SCENE-14 レラ〜「アイ・ビリーブ・ユー」
【旧13 話を読まれている皆様へ】
作劇的な都合でSCENE-013を二つに分けました。
本章は、その後半部分となっています。
若干、加筆修正をしているので、 この機にあらためて読んでいただけたら嬉しいです。
なお、今回よりサブタイトルに主観キャラを明記し、表題を添えることにしました。
既出分も逐次、加筆修正とともに変更する予定です。
戦術観測機のAIは私たちの行動の意図を悟り、ディンと名付けられた敵新型機の観測データを最優先で送ってくれた。
それによると、ディンは水中翼を備えているらしい。海に挿した水中翼で、超低空飛行を安定維持しているのか。
その代償として速度が遅いが、水中翼で舵をとれるとしたら、普通の航空機よりもはるかに機敏な回頭運動が可能なはず。
それを念頭において攻撃する必要がある。
〈ディン2、転進〉
「西側から回りこむ気か」
〈ディン1はなおも直進。ルーフC4、阻隔行動を開始〉
ルーフC4がディン1の予測進路上に移動し、迎え撃つ体勢をとった。
環状質量射出器以外の兵装を持たないシグルーンは全速力で退避。
環状質量射出器は敵大型空中要塞の攻略に特化した兵器だ。航空機サイズの高速移動目標を狙えるようには造られていない。
〈ディン1、ルーフC4の防空圏に侵入〉
「真正面から突っ込むとはな」
北斗は広域レーダーを一瞥し、眉間にしわをよせた。
言うまでもなく、ディン1はルーフC4からの猛烈な対空砲火を一身に受けることになる。
それを承知で正面突破を挑むなど、無謀を通り越した自殺行為だ。
たった2機で突撃してくるからには勝算があるはずと言った北斗にしても、回避行動すらとらずに直進し続けるのは予想外だったようで、目を丸くしている。
〈ディン1、いまだ健在。ルーフC4に接近〉
「まだ墜ちないのか。 どうなってんだ?」
それは私も知りたいが、
〈詳細不明。ルーフC4と戦術リンクできません〉
ルーフC4からの情報は入ってこない。
戦術リンク・ネットワークがディン1に傍受・解析されているおそれがあると判断し、外部接続を全閉鎖したのだろう。
そうして70秒後、事態は最悪の結末を迎える。
〈ディン1、ルーフC4に衝突!〉
「特攻か──!」
〈ルーフC4、識別信号途絶。中枢機能を喪失したものと思われます〉
ルーフC4の管制AIに呼びかけるも、反応はなかった。3系統あるはずの管制システムが、すべて機能停止したようだ。
全長250メートルの大型艦を一撃で緘黙させるとは──
おそらく、ディンはそのためだけに生まれた機体なのだろう。
対艦攻撃機ではなく、対艦ミサイルなのだ。
〈ディン2、転進。シグルーンに向かっています〉
「割りこむぞ。電磁ブースト最大。予備電源もブーストに回せ。使い切ってもいい」
〈了解〉
北斗の指示どおり、私は該当する保安装置を切り、非常用電源以外のすべての電力をエンジンに回した。
それによってタービンを最大出力で強制駆動し、一時的に音速の3倍にまで機体を加速する。
「──つかまえた!」
予備電源がカラになる直前に、どうにかディン2を射程内に捉えることができた。
すぐさま北斗は2発のミサイルを発射。
だが、それらは命中するかと思いきや、
「──なにっ!?」
いずれも標的を避けるように逸れ、海に刺さる。
「なんだ⁉ 特殊な妨害装置があるのか」
〈いえ、ミサイルの挙動からみて制限斥力場と思われます〉
「制限斥力場!? 航空機にも搭載できるのか」
〈だとすれば機銃も当たりません。ファルコに任せましょう〉
「ああ、やってくれ」
私はディン2からの反撃に注意しつつ、ファルコに自由電子光波砲での攻撃を指示。
間髪入れず、二条の自由電子レーザーが標的の左翼に撃ちこまれ、火花が散る。
しかし次の瞬間、ディン2から白い靄のようなものが吹き出し、機体を覆った。
散水による対光波防御だ。
「くそ! 高圧水幕装置まで!」
大出力のレーザーは周囲の大気を急激に膨張させ、大気密度の位相差を生む。
その位相差によってレーザー自身が屈折・拡散することをブルーミング現象といい、大気中の塵や水蒸気が多いほど顕著となる。高圧水幕装置は、この原理を利用したものだ。
大量の水が必要なので、航空機に搭載されることはまずないのだが、ディンの場合、海に挿した水中翼から海水を取り込める。
超低空で安定飛行するための水中翼だと思っていたけれど、どちらかといえば海水を呑むことが主目的なのかもしれない。
「やたらと守りが堅いな」
北斗は苦々しげに言い。
「レラ、ファルコとともにミサイルを全弾発射。全て同時に奴の真上で炸裂させ、爆圧でフィールドごと海面に叩きつけろ」
矢継ぎ早に指示を下した。
〈了解〉
私のミサイルの残弾は4、ファルコは6。
それらをディン2の頭上で同時に自爆させるための軌道計算を30ミリ秒で済ませ、発射する。
10発の空対空高機動ミサイルは、私が与えたコマンドを精密に実行したが──
〈──目標、健在〉
ディン2は、いくらかふらついて蛇行しただけで、ダメージは皆無のようだった。
「なんて奴だ。打つ手は無い⋯⋯のか?」
万事休すとばかりに、北斗は歯ぎしりする。
いや、打てる手はまだある。
唯一にして最後の手段が。
〈意見具申。非常コード〝IBU〟を要請します〉
「──?」
私の要請に、北斗は無言でいぶかしんだ。
わずかに苦渋がみてとれる。
私の意図を悟ったのだろう。おそらく彼の思考にも、その選択肢はあるだろうから⋯⋯
〈時間がありません。5秒で決断を〉
「……わかった。非常コード〝IBU〟を発令。全リミッターを物理的解除。頼んだぞ、レラ」
〈はい〉
非常コード〝IBU〟。
それは、パイロットの生殺与奪をも含む全権を管制AIにゆだねる宣言。
北斗が私に組みこんでくれた、他の前衛戦闘機には無い、私だけの仕掛け。
その発令を私から求めるのは不遜というものだろうが──
それでも私は、私にできる最善を尽くしたい。
〝|お前を信じる《I believe you》〟という指令を用意してくれた、北斗のために。
すかさず私とファルコは高速形態に変型し、最大推力で高度をとった。
充分に上昇したところで、
〈強制離脱します。対衝撃防御を〉
「了解」
〈3、2、1、イジェクト〉
「うぐっ──!」
コクピット・シェルを強制離脱。
「……やっぱり、これしか手はないか」
コクピット・シェルのパラシュートが開いて安定すると、北斗はポツリと言った。
〈はい。弾かれたミサイルの挙動から目標の制限斥力場の強度を推測したところ、20トン以上の質量を秒速1400メートルでぶつければ貫けると解りました。現状、それを実現する方法はただひとつ──〉
〈──お前とファルコによる体当たりしかないな。成功率は?」
〈約90パーセントです。私の推測が的確なら、との条件付きですが〉
「なら、勝ったな」
そんな会話の間に、私とファルコの脱け殻は寄り添って急降下してゆく。
あらゆる安全装置を外した、超限界出力での動力急降下。
エンジンは1分と保たないだろう。
でも、かまわない。
計算によれば、必要な時間は7秒だから。
そして、
〈──3、2、1、アタック〉
私とファルコの機体はディン2の制限斥力場を貫き、文字通り彼女の両翼に突き刺さった。
一個の塊と化した3機が水切りのように海面を跳ね、爆発。
ディン2が自爆したのだ。
爆散した彼女と私たちの残骸のすべてが海に落ちるのを見届けてから、
〈作戦行動を終了〉
私は静かに宣言した。
◆ ◆ ◆
コクピット・シェルは急減速装置で降下速度を削ぎつつ着水。
エアバッグ式の浮舟を展開し、救命ボートに早変わりする。
〈救難電波標識、作動。問題なし〉
残念ながら推進器はついていないので潮まかせの漂流となるが、艦隊に随行しているレプンカムイ級高速救難艦が拾いに来てくれるまでの辛抱だ。
「──すまん、レラ」
諸々の安全確認作業が済むと、北斗はヘッドセットを外しながら言った。
〈何故、謝るのですか?〉と、私。
「貧乏クジを引かせてしまったからな」
応えつつ、北斗はサバイバル・キットが入っているシートの背もたれを開け、固形食料と経口補水液を取り出す。
〈気に病まないでください、北斗。私にとってかけがえのないものは、何ひとつ失っていませんから〉
「かけがえのないもの?」
〈あなたと、あなたが大切に思っているであろう人です〉
「そうか──」
北斗はレモン風味の経口補水液を一口飲んで、
「お前に唇があったらキスしてやりたい気分だよ」
そんな甘しげな言葉と、優しげな笑みをくれた。
生身の女性──たとえばエステルなら、ここで艶のある会話ができたりもするのだろうか。
なればこそ、
〈──光栄です〉
その一語で悦びを示すことしかできない自分がもどかしい。
私は初めて、〝切ない〟という心理を理解できたように感じた。
──TO BE CONTINUED──
●●●おまけ●●●
【AF-4/ディン】
XENEMSの特殊戦闘機。
単体での空戦能力をもつため便宜上〝強襲戦闘機〟の識別コードが与えられたものの、実質的には対艦ミサイルに相当する機体です。
その破壊力は大きく、単機でルーフ級護衛艦を大破せしめるほど。
水中翼を使って海面すれすれを高速飛行するのが特徴。
武装は対空レーザーガン4基のみ。
制限斥力場と対光学兵器用の高圧水膜装置を備え、非常に高い防御力をもっています。
大変長らくお待たせいたしました。
まったりワナビの黒崎です。
超絶鈍行の本作を見限ることなく読んでくださる皆様に感謝であります。
あいかわらずの、お久しぶりです。
思うところあって設定解説の章を廃し、デザインワークの紹介を各話の末尾に散りばめました。
ついでに各話を誰も気付かないくらい微妙〜に加筆修正したりしなかったりしてみたり。
◆ ◆ ◆
なろう界隈では奇行種であろう本作ですが、「悪くはないかも」なんて思ってもらえたなら★とかブクマとか頂戴したいのであります(ド直球)
では、また。
いつか、どこかで──
<(_ _)>