SCENE-003L
最終改訂2022年11月16日
いつものように、私は第一艦橋の発令ブースで先の会戦の第一報に目を通す。
敵機は全て殲滅。こちらの損害は小破3機、損失2機。負傷者は無し。
圧勝と言ってよい戦果だ。
しかし──
「──墜とされたのは、いずれも無人僚機か」
その一点だけが、私には釈然としなかった。
隣の艦長席で同じレポートを読んでいるミシマが、
「大事なパイロットを失わずにすんだのですから、完勝でしょう」
そう満足げに言ってきたが、私の気分は晴れない。
いつもパイプ型の電子タバコを手放さない彼──ミシマ・アルフォード大佐に、私は全幅の信頼を置いている。
旗艦ネレイドの艦長であり、この第3遊弋艦隊の副指令でもあるミシマは、二十年前の第一次大規模侵攻にパイロットとして参戦した経歴を持つベテランだ。
軍人としても、また一人の男としても、尊敬に値する人物だと思っている。
私と彼の性格は真逆といってもいいけれど、えてして慎重すぎる総司令の尻を適度に叩いてくれる副指令の存在はありがたい。
「──とはいえ、このところ無人僚機の損害が増えているのは、ちょっと気になりますがね」
やはり、ミシマもそのことを注視しているようだった。
司令たる私の役割は艦隊の戦略的な統括であり、戦術──すなわち個々の戦闘における指揮はミシマが執っている。
現場レベルでの戦力の管理運用も彼の仕事であり、おそらく私よりも早く、無人僚機の損失が増えていることに気付いていたに違いない。
そして、その原因を冷静に分析し、対策を思案しているはず。
彼の意見を聞きたい。
「具体的には、どのくらい増えているの?」
「直近の半年間と、その前の半年間を比べてみると、倍近く増えています」
「そんなに?」
「ええ。正確には178パーセントの増加です」
「誤差の範囲じゃないわね……」
「ちなみに、ここ一年あまり、XENEMSが襲来するペースはほとんど変わっていません」
なのに無人僚機が撃墜されるケースが増えているのは何故?
「それだけ敵が手強くなっている、ということかしら……?」
「その可能性もありますが、だとすれば有人機の損害も増えるはず。しかし、この一年、有人機の生還率はむしろ上がっています。無人僚機の損害ばかりが増えている原因は、使い方の問題でしょうな」
そう言って、ミシマは電子パイプを吹かした。
かすかなミントの香りが発令ブースに広がる。
「要は横着してるんですよ、パイロットたちが」
独り言のように、ミシマはぼやいた。
「横着?」
「ええ。あくまでも自分の主観ですが、最近、無人僚機を盾にするような戦い方が目につく気がします。新米ほど、その傾向が強い」
「けれど、元々そういう使い方をするものでしょう? 無人僚機は」
「そうですがね……かといって最初から捨て駒にするような使い方は、いたずらに損害を増やすだけです。それに──」
「──それに?」
「AIとて僚機には違いない、と思える人間のほうが長生きできますよ。間違いなく」
「なるほど。興味深い考察ね」
無人僚機を捨て駒として使い捨てるパイロットより、大事な相棒として共に闘うパイロットのほうが、生き延びる確率が高い──ということか。
確かに、そうかもしれない。
AIとて僚機には違いない、という口振りには、機械にも感情移入しうるミシマの人間味を感じるけれど、そうした論理的ではない要素を差し引いても傾聴すべき考えだろう。
うなずいて、私はすっかり冷めた紅茶を口にした。
それから読み終えた報告書にサインをしたところで、管制官が報告してくる。
「司令、日本からの機体とパイロットが到着しました」
「わかった。一時間後に私の執務室に来るよう伝えて」
「了解」
私は、さっきまでレポートを読んでいた汎用携帯端末機を操作し、はるばる日本からやってきた強化操縦士の経歴を表示した。
◆ ◆ ◆
「──本日付けで|日本国邀撃自衛隊から配属されました、ホクト・シノミヤです」
そう言って、彼はいかにも日本人らしい教本通りの敬礼をみせた。
「GAIA第3遊弋艦隊司令、リズ・オブライアンよ」
私も名乗り、教本通りではない緩い敬礼を返す。
ここは発令ブースに直結している司令の執務室。
私室は別にあるが、私はここの簡易ベッドで寝ることのほうが多い。
その簡易ベッドは今、シノミヤ特務中尉のための長椅子になっている。
「この面会は司令としての職務ではなく、パイロットの顔を覚えておきたいという私の個人的な主義です。楽にしていいわよ」
「はぁ……」
私のフランクな物言いに、シノミヤ特務中尉は少し戸惑っているようだった。
杓子定規な性格なのか、それとも上下関係を重んじる日本人の性癖か──どちらにしても私の印象は悪くない。
「座って。紅茶は嫌い?」
「いえ……」
「そう、よかった。エマ、彼にも紅茶を」
「かしこまりました」
部屋のすみに控えていた秘書の〝エマ〟が、無駄の無いしなやかな動作で紅茶を用意しはじめる。
彼女は人間ではない。
正式名称は、MME-109G『タイプ・バンビ』。
マキノイドと呼ばれる種類の〝ロボット〟だ。
ほぼ完全なヒト型だが、顔の上半分と頭部は赤いヘルメット状のカバーで覆われていて、目や鼻の造形は無い。
「──どうぞ」
「どうもありがとう」
エマがカップを差し出すと、シノミヤ特務中尉は軽く笑みを浮かべ、丁寧に礼を言いながら受け取った。
反射的に愛想笑いをみせたあたり、マキノイドを単なる作業機械としか思わない種類の人間ではないようだ。
「いくつか、質問してもいいかしら?」
「はい」
「どうして強化操縦士に? さっきも言った通り、これは個人的な会談だから、あなたに答える義務は無いけれど──よかったら教えてくれる?」
「一言で言うなら、憧れ、です」
「憧れ?」
「はい。自分の父は八菱重工の航空エンジニアで、自分が子供のころから前衛戦闘機の開発に関わっていました。レラシゥや晨風は、父が設計した機体なんです」
「へぇ。とても優秀なエンジニアなのね」
世辞ではなく、そう思った。
NVX-0は、次世代型前衛戦闘機の雛形のひとつと評される高性能な機体だ。
それを設計したエンジニアとあらば、一流の中の一流のはず。
「そんな父に憧れて、自分も一時は航空エンジニアを目指していました。でも、次第に飛行機を造るよりも乗るほうに興味を持つようになって──」
「それでヴァンドライバーに」
「はい。誰よりも自由に空を飛びたいという憧憬を実現するには、それが一番の方法だと思ったので」
「そうかもしれないわね。命懸けでもあるけど」
自然と、私は口元に笑みを浮かべていた。
苦笑ではない。もちろん嘲笑でもない。
たとえるなら、夢を語る息子を微笑ましく思う母親のような心理か。
資料によると、シノミヤは二十三歳。もし私が二十歳で子を産んでいたなら、その子は彼と同い年だ。母親じみた心地になりもしよう。
それにしても、軍人には珍しいほど純朴な青年のようね。彼は。
GAIAの戦闘機乗りの中には、ある種の使命感やヒロイズム、あるいは恩讐を活力にしている者が多い。
人類を守るためとか、親の仇を討ちたいとか、そういう強い意志だ。
それに比べれば、シノミヤの動機はいかにも青|い。が、その青さは決して嫌いではないし、変に気負っていないぶん長生きできるかもしれない。
私の立場としては、使い減りしない駒とも言えよう。
我ながら嫌な女だけれど、そうとでも割り切らなければ一軍の将は務まらない。
こうして明日にも死ぬかもしれない部下と語らい、その顔と声を記憶に刻みつけておくことが、私の職務に許される精々の人間性なのだ。
(そういえば──)
ここで、ふと、私は半月ほど前の出来事を思い出した。
アウローラ社がテストパイロットとして送り込んできた、女性の強化操縦士──エステル天城ローレンツ。
あの娘も、この日本人と同じようなことを言っていた。
思い切り空を飛びたいから強化操縦士になったんです、と。
シノミヤはデルタ中隊でエステルと小隊を組むことになるわけだが、似た者同士なら、いいコンビになるかもしれない。
もっとも、似た者同士だからこそ反目しあう場合もあるけれど。
「ところで、パートナーにはもう会った?」
「はい。わざわざ出迎えてくれたので」
「そう。で、どう? うまくやっていけそう?」
「はぁ……それは、まだなんとも」
「正直ね。普通、こういうときは嘘でも〝善処します〟と言うものだけど」
「もちろん、そのつもりです。少なくとも自分の第一印象は良かったですし。ただ、相手がどう思っているかは分からないので……」
シノミヤは、かすかに苦笑いを浮かべて言った。
なるほど。どうやら物事を理詰めで考えるタイプのようね。
その種の男は女の扱いが不得手だったりしがちだから、少女のように天真爛漫なエステル少尉には苦労するのではないか。
そんな気がして、私はつい吹き出しそうになった。
対してシノミヤは、私の微苦笑の意味をはかりかねているようで、怪訝な表情で紅茶を口に運ぶ。
「男女のペアには何かと難しい問題もあるけど、うまく噛み合えば最高の相棒になれるわ。ひとつだけ、女としてアドバイスさせてもらうなら──あえて尻に敷かれるのも男の度量というものよ」
「──善処します」
シノミヤは苦笑しつつ言った。
いい答えだ。私の言葉を取って返した軽口だが、嫌味には聞こえない。
「さて──総司令との雑談は、さぞかし息苦しいでしょうから、このあたりで切り上げるとしましょう。……あ、最後にもうひとつだけ。あなた、自分の無人僚機に愛称をつけてる?」
「愛称? はい。機種の愛称と区別できるよう、無人僚機のMAIS(機上戦術支援システム)には〝ファルコ〟という名前をつけていますが……それが何か?」
「いえ、特に深い意味は無いわ。ちょっと気になっただけ。話は以上よ。シノミヤ特務中尉、原状の任務に戻ってください」
「──了解」
シノミヤは僅かに眉をひそめたものの、すぐに立ち上がって敬礼する。
退室する彼がドアを開けた一瞬、外で聞き耳をたてていたらしいエステルの驚いた顔が見えた。
まるで、教師に呼び出されたボーイフレンドを心配する女子高生のようだ。
「ふふっ──! 若いわね、二人とも」
久しぶりに声を出して笑い、私は紅茶を飲み干した。
◆ ◆ ◆
「──どうでした? 司令。期待の新参者は」
エマと一緒に発令ブースに戻るなり、ミシマが茶化すようにきいてきた。
「あなたの説が正しければ、長生き出来そうね」
「私の説?」
「AIを仲間と思えるパイロットのほうが長生きできるって、言ってたでしょう?」
「ああ──なるほど。そういう奴でしたか」
ミシマは愉快げに言い、電子パイプをふかした。
が、その表情はすぐに渋いものへと変わる。
「それにしても、アウローラに続いて八菱まで試作機とテストパイロットをよこすとは……最前線を何だと思ってるんですかね」
「さしずめ〝最高の学校〟といったところじゃないかしら。もっとも、落第イコール戦死というスパルタ式だけど」
「ははっ! 言い得て妙ですな」
「試作機といえど、実戦配備されたからには欠かせない戦力よ。私は期待しているわ。多分に希望もこめて」
「ですね。実際、アウローラの秘蔵っ子は予想以上の戦果を挙げてるようですし──ここはひとつ、お手並み拝見ですかな」
ミシマはニヤリと笑い、電子パイプとともに彼の標準装備となっているブラック・コーヒーに手をのばした。
お手並み拝見などと言うと、いささか不謹慎だが──
実のところ、私も似たような心境ではある。
新しい駒がどれだけ使えるか、冷徹に見極める必要があるからだ。
そして、その機会は思っていたよりも早く、やってくるのだった。
──TO BE CONTINUED──
お待たせしすぎの更新です。
そのくせ今回は非常に〝地味〟なお話……
血沸き肉踊るドッグ・ファイトを期待されていた方、ごめんなさい。
さて、今回で主な〝語り部〟は出そろいました。
本作の〝ヒロイン〟たる戦闘機『レラシゥ』のAI、レラ。
レラシゥのパイロットである北斗。
いわゆるサブヒロインのエステル。
ストーリーを補完する役割を担うリズ。
基本的に、この一機と三人の視点で物語を綴っていくつもりです。
実は、もうひとつ、狂言回しになる〝連中〟が存在するのですが──
それは今後のお楽しみ、ということで。
なお、次回は再び空戦シーンになる予定。
いつもに増して専門用語と僕様造語が飛び交い、いつもにも増してルビだらけになる予感がしますが──
とにもかくにも、乞う御期待。