク転とはな。ふざけた真似を」
ターゲットの追跡に戻りつつ、北斗は若干ひきつった笑みを浮かべた。
〈しかし、おかげで全体の構造データがとれました。武装は二十ミリ機関砲八門のみと思われます。武器格納倉は見当たりません〉
「ミサイルを捨ててまで近接戦闘に特化した機体か」
だとすれば、奇抜な機体ではある。
でも、ミサイルが発明される以前の時代に立ち戻ったようなその設計思想は、あながちナンセンスとはいえない。
多元量子レーダーの実用化によって航空機のステルス性能がほとんど無意味と化し、目視での撃ち合いという古典的な空戦が復活している現在、それに特化するのは進化であって退化ではないからだ。
いわばミサイルの運び屋であった前世代の戦闘機たちより、よほど〝戦闘機〟らしいといってもいいだろう。
けれど、私とて最新鋭の前衛戦闘機。
負けるわけにはいかない。
〈目視及び赤外線、紫外線による観測データは充分にとれました。コード〝ジーン〟での撃墜を提案します〉
「──? あれは対大型機用の飛行術だが?」
〈より詳細な構造データを得るため、自爆する暇を与えず徹底的に破壊したいのです〉
「撃たれた腹癒せも兼ねて、か?」
〈私に腹癒せという概念はありませんが、否定はしません〉
「──いいだろう。コード〝ジーン〟、発動準備」
北斗は提案を受け入れてくれた。
すかさず後方に控えていたファルコが真横に密着。次の指示を待つ。
「この際、出し惜しみは無しだ。ファルコには全弾、撃たせろ」
〈了解〉
「いくぞ──コード〝ジーン〟発動!」
北斗の号令で、私とファルコは立て続けにミサイルを発射した。
私は八発、ファルコは十六発。
計二十四発ものミサイルが、放射線状の弧を描きつつターゲットを追い立てる。
これをかわすには加速して振り切るしかないだろう。
実際、ターゲットはアフターバーナー全開で加速しはじめる。
対する私とファルコも高速/巡航形態に変形。エンジンを直流モードに切り替えて加速する。と同時に左右にやや広がり、それぞれ径の小さなバレルロールに。
さらに加速し、二機で二重螺旋を描きつつ距離を詰めてゆく。
「──もらった!」
タイミングを見定めて、北斗が機銃のトリガーを押した。
私の二十ミリ機関砲が唸りをあげ、ファルコの自由電子光波砲の光条が走る!
多数のミサイルでターゲットの回避ルートを塞ぎ、二機でバレルロールしながら集中砲火を浴びせる。
これが、コード〝ジーン〟。二機の火力を多方向から一点に集中する、一種の飽和攻撃だ。
そして数秒後、
〈──目標撃墜〉
私は静かに告げた。
まさしく蜂の巣にされ、破砕された機体の一部をばらまきながら墜ちてゆくターゲットに、全てのミサイルが命中する。
「……木端微塵とは、このことだな」
北斗もまた、静かに言った。
明日は我が身、とでも思ったのだろうか?
残念ながら、私にそうしたセンチメンタリズムは理解できない。
いずれは理解できるようになるのだろうか?
その必要があるかどうかは、さておき──
「戦況は?」
〈優勢です。残存敵機は七。こちらの損失は三機。うち一機が有人機ですが、パイロットは脱出。無事のようです〉
「そうか。勝ったな。ファルコの腹はもう空っぽだし、落ち武者狩りに加わる必要は無いか」
〈判断は、お任せします〉
「なら、このまま旋回しつつ現空域を警戒。エンジンを冷ましておけ。かなり無理させたからな」
〈はい〉
「ところでV1は?」
〈エリエル、ウェンディ、ともに健在。どちらも無傷です。我々よりも三分早くE31を撃墜し、残存敵機の掃討に向かっています。負けましたね〉
「……最後の一言に妙なトゲを感じるのは気のせいか?」
〈気のせいでしょう〉
「もしかして、お前……撃たれたことを根に持ってる?」
〈まさか。アンノウンのあのような機動は、私にも予測できませんでした。被弾が不可抗力であることは分かっているつもりです〉
「……つもり、ね。やっぱり根に持ってるだろ」
〈──実は少々〉
「帰ったらタービンを磨いてやる。それで勘弁しろ」
〈了解です。ときに北斗、この場合、私としては『わぁ、嬉しい』とでも言うべきなのでしょうか?〉
「そうだな。ためしに言ってみな」
〈わぁ、嬉しい〉
私は、ためしに言ってみた。
何故か北斗は笑いをこらえている。
何がおかしいのか訊いてみたが、教えてはくれなかった。
──TO BE CONTINUED──
読んでいただき、ありがとうございます。
まずは、お知らせから。
サブタイトル『|INTERMISSION』を『解説&イメージボード』に改めました。
物語の進行に合わせて適宜加筆していきますので、ときおりのぞいてみてくださいませ。
で、あとがき。
いよいよレラちゃんのバトルということで、今回は特別に新しい敵を用意してみました。
アギエルを相手に無双して他の機体とは一味違う感を出す、というアイデアもあったんだけど──
ちっとも苦戦しない無双ヒロインは書いててワクワクしないので、軽く一発食らってもらいました。
たぶん、今後も彼女は傷つきます。
ともすれば撃墜されるかもしれません。
なんたって主役メカの交代劇はお約束ですから(笑)
まぁ、そのためだけにヒロインを〝半殺し〟にするのは可哀想とも思うんですけどね……、
戦闘機といえど、生みの親の僕にとっては可愛い〝娘〟ですから。
でもって最後にちょっと予告をば。
次回は「お前らゼー○かよ」って感じの正体不明な連中が会議するお話になる予定。
すなわち、これみよがしに意味ありげな会話で伏線をバラまく回。
果敢に大風呂敷を広げますぜ、旦那。
さすれば、乞う御期待!