お酒を飲みました。
寒くなりましたね。
寒暖差に気を付けましょう。
廊下側の襖を開け放して、奥にあった黒いテーブルを庭が見える位置に動かした。
廊下に座り込み、ぼんやり庭を眺めながら、月とか星は見えないんだな。なんで庭の木々とか建物とか光って見えるんだろ。とか考える。うん、綺麗だ。
なんかの術?そういえば陰陽師から隠れるために、ここを作ったって言ってたっけ。暑くも寒くも無いんだな。季節とか無いのかしら。こうやってのんびりと草木を眺めるなんていつ以来だろう。動物園とかも行ってないな。
そういえば動物達が人になれるのも何かの術だよね。化けられるのは狸と狐だけだと思ってたよ。あー、でも、鶴の恩返しとか、化け猫とかもいるか。蛇も良く女の人になるよね。
てか、なんで私はこの状況を普通に受け入れてるんだろうか。
テンはいい人?だし、狼も烏も私を食うぞとか出ていけって脅してきた訳ではないし、若様のお嫁さんにって事は危害を加えられる事はないのかもしれない。
なんか失恋した痛みもぶっ飛んだ感じだわ。
お嫁さんにはなれないけど、もう少しここでのんびりさせてもらおうか。
あれっ?あたし、元の世界に戻れるの?
もしかしてここは死後の世界で、本当の私は部屋で死んでるのかも!
あ、死んでたら喉乾いたりしないか。ん?するのか?
「ぶふっあははは。」
いつの間にか、瓶ビール3本と、コップ2つにおしぼりを乗せたお盆を持って赤い髪のお兄さんが笑ってた。
「お姉さんはおもしろいね。ここが怖くないの?鬼がいるって聞いてないのかな?」
「そういえば、鬼のお嫁さんになりませんか?って言われた。」
テーブルにお盆を置いて、向かい合わせに座り、おしぼり手渡される。
「ホントにいるの?私、食べられたりするの?」
手酌も何だかおかしいし、注いでもらった。私もお兄さんのグラスに注いで、グラスを合わせる。
一気に飲み干してから気付く。あ、これ、日本のビールだ。
「食べられる、の意味がちょっと違うけどね。」
「ああ、お嫁さんだもんね。」
お嫁さんか。涼介は私と別れたらその好きな彼女と結婚するんだろうか。
私はやっぱり一度親とか会社とかに話さないといけないよね。
今度は自分で注いで、目の前のお兄さんを観察する。ビールをごくごくと美味しそうに飲んでる。この人は何だろう?さっき会った動物達みたいに無神経じゃないし、私に気を使ってくれているように感じる。
鬼ってこんな人なの?日本酒ばっかり飲んでるものかと思ってたけど……。
「うん、ホントは日本酒が一番好きだよ。」
「やっぱりあなたが鬼なんだ。」
テンもムジナも駆け付けてこないし、多分、人払いしたんだろう。私を泣かせたから、会いに来るようにテンが話したのかな。
まじまじと見つめると、お兄さんはおもしろそうに笑いながら、テーブルに肘をついて少しずつ飲んでる。
「そ。俺が鬼。角も牙も退化してきちゃって、ひたすら長生きなだけで、もうほとんど人と変わり無いんだけどね。」
「角、あるの?」
「触ってみる?こっちおいでよ。」
言われるがままに隣に座ると、両手首を取られ、頭を触らせてくれた。前髪の生え際間位に、三センチ位の突起があった。
「これ?」
と、どんな形でどんな色なのか見てみたくて、膝で立ち上がり、お兄さんの前髪をかきあげた。
「見ちゃダメ。情けないから。」
と、お兄さんが逃げる。少しだけ見えた瞳は、髪の色と同じ、赤だった。鬼ってもっと怖いものかと思ってた。草食男子ってこんな感じなのかな。なんかすごく興味が出て来て、仲良くなりたいと思った。
「お兄さん、私はさくらって言うの。お兄さんの名前は?」
鬼さんは赤鬼です。