SCENE-010 エステル〜約束
「バーベキューとは思わなかったな」
第1共用礼拝室に用意された電熱調理器と食材を見て、北斗は笑った。
「本当は炭で焼きたいんですけどね」
僕も笑いながらグリルの電源を入れ、手作りのソースに漬けておいた食材を焼きにかかる。
オペレーション・キャノンボールのあと、僕は約束通り北斗にディナーをふるまうことにした。
本艦の食堂の料理長さんは気さくな人で、頼めばありあわせの食材で特別な献立を用意してくれたりするらしいけど、どうせなら手料理でもてなしたいところ。
そこで思い当たったのが、俗に〝懇親会〟と呼ばれる兵士たちの娯楽。
比較的余裕のある食材を融通してもらって開催する、ちょっとしたパーティーだ。
艦隊の福利厚生プログラムには無いイベントだけれど、なかば公認されていて、申請すれば艦内の施設や備品を使える。
つまり、今夜は僕と北斗の二人だけの懇親会というわけ。
ひとまずアリスも一緒だけど。
「はい、どーぞ」
「お、ありがとう」
アリスが冷えたノンアルコール・ビールを手渡すと、北斗は左手で彼女の頭を撫でながら、右手だけで器用に缶を開けた。
それで喉を潤しつつ、辺りを見回す。
「ところで、これ、どこの景色?」
「どこでもないよ。架空の仮象空間」
僕より先に、アリスが応えた。
〝祈りの部屋〟という名前の通り、この部屋は各種の宗教行為に使われるもので、教会にもモスクにも寺社にもなれるよう、壁や天井が全周囲ディスプレイになっている。
もちろん他のロケーションを擬似再現することもでき、ライブラリには様々な環境データが用意されていた。
その中から草原を選んだのは、単純に僕の趣味。
ひたすら広がる草原と青空以外に何もない清純な自然風景に魅せられるのは、自分が不自然な存在だからなのかな……
ちなみに床には人工芝のラグを敷いて、ベンチの代わりにエア・マットも用意した。
エア・マットなんて備品があるのは、実にあやしいよね。
神様によってはひざまづいて拝礼することもあるから、そのための備品という名目なんだろうけど──
思うに、ここは共用礼拝室であると同時に、スペル違いの〝たわむれる部屋〟でもあるのだろう。
拝礼前の沐浴用としてシャワールームが併設されているから、まさにおあつらえ向きだし。
◆ ◆ ◆
ほどなく料理が仕上がり、ささやかな晩餐は始まった。
「──はい、どうぞ。エステル特性ソースがたっぷりしみた、仔羊と野菜の串焼きです」
「へぇ、君のお手製か」
どれどれ、といった感じで肉にかぶりつく北斗。
じっと評価を待つ僕。
「うん、美味い。香味が効いていて、いい。好きな味だ」
「そう? よかった」
返礼の笑みをみせて、僕もお肉を頬張る。
実をいうと、北斗が日本の北海道という地域の出身であることはリサーチ済み。
で、そこにジンギスカンという羊肉を使った郷土料理があることを知り、たぶん彼の好みであろう仔羊をチョイスしたのだ。
そうやって作戦を練ってるとき、すごく楽しかった。
どうやら僕は彼に惹かれているらしい。
幼いころ、ずっと年上の医師に好意を寄せていたことがあって、それが初恋だと思ってたけど──
今考えると、あれはただ子供が大人に懐いていただけ。
僕には生物学的な意味での〝親〟がいないから、きっと父性というものに飢えていたのだと思う。
でも、今のこの気持ちは違う。
何が、どう違うのか、うまくは説明できないけれど、違うってことだけは解る。
だって、父親を相手に〝今夜、抱かれちゃうかも〟なんてソワソワしないでしょ。普通。
小一時間後、
「──ごちそうさま。美味かった。毎週、頼みたいぐらいだ」
「ほんと? 気に入ってもらえて、よかった」
用意した食材はすべて二人の胃袋に収容され、僕はアリスと後片付けをはじめた。
といっても洗い物とかをする必要はなく、食堂から借りたグリルや食器を搬送台車につめるだけでいい。
「じゃあ、あとはお願いね、アリス。終わったら、お部屋に戻って休んでて」
「あいあいさー」
アリスはおどけた敬礼をし、ワゴンを押して出入口に向かった。
が、何故か立ち止まり、僕と北斗を交互にながめてニヤ~っとする。
「ふふーん。それじゃあ、ごゆっくり~♪」
「もう……! なに? その表情」
妹みたいに思ってる女児型マキノイドに冷やかされ、僕は肩をすくめた。
見れば北斗も苦笑いしていたが、アリスが部屋を出ていくと、なんだか思案げな表情に変わる。
「──? どうしたんです?」
「ん? いや──」
言葉を濁すも、彼は明らかに何か言いたげ。
だけど敢えて訊かずに待っていると、
「実は、〝デザート〟が楽しみで仕方がなくてね」
照れくさそうに言って、彼は視線をそらした。
かすかに紅潮しながら口説いてくるなんて、思春期の男の子みたいで可愛い。
「……いります? デザート」
「ああ。できれば」
「では、質問です」
僕は姿勢を正し、北斗を見据えた。
「質問?」
彼も姿勢を正し、僕を見つめる。
「第1問、あなたは独身ですか?」
「ああ。結婚したこともない」
「第2問、恋人はいますか?」
「いや……」
よし、合格。
浮気は嫌だからね。するのも、されるのも、させるのも。
「第3問。シャワー、浴びたほうがいい……です?」
「それは任せる。俺としては、ボディーソープより君の香りのほうがいいが」
「ふふっ……! キザな変態さんですねぇ」
「変態かな」
「うん。僕を求めてくれるなら、まごうことなき変態さんです」
「なら、喜んで頂戴するよ。その称号」
微笑って、北斗は僕の頬に触れた。
◆ ◆ ◆
意識をとろかす陶酔のなか、僕は産まれて初めて男性を受け容れた。
「──中で、いいのか?」
「うん……来て」
僕の内側で北斗が律動し──熱く爆ぜる。
避妊する必要は無い。
女の強化操縦士は、月経によるバイオリズムの動揺を無くすために卵巣を摘出しているから。
そのせいで不足するホルモンを供給する体内埋設機器のおかげで、女性としての機能と健康は維持されてるし、凍結保存してある卵巣を体に戻せば妊娠もできる。
遺伝子的には一種のF1雑種である僕の卵子がちゃんと機能するかどうかは、解らないけど──
「──もう少し、このままでいて」
微睡むような浮遊感の余韻を惜しんで、僕は北斗にからみついた。
彼は肘と膝で体を支え、僕を潰さないようにしている。
それでも感じる、しっとりとした圧が気持ちいい……
しばらくそれを満喫し、おかげで自分の想いを確信できた僕は、
「──僕ね、デザインドなんです」
まだ火照る裸体を大の字に投げ出して、つぶやいた。
「遺伝子調製体?」
北斗も裸のまま身を横たえ、甘いピロー・トークとはほど遠い自分語りに付き合ってくれる。
「うん。しかもフル・オーダーの」
「それって……」
「個体遺伝子の一部を組み替えるのではなく、機能単位ごとに選りすぐられた複数のヒトのDNAを型紙として編まれた個体──国際法で禁止されている〝人造人間〟」
「…………」
北斗は沈黙した。いや、絶句か。
そうだよね。いきなりこんなことを言われても、返す言葉は見当たらないだろう。
動植物の遺伝子をイジることに否定的な人は少なくないし、遺伝子調製体に嫌悪感や恐怖心を抱く人もいる。
ましてや僕は、全ての塩基配列を設計された、まったくの人工物。
正直、そんな素性を告白するのは怖い。
でも、北斗には僕のすべてを知ってもらいたい。
知ったうえで、必要とされたい。
そんなのはエゴだってことぐらい解ってるし、我ながら重い女だと思うけど──
それが僕なら、そのままの僕でいたいんだ。
彼にだけは、嘘をつきたくないから。
「ヒトという生物の可能性を追求する〈最終人類計画〉──その資源個体、通称〝プロフィニス〟の一体として、僕は造られたんです」
「最終人類計画って、何年か前に騒ぎになったヒト・クローン工場事件の、あの?」
「はい。あの事件の大元となった計画です」
「大元となった……?」
事の起こりは四半世紀前──人類がまだXENEMSの脅威にさらされていない時代。
ある国際的な地下組織が、ヒトの品種改良をくわだてた。
優れた身体能力と高い知能を持ち、遺伝的疾患のリスクが無く、寿命因子の自己修復機能によって老化しない肉体を持つ人間──理想的な進化の極致に行き着いた〝最終人類〟を創造しようとしたのだ。
その第一段階として、〝終極の先駆け〟と呼ばれる12人の完全遺伝子調製体が造られた。
それらを掛け合わせることを繰り返し、優秀な遺伝子を凝縮するために。
けれど、第一次大規模侵攻によって計画は頓挫し、組織も瓦解。
放棄されたプロフィニスたちは消息不明となり、予備として卵の状態で冷凍保存されていた僕だけがアウローラ社に〝保護〟された。
そして強化操縦士としての有用性を期待され、実用化されたばかりの人工子宮で孵化したのだった。
そんな僕の境遇を知った北斗は、さすがに当惑を隠せないようで、わずかに眉をひそめる。
「最終人類計画は、イカれたカルトの世迷い言ではなかったんだな……」
「はい。6年前のヒト・クローン工場事件は、かつての組織の残党がカルト教団を利用して計画の再開をくわだて、それをよしとしないアウローラに阻止された──というのが真相なんです」
「となると、あの事件の首謀者たちが摘発される寸前に集団自殺したってのは、怪しいな。大元の計画にアウローラが密かに関わっていて、その発覚を恐れての口封じ、という可能性もある」
この北斗の洞察は、たぶん正解だろう。
育ての親を悪く言うのも気が引けるけど、アウローラは昔から黒い噂の絶えない企業だったみたいだし……
それはそうと、なりゆきとはいえ話が重くなりすぎちゃったな。
少なくとも、いましがた愛しあった男女が裸のまま交わす会話としては、完全に場違いだよね。
「……ごめんなさい。今する話じゃないですよね、こんなの」
まったく今更なんだけど、ここにきて僕は急に申し訳なくなった。
しかし、北斗は気にしていないようで、
「いや。俺にとって、君を知ることは有意義だよ。小隊の相棒としても、一人の男としても」
そんな言葉と微笑をくれる。
やっぱりキザだな、この人。
それが嫌味にならないのは、見た目の良さと、何気に遊び心のある性格のおかげかな?
なんて思っていたら、
「──ん? なぁ、エステル」
北斗が急に真顔になって起き上がったので、僕も「なに?」と起き上がる。
「さっきの話だと、君が産まれたのは第1次大規模侵攻のあとってことになるが……いつなんだ?」
「僕が造られたのはファーゼノの前だけど、ヒトして産まれたのは66年です」
「66年? ということは──17歳!?」
「ですね。実際は」
「マジか……いや、確かに童顔だとは思ってたけど、俺は高校生に手を出したのか」
文字通り、北斗は頭を抱えた。
「言ったでしょ? 僕を求めてくれるなら変態さん確定だって」
「まさか、そういう意味だったとはな……」
深く溜息をつき、うなじを掻く北斗。
「けど、未成年が強化操縦士にはなれないはずだが──?」
「うん。だから僕、法的には21歳なんです」
彼の言う通り、医療目的以外の機械的身体改造を受けられるのは21歳になってから、と国際法で定められている。
体が完全に成熟してからでないと、不具合が生じやすいためだ。
でも、僕には遺伝子調製の副作用による幼形成熟の傾向があったようで、普通の人よりも成長が止まるのが早かった。
おかげで16歳で強化操縦士になれたのだけど、それは国際法違反でGAIAの正規兵にはなれないから、年齢を水増ししているのだ。
「でも、あながち嘘ではないんですけどね。造られた時点を〝誕生〟とするなら、僕は23歳なので」
「だとしても罪悪感は拭えないな。だからといって後悔はしないが……」
「本当に、後悔してません?」
「しないよ。したら君に失礼だ」
へぇ、そんなふうに考えるんだ。優しいね。
僕と同じく空を愛し、翔ぶためなら体を改造することも厭わず、マキノイドやAIと友達みたいに接し、僕という不自然な存在を普通の女性として扱う、おおむね紳士だけど理屈屋で、ちょっとキザな男。
何故ゆえにか、今まで出逢った誰よりも僕をときめかす、不思議な人。
このときめき、もっと欲しい。
紫宮北斗特務中尉、あなたを独り占めにしたい。
「後悔していないのなら、また僕を委ねてもいいです?」
「委ねる……?」
回りくどい表現に、北斗はわずかに首をかしげた。
けれど僕はもう感情のスイッチが入ってしまっていて、かまわず走り続ける。
「誰かの計画で造られて、誰かの思惑で産まれた僕だけど、心は、心だけは、誰にもイジられていない、混じりけのない僕だから──」
「…………」
「北斗、あなたを好きになってもいい?」
「…………」
「…………」
ふと、沈黙が置かれた。
草が風にそよぐ音が、やけに遠く聞こえる。
「……ひとつ、条件がある」
「え……?」
「撃墜されないでくれ、絶対に。君を喪うことには耐えられそうにない」
「──うん。北斗も墜ちちゃダメだよ?」
「ああ」
北斗は目を細め、そっと僕の前髪をかきあげた。
その後、僕らはあらためて愛しあった。二回も。
北斗って、淡白にみえて意外と健啖家みたい。
まあ、人のことは言えないけどね。
二度目のおかわりを欲しがったのは、僕のほうだから。
──TO BE CONTINUED──
例によって例のごとく、お待たせしました。
今回は、ラブシーンにかこつけてエステル嬢のキャラを掘り下げるエピソードであります。
ちなみに、北斗とエステルの色恋沙汰は閑話休題ではなく、次回以降の伏線だったりもしまして。
でもって次回は久々のバトル回になる予定です。
てなわけで──
なろう界隈では変則的であろう本作ですが、「悪くはないかも」と思ってもらえたたなら、どうか気軽に★とかブクマとか授けていただきたく存じます。
では、また。
いつか、どこかで──
<(_ _)>