96.ゆったりとした時間
それから、皆で家に戻って、私は気絶してしまった。
どうやら思っているよりも疲労していたらしく、3日程眠ってしまっていたみたいだ。
アストラル体での行動は、慣れていないと精神力の消費が尋常じゃないらしい。
アリス姉さんってずっとアストラル体なんだよね?本当に凄い……。
目が覚めてから、私がイグドラシルに捕らわれている間と、眠っていた3日間の話を聞いた。
今回の騒動で、地上と魔界に軋轢ができるんじゃないか、と懸念していたんだけど……。
「大丈夫よレンちゃん。私がちゃんと言っておいたからね」
そう、母さんやアリス姉さんの活躍により、王国側はほとんど被害が無かったんだそうだ。
騎士団が早くに対応できたのが、大きかったそうだ。
カレンにアニスは、今回の功績で、近々ナイツマスターに昇格するらしい。
死にそうな重症者も居たそうだが、母さんが全員治したとか。
それも、治された方は以前より元気になったって人が多く、逆に羨ましがられていたって笑って言ってた。
また、魔界の王リンスレットから、早々に謝罪の文が届き、実際に各王国の王に会いに行ったのも大きかったそうだ。
今回で被害を被った物は全て魔界側が賠償するなど、色々と国同士でもやりとりもしているのだとか。
そうなると、たくさん悪魔達が死んだ魔界側が被害大きすぎるんじゃないのかなぁなんて思ったりもしたんだけど。
だけど、その心配も杞憂だった。
母さんに直接念って言うのかな?なんか離れた所にいても話せる魔術があるらしく。
それで母さんとリンスレットさんとで会話したそうなんだけど、地上を魔界にしようと躍起になっていた過激派の連中が、今回ほとんど死んでしまったらしい。
それが大変助かったと言っていたそうだ。
普通に話しちゃ不味い会話ですよねぇ!?
母さんはホント政治的な立場でも凄い。
その話を聞いた時に、兄さんとミレニアが言った。
「ああ、大方世界樹に早々に近づこうとした悪魔達でしょう。生き残れないよう、消滅させましたから大丈夫ですよ」
「あやつらよな。うむ、念入りに消し炭にしてやったでな。中には何回か生き返れる悪魔もいるでな、何度でも死ねるようにしておいたのじゃ」
うへぇ……この二人、絶対に敵に回したくない。
アーネストが、あれかぁとか言ってた。
色々と遺恨もありそうだったけど、母さんの鶴の一声に反対する者は誰一人としておらず、地上と魔界は今まで通りに落ち着いたとか。
あ、魔界といえば。
今まで空を覆っていた禍々しい気配はなくなり、世界樹から光が降り注ぎ、今では明るくなったそうな。
きっと、イグドラシルの心が晴れたからなんだろうな。
違うかもしれないけど、そう思いたいじゃないか。
仲の良い姉妹、これからも笑顔で居てほしいと思う。
この世界で、皆を見守ってくれている世界樹。
私は、そんな姉妹の体を受け継いでいる。
それが、今はとても誇らしく思えた。
学園もこんな事があったので、一週間の休校となったとか。
そして、闘技大会は生徒達の意向もあり、中止にならずに再開する運びとなったそうな。
私としては別に、もう良かったんだけど……ノルンも言ってたしなぁ。
「なぁアーネスト、闘技大会中止にならないみたいだし、次アーネストとアリス姉さんの戦いだよな?」
「え、何その話!?」
「ほぉ、アリスがアーネストと戦うのか?」
なんか、母さん達が食いついてきたんですけど。
ちなみに、ミレニアは帰らずにまだ居たりする。
「う、うん。闘技大会っていうのがあって、私とノルンで準決勝、アーネストとアリス姉さんで準決勝、それぞれ勝った方が決勝なんだ」
そう言ったら。
「よし、ロキ、ミレニア!私達も見に行くわよ!」
「そう言うと思っておりましたよマーガリン師匠。喜んでお供致しましょう」
「うむ、楽しそうじゃな。妾もその日は行く事にしようかの」
えぇぇぇ!?何その親子参観みたいな感じ!?
っていうか母さんと兄さん一緒に来れるの!?
あ、そうか、今回の件で片付いたのか!
アーネストも若干引いている気がする。
「やめてよー!なんか恥ずかしいでしょー!」
おおアリス姉さん、今は貴女が天使に見えます。
いや天使みたいに元から可愛いですけど。
でも、そんなアリス姉さんの抗議も空しく。
「絶対行くからねー♪」
と鼻歌を歌っている母さんを止められるわけもなかった。
「アーネスト、これ勝っても負けても、その後が怖い」
「お前は良いじゃねぇか、俺なんて初戦の相手がアリスだぞ?」
「何言ってるんだよ、私だってノルンなんだぞ?」
手加減できる相手じゃない。
むしろ本気を出しても、勝てるかどうか分からない相手なのだ。
二人顔を見合わせる。
「「はぁ……」」
アーネストと揃って溜息をついたのは言うまでも無かった。
-アーネスト視点-
会話が落ち着いて、蓮華は大精霊達の所へ向かった。
俺は気になっている事があったので、兄貴の所へ向かう。
「おや、どうしたんですアーネスト。蓮華と共に行かなくても良いのですか?」
兄貴は優しく微笑んでくれる。
男の俺から見ても、兄貴はすげぇカッコイイ。
見た目だけでそうなのに、実力も超一流で、なんでもできる。
一体どれだけの修練を積めば、兄貴のようになれるんだろうか。
「アーネスト?」
おっと、兄貴が不思議そうに見てくる。
「兄貴、俺が世界樹に向かってる時にさ、空で戦ってたのを見たんだ」
「ええ、ミレニアと共に悪魔達を退けていた時ですね」
「うん。その時に、大罪の悪魔って来たのかなって思ってさ」
そう、アリシア……アスモデウスは"色欲"を背負う大罪の悪魔だ。
あの時戦ったけど、あれは多分本当の実力じゃない。
「ああ、そういえば来ましたねぇ」
「兄貴、その大罪の悪魔の名前、分かるかな?」
「世界樹に近づいてきた軍勢の、確か"色欲"のアスモデウスと"怠惰"のベルフェゴールでしたか」
「!!兄貴、もしかして……その、殺して、しまったのかな……」
兄貴はアスモデウスの事を知らないはずだ。
なら……もしかしたら、もう……。
だけど、兄貴が言ったのは意外な言葉だった。
「いいえ?彼女達、というよりアスモデウスは、邪魔な悪魔達を一掃する為に来たようでしたからねぇ。ゴミ掃除に付き合わされたのは業腹でしたが、まぁ構いませんよ」
「え?どゆこと?」
意味が分からない。
悪魔達って、仲間じゃ……ってああ、そういう事か。
過激派がどうたら言っていたのを思い出す。
「ふふ、その顔は気付きましたねアーネスト」
「うん。兄貴、その時の事、詳しく聞いても良いかな?」
「別段面白い話でもありませんよ?」
「それでも。兄貴が俺や蓮華の為に力を貸してくれたんだ。だから、聞いておきたいんだ。ダメかな、兄貴」
「ふぅ、私がアーネストに頼まれて、断れるわけがないでしょう?」
そう微笑んで言ってくれる。
本当に兄貴は俺と蓮華に激甘で、嬉しくてつい笑ってしまう。
その話の内容が、兄貴がいかに俺達の事を想ってくれているかが分かる内容で、顔が真っ赤になる事を、この時の俺は想像もしていなかった。
-アーネスト視点・了-




