SCENE-002E
最終改訂2022年11月16日
「──戦闘開始」
ゆっくりと深呼吸をしてから、僕は宣告した。
そうして左右の球状操縦桿を軽く握りなおし、
「エリー、音楽を」
愛機にいつもの曲をリクエスト。
コクピット内の隙間に無理やりはめこんだ立体音響システムから、大好きな『パッヘルベルのカノン』が流れはじめる──
レーダーを見ると、50機の強襲戦闘機からなる敵集団は二手に分かれて散開しつつあった。
迎え撃つ僕ら──40機の前衛戦闘機で編成されたGAIA第3遊弋艦隊デルタ中隊も、二手に分かれて散開する。
それを後目に、僕と専属無人僚機〝ウェンディ〟だけは全速力で直進。
そのまま左右に割れた敵集団の間を突っ切る。
ひとつ間違えたら挟み撃ちにされて墜死の奇策。
僕が敵の立場だったら、さぞかし驚嘆したに違いない。
でも、彼らは混乱こそすれ、驚くことはないだろう。
宇宙から飛来する人類の天敵──XENEMS。
彼らの戦闘機は、全て無人なのだから。
戦闘機だけじゃない。
二十年前の『第一次大規模侵攻』で世界の主要都市を蹂躙した空中要塞や陸戦用機動兵器も、みんな無人だったといわれている。
だから、XENEMSがどういう生命体なのかは、いまだに謎。
兵器のサイズや設計思想から、地球人類と同じぐらいの体格のヒューマノイドだろうと言われてるけれど──
それは、あくまでもこちら側の価値観に拠った想像にすぎない。
つまり僕らは、何だか判らないモノに、何故だか解らない理由で襲われているのだ。
それはひどく不気味で、すごく恐ろしい。
だけど──
少なくとも一つだけは彼らと通じ合える観念があるんじゃないかと、僕は密かに思ってる。
それは〝美〟の観念だ。
XENEMSの戦闘機の造型は、どこかしら有機的で、かつ独特のシンプルなラインで構成されている。
それは単に機能性を追求した結果ではなく、彼らなりの様式美なのでは?
つまり、XENEMSには美の概念が──高度なテクノロジーを駆使する知能だけでなく、兵器にさえ様式美を繰り込む知性と感性があるに違いない。
なのに、どうして彼らは僕らとコミュニケーションを取ろうとしないのだろう。
もしかしたら分かり合えるかもしれないのに、どうして、ただ無言で僕らを殺しにくるのだろう。
分からない。
だから、知りたい。
XENEMSとは何か、を。
そのために僕は飛んでる。
僕のために造られた最新鋭の前衛戦闘機、YV-6『エリエル』で。
……いや、僕が彼女のために造られたのかな?
どっちでもいいけど。
ともあれ、今は闘いだけが彼らとの接点だから、彼らを知るには闘うしかない。
闘って、生き延びて、また闘って──
その殺伐とした繰り返しの向こうに、何か得るものがあるはずだと信じて。
〈警告。敵、我を捕捉せり〉
狙い通り、反転して僕らを追う敵機があらわれたことを、エリーが告げる。
数は三。
ほぼ横一直線に並んでいて、すでにエリーによってE1、E2、E3とナンバリングされている。
もうちょっとかき回したかったけど、三機だけでも誘えたのだから、よしとしよう。
「さぁ、躍るよ。エリー」
これから命がけで壊しあうというのに、つい愉しげな声音になる僕。
〈OK、エッシィ〉
エリーもまた、戦闘機の管制AIとは思えないくだけた口調で応える。
我が愛機エリエルは、次世代の主力機となるべく開発された最新鋭の前衛戦闘機。
相棒の無人僚機ウェンディは、現在の主力機であるVF-3A『ドミニオン』を改修した機体。
どちらも、僕の希望で赤を基調としたカラーリングになっている。
デルタ中隊で赤い機体は僕らだけだ。
〈目標を視認。機種照合──三機とも『アギエル』です。接触まで90秒〉
そのインフォメーションとともに、レーダーマップ上の敵機の種別表示が〝未確認〟から〝AF-1A〟に変わった。
AF-1A『AGIEL』。
XENEMSの主力戦闘機だ。
アギエルというコードネームは、西洋の古典的な悪魔学における『悪魔の文字体系』から採られたものだという。
でも、見た目は別に悪魔的ではなく、その淡灰色の機体は美しいとさえ思える。
〈敵小隊、魚鱗陣形に移行。接触まで60秒〉
あえて何の反応もせずに様子を見ていると、敵さんたちが仕掛けてくる素振りをみせた。
魚鱗とは、中央が前に出る逆V字型の陣形。
先行するE1で僕を追い立て、たまらず転進したところに後続が襲いかかる気だろう。
それを逆手にとって切り返すには、僕の斜め後ろにいるウェンディが障害になってしまう。
少し離れてもらおうかな。
「ウェンディ、君は高度をとって臨戦待機。わかった?」
〈了解〉
言われた通りウェンディは上昇し、ひとまず僕の交戦域から離脱した。
無人僚機の役割は、ペアを組む有人機を護衛しつつ火力を提供すること。
パイロットという脆弱な部品が無いおかげで有人機以上の高G機動が可能な無人僚機は、攻守に活躍する頼もしい相棒だ。
なのに、武器庫を兼ねた弾除けとしか思っていないパイロットがいることが、なんだか悲しい。
僕はそれを批判できる立場にはいないし、批判すべきことでもないのだるうけど──
だからこそ、あえて無人僚機と力を合わせて戦果をあげて、得意気に「どう?」なんて言ってみたい。
性格、悪いかな。
でも、やっちゃう。せっかくのチャンスだもの。
なんてことを考えていたら、『カノン』のなめらかな旋律を台無しにする耳障りな不協和音の警報音が。
〈警報! 敵、ミサイル発射せり〉
あらら、もう撃ってきたの?
まだ距離があるのに。
だとしたら次の行動は、加速して距離を詰め、ミサイルを撒いて僕の逃げ道を潰しつつ機関砲で狙い撃つ──かな?
〈敵小隊、さらに加速〉
やっぱりね。
まだ向こうの機関砲の有効射程ではないはずだけど、対処はしておこう。
「エンジン、直流圧縮モードを維持。方向舵のみ展開」
〈了解〉
エリエルには、近接戦闘モードと高速/巡航モードを瞬時に切り替える可変機構が備わっている。
僕はその仕掛けを応用し、デルタ翼型のクルージング・モードを維持しつつ畳まれている方向舵だけを開いた。
こうすれば、速度をほとんど殺さずに機体をふらつかせて、敵の火砲の直接照準を惑わすことができる。
これ、実は想定外の応用。
そのために管制システムを勝手にいじってるから、エンジニアに知られたら怒られるかもだけど、このくらいの実験はしたっていいだろう。
元来、この子は実験機なのだから。
〈敵ミサイル、回避限界まで5秒。3、2──〉
本機は直進しているので、敵ミサイルも当然、まっすぐ追ってくる。
そうそう……いい子だから、真後ろから来て。
まもなく回避限界ラインを超え、単純な高機動では振り切れなくなるけど、それでいい。
「後部多目的射出器に爆砕弾を装填。両舷ミサイル、垂直転進軌道でE2、E3を照準」
〈了解。──警報! 敵、更にミサイルを発射〉
予想通り、敵小隊は同時に六発ものミサイルを撃ってきた。
それらは放射線状に散開し、僕の逃げ道を塞ぎにかかる。
日本には「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」という慣用句があるそうだけど、XENEMSの戦闘機の戦い方は、まさにそんな感じ。
彼らは後先を考えず、ひたすら最小の手順で目の前の敵を墜としにかかる。
生き残ることなんて、考えてない。
それもそのはず。XENEMSの戦闘機は、もとより〝使い捨て〟なのだ。
だから出し惜しみしないで撃ちまくり、弾薬が切れたら自分自身をミサイルと化して果てる。
そんな彼らは、戦闘機というより多機能巡航ミサイルとでも呼ぶべき兵器なのかもしれない。
〈敵初弾、着弾まで10秒。8、7──〉
「ウェンディ、E1の牽制を」
〈了解〉
〈6、5──〉
「対ミサイル防御!」
叫ぶと同時に、僕は両手の人差し指のトリガー・スイッチを押した。
二発の空対空短距離ミサイル『シュライク』が前方に、三発の爆砕弾が後方に発射される。
カルトロップは立て続けに自爆し、敵ミサイルの進路上におびただしい数の破片をばらまいた。
そこに突っ込んだ敵ミサイルは破損。自爆する。
その間に、僕のミサイルたちは垂直に弧を描いて転進。それぞれE2、E3の想定未来位置に向かって急降下してゆく。
角度的に迎撃は難しく、回避するしかないはずだから、これでE1を叩く時間が稼げる。
「タービン、強制始動。主翼展開。全力制動!」
僕は矢継ぎ早に指示をくだしつつ、並行機動をつかさどる左の操縦桿を目一杯引いた。
エンジンを直流圧縮モードから強制圧縮モードに移行。
機体を近接戦闘モードに変型。
前翼、昇降舵、方向舵でエア・ブレーキ。
最大出力の逆噴射。
それらの動作が1秒のうちに実行され、機体は水切りのように跳ね上がりながら急減速する。
直後、E1が僕の真下をすり抜けていった。
ウェンディが真上から機関砲の照準レーザーを当てたため、僕を盾にしてかわすしかなかったのだ。
ナイス、ウェンディ。
このチャンス、無駄にはしないよ。
「──いける!」
確信をもって、僕は主兵装のトリガー・スイッチを押した。
機首の二連装自由電子光波砲が照射され、目標の右主翼から火花が散る!
光波兵器には、撃った瞬間に当たる──厳密にはタイムラグがあるけど人間に知覚できるものではない──という利点がある反面、命中してから破壊力を発揮するまで時間がかかるという難点がある。
エリエルのフェルビーム・ガンで敵の傾斜アルミック装甲を破壊するには、少なくとも2秒間の照射が必要だ。
当然、相手は墜とされまいと右往左往するわけで、如何にして一点にレーザーを当て続けるかが腕の見せどころ。
で、この勝負は──
〈──撃墜〉
僕の勝ちだった。
E1の右主翼が根元からもげ、直後に機体が爆散する。自爆だ。
他の敵ミサイルたちも、急減速した僕を追尾しきれず、すでに通り過ぎている。
Uターンして戻ってくるだけの燃料は無いだろうから、もう無視していい。
なので、
「ウェンディ、E3をお願い。以後の行動は任せる」
〈了解〉
僕はE3をウェンディに一任し、E2に狙いを定めた。
理由は無い。強いて言うなら女のカン。
それは半分的確で、半分失策だった。
ウェンディはE3に対していくらか優位な位置にいたけど、本機とE2の位置関係はちょっと厄介だったから。
いったん離れて仕切り直すだろうと思っていたのに、E2は僕の真横──三時の位置に滑り込んでいたのだ。
高度差ゼロ。相対速度ゼロ。距離、約300メートル。
お互いのミサイルの最小旋回半径ギリギリという、絶妙な間合い。
本機には──おそらくは敵機にも──真横を直に攻撃できるような便利な武装は無いし、ならばとミサイルを曲射しても余裕で回避されるだろう。
もちろん、それはお互い様で、つまり膠着状態。
……いや、向こうが有利か。
互いに減速して背後をとりあったら、こっちが先に失速するはずだから。
なら、その前に仕掛けるしかない。
「エリー、コード『BB』を発動」
〈了解。レベルS以外の保安機構を解除〉
タクティカル・コード『BB』は、パイロットを保護するための各種リミッターを一時的に無効化する指令。
これでエリエルは僕を気遣うことなく、持てる性能をフルに発揮できる。
「──いくよ!」
意を決し、僕は機体を左に90度回転させた。
敵はこちらが左に旋回するものだと判断し、追撃にかかる。
直後、僕は180度ロールして推力最大。
さらに強制加速をかけ、E2めがけて急旋回する。
16Gまで耐えられる強化操縦士にとっても、そのGは強烈で、
「さよなら……」
E2が真正面から突っ込んでくることを確認しつつ、僕は闇に落ちていった。
意識を喪失していたのは、二秒か、三秒か──
気がつくと、機体は静かに水平飛行していた。
〈大丈夫ですか? エッシィ〉
「うん。目標は?」
〈私の判断で撃墜しました。ミサイルを二発消費。損害はありません〉
「そう。ありがとう。ウェンディの状況は?」
〈先ほどE3を撃破しました。損害は無し。まもなく合流します。なお、占有圏内に機影はありません。主戦域の戦闘も終了しつつあり、加勢する必要は無いと判断します〉
「わかった。現空域で警戒待機。ウェンディにも、そう伝えて」
僕は大きく息を吸い、肺が縮む力に任せて吐いた。
タイトな航空戦闘服で寄せ上げられた胸の谷間に汗が滴る。
帰ったらシャワーを浴びる時間、あるかな。
今日は日本から新しい仲間が来ることになってるんだ。
できれば小綺麗な僕で出迎えたい。
〈エッシィ、脳波に心的疲労の兆候がみられます。一休みしては?〉
「うん、ありがと。操縦は任せる」
エリーの気遣いに甘えて、僕は張りつめていた戦意を緩めた。
寄せては返す小波みたいな『カノン』のメロディーが、血中のアドレナリンを薄めてくれるような気がする……
ややしばらくして、中隊長がこの会戦の終わりを宣言した。
〈デルタ・ワンより各機。作戦終了。繰り返す──」
◆ ◆ ◆
「おかえり、エッシィ」
母艦に戻ると、いつものようにアリスが笑顔で出迎えてくれた。
この愛らしい〝女の子〟の本当の名前は、MMC-303E。
マギデック社製の機械人だ。
ネレイドには多くのマキノイドが配備され、艦内の様々な雑務を担っているのだけれど、アリスは僕が連れてきた子。
そんな特例が認められたのは、僕がちょっと特殊な存在だからだろう。
司令部・幕僚部・監察部からなる執行機関を除いて、GAIAの人員のほとんどは加盟各国の軍から派遣されているのだが、僕は違う。
僕は、アウローラ社の研究機関から派遣されたテストパイロットなのだ。
アウローラはアメリカに本社を置く世界最大の軍需企業で、GAIAにも様々な装備品を供給している。
たぶん、持ちつ持たれつな癒着もあるだろう。
そんなところから送り込まれた僕だから、マキノイドを連れてくるぐらいの勝手は黙認というわけ。
聞くところによると、これから来る新しい仲間も、僕と似たような境遇らしい。
八菱重工から日本の邀撃自衛隊に出向し、さらにGAIAに派遣されたテストパイロット──
どんな人だろう。
逢うのが楽しみだ。
「アリス。交戦記録を報告したらシャワーを浴びたいから、替えの下着と予備のタックスーツを持ってきてくれる?」
「はーい」
アリスは元気に応え、ひとつ上の階層にある居住区へ走っていった。
僕は踵を返し、格納庫に隣接する作戦会議室へ。
日本からの新しい仲間が到着したのは、それから約四十分後。
予定時刻の七分前だった。
自動牽引車に曳かれた黒い前衛戦闘機が、駐機房に納められる。
新入りさんを出迎えるのは、どうやら僕とアリスだけみたい。
だけど、別にデルタ中隊の面々が冷血漢ばかりというわけじゃない。
戦闘の直後だから、みんな作戦後シミュレーションや機体の整備に忙しい。それらを後回しにして新入りさんの顔を見に来る僕のほうが、むしろ変わってるのだ。
そうこうしているうちに、新入りさんが機体から降りてきた。
僕らの存在に気付いていて、ヘッドギアを外しながら歩み寄ってくる。
パイロットにしては珍しい、やや長めの髪。
あまり日焼けしていない、日本人らしい肌理細やかな肌。
機能性人工水晶体の偏光現象で青く光る、強化操縦士特有の瞳。
顔は──わりと好みかも。
「こんにちは」
「ん? ああ……」
僕が挨拶すると、新入りさんは少し驚いたようだった。
どう見ても白人の僕が日本語で挨拶したからだろう。
「──すまない。日本語だったから、ちょっと驚いてね」
「僕は日本語がデフォルトなんです。見かけによらず」
「確かに、見かけにはよらないな」
僕の軽口に、新入りさんは苦笑いを浮かべた。
なんとなく神経質そうな雰囲気だけど、気難しいタイプではないみたい。
「紫宮北斗だ。よろしく」
「エステル天城ローレンツです。たぶん、あなたと小隊を組むことになると思います。こちらこそ、よろしく」
「わたしはアリスだよ。よろしくっ!」
「ああ」
新入りさん改めシノミヤ特務中尉は、吹き出すように笑って、アリスの頭をポンポンした。
どうやら、いい人みたいだ。
機械人であるアリスに笑みをくれる人はいい人だと、僕は思ってる。
今のところ、その判断が間違っていたことは無い。
きっと、うまくやっていけるだろう。
長い付き合いになるかどうかは、彼の技量次第だけれど──
──TO BE CONTINUED──
読んでいただき、ありがとうございます。
今回のエピソードは前話の数時間前から始まり、終盤でオーバーラップしつつ、やや追い抜いて終わっています。
このように、おのおのが固有の時間軸を持つエピソードを交錯させ、総体としてひとつの物語を編んでゆく──というのが、曰く「多元モノローグ」。
今回のように、同じシーンを別のキャラの視点で書くこともあります。
そんなこんなで、いまだ試行錯誤な作品ですが、今後もお付き合いしていただけたら幸いです。