94.蓮華を救え!
「蓮華を、返してもらいに来たぞ!!」
螺旋階段を上がりきり、到達したそこでイグドラシルを見つけ、叫ぶ。
「私と姉さんとの逢瀬を邪魔するなんて、無粋ね」
そう言って気だるげにこちらへ向ける視線は、やはり俺を見ていない。
「お前が姉さんと言ってるのは、誰の事だ!」
「……?……見て分からないのかしら。ユグドラシル姉さんに決まっているじゃない」
「違う!そいつはユグドラシルって奴じゃない!蓮華、レンゲ=フォン=ユグドラシルだ!確かにユグドラシルという家名はついてるけど、お前の知ってるユグドラシルとは別人なんだ!」
「馬鹿な事を。良いから、黙って見ていなさい。私とユグドラシル姉さんは、一つになる。そう、世界樹に成る前に姉さんが言ったんだから。私達は二人で一人だって。それは、こういう意味だったのよ」
「俺は過去の事は知らねぇ。だけど、蓮華は俺と一緒にこの世界を生きるって言ってくれたんだ。だから、お前の好きにはさせねぇ!」
双剣を構える。
どうしたら良いのかは正直分からない。
だけど、このまま放置していたら、せっかく兄貴達が時間を稼いでくれている意味がなくなる。
なら、俺がすべき事は一つ。
イグドラシルを、倒す事だけだ。
「そう、貴方も邪魔をするのね。なら、散らせてあげる、その生命を。私と姉さんの中で死ねる事、光栄に思いなさい」
言った瞬間、周りから凄まじい速度で蔦が襲い掛かってくる。
「こんなもんで!!」
双剣で斬り捨てる。
しかし、斬った傍から、新たな蔦が生える。
「!?っのやろう!!」
迫りくる蔦を全て斬り落とし、イグドラシルの元へ向かう。
ギィィィン!!
「へぇ、ここまで来れただけの事はあるのね。中々やるじゃない」
余裕を持って防がれる。
瞬間、イグドラシルの体から何かが飛んできて、ぶつかる。
「ぐぁっ!!」
弾き飛ばされ、地面に転がる。
一体、何が……。
「ふふ、種よ。それを飛ばしただけ」
気がつけば、イグドラシルの周りには蔦が絡み合い、大小様々な種が実になっている。
「これ一つ一つが、爆弾以上の破壊力を秘めているわよ。耐えられるかしらね」
そう妖艶に笑うイグドラシル。
くっ……それでも、やるしかない。
これを掻い潜って、イグドラシルを倒すんだ。
「おおおぉぉぉっ!!」
駆ける。
イグドラシルの元へ。
「行け」
種子が飛んでくるが、途中で落ちる。
「なんですって!?」
イグドラシルが驚いているが、それを気にしている余裕はない。
「喰らえぇぇイグドラシル!!」
双剣を全力で振るう。
ズバァッ!!
「あぐぅ!ぁぁぁっ!!」
手応えはあった。
苦しむイグドラシルから、蓮華の姿が形どられ、表に出る。
「蓮華!!」
思わず駆け寄る。
だけど、それを蓮華が制する。
「だめ、だ……アーネス、ト……この、まま、私、ごと……斬れ!」
そんな事を言ってくる蓮華に、俺は声を荒げる。
「何馬鹿な事言ってやがる!!俺はお前を助けに来たんだ、蓮華!!」
「私、は、もう……イグドラ、シルに……半分、融合、してしまって、る……このまま、イグドラシルが……私を取り込み終えた、ら……地上、に生きてる皆、が……魔界の世界樹に、押し潰されて、しまうんだ……!」
「そんな事知らねぇ!俺は、お前を助けにきたんだ蓮華!」
「は、は……あいかわ、らずだな、アーネス、ト……。だけ、ど……母さん、や、兄さん、アリス姉さんを……ぐぅぅっ……」
「蓮華!!待ってろ、今!」
「っと、全く。まだ私と完全に一つになってくれないのね姉さん」
「イグドラシル!蓮華を解放しやがれ!!」
「無理よ。もう半ば融合してるもの。それとも、私だけを倒すなんて貴方にできるかしら?私を殺せば、ユグドラシル姉さんも死ぬわよ」
「ッ!!」
「ふふ、でも私は貴方を殺すからね?私に貴方は不要だから」
瞬間、何かがぶつかり、また吹き飛ばされる。
「どうやらドライアドが干渉しているようだけど、本来の力を発揮できていないわ。それじゃ、完璧には防げないわよ」
たった二撃受けただけなのに、ダメージが凄い。
これ以上受けたらヤバい。
それを実感しながらも、立ち上がりイグドラシルを睨む。
「その目、気に入らないわね。姉さんと同じ瞳で、私を睨むなんて許せない……」
凄まじい数の巨大な蔦が、イグドラシルの後ろから生えてくる。
あれが直撃したら、俺は多分生き残れない。
集中する。
残機0のゲームみたいなものだ。
チップは自分の命、元より蓮華が居ない世界なら、俺も居なくなっても構わねぇ。
だけど兄貴は、俺ならできると言った。
俺の中には、蓮華の元がある。
俺の魂が。
なら、蓮華だけをイグドラシルから引き離す事だって、できるはずだ。
やってやる。
やり方なんざ分からねぇ。
だけど、蓮華と話せた。
それが俺の力になってる。
諦めるなよ蓮華、俺は諦めねぇから。
ユグドラシル、その魂が本当にあるのなら、力を貸してくれ!
お前の狂った妹から、蓮華を助けさせてくれ!!
「うぉぉぉぉぉっ!!」
体に喝を入れる為、大声を出してイグドラシルに迫る。
容赦なく俺目がけて蔦が来るが、全て避ける。
スピードには自信がある、当たってたまるか!
イグドラシルの前に着く。
「蓮華!目を覚ませ!お前はイグドラシルなんかに負けるようなタマかよ!!」
そう呼びかける。
すると、俺の中に入っていた大精霊イフリートが現界する。
「この馬鹿弟子めが。今わしもそちらへ行くからのう!」
そう言って、イフリートはイグドラシルの中へ入って行った。
「なっ!?このっ!私と姉さんの中に、入ってくるな!!」
イグドラシルは抵抗しているようで、イフリートが押し出されようとしている。
すると、俺の中から声が聞こえる。
"アーネスト、蓮華の魔力を持つ私達が、イグドラシルの中の蓮華を外に押し出します。アーネストはレンを倒さないように、イグドラシルに攻撃をしてください"
"んな無茶な!?"
魂は違えど、体は一緒なんだ。
どちらかのみにダメージなんて、無理だ。
"大丈夫、その為に私達が居るのです、アーネスト"
"どういう事だよ"
"アーネストがイグドラシルを死なないように攻撃した後、私達はレンのみを回復させます。私達の魔力を捧げて"
"おい、それってまさか、お前達は!?"
"はい、消えるでしょうね"
"なぁっ!?そんなの許さ"
"アーネスト"
"ぐっ……"
"時間がありません。イグドラシルの体力があるままでは、この方法は成功しません。さぁ、早く!"
「くっそぉぉぉぉぉ!!」
ザシュゥ!!
「がぁっ!?あ、貴方、姉さんを殺すつもりなの!?」
「いいや、殺すのはお前だけだイグドラシル!」
そう言って、動きの鈍くなったイグドラシルに攻撃を続ける。
「ぐっ!どうして!?私が、動けない、なんでっ……!?」
そして目の前にノームが現界する。
「アーネストの旦那、蓮華様をお頼みしやす。俺はこんなに優しい、温かいお方に会えたのは初めてでやした。その蓮華様の信頼する旦那になら、任せられる。後は、頼みやした」
そう言って、ノームはイグドラシルの中へ。
「あぁぁぁぁっ!!入ってくるな!私と姉さんの中に、入ってくるなぁぁぁぁ!!」
イグドラシルが叫ぶ。
だが、俺が攻撃を止めない。
次はアマテラスが現界した。
「蓮華ちゃん、わらわが今行くからね。わらわも、助けるから」
そして次にヴィーナスが現界する。
「レンゲー、ワタシ、ガンバルカラ、ホメテネー」
続いてシルフ、サラマンドラ、ドライアドと、次々とイグドラシルの中へ入っていく。
そして最後に、蓮華と一番付き合いの長い、ウンディーネが現界した。
「アーネスト、私達大精霊に、厳格な死というものは存在しません。ですが、次生まれるのが、すぐなのか、それとも数百年後なのか、それは分かりません」
「ウンディーネ……」
「ですから、言っておきます。ありがとう、この世界に来てくれて。ありがとう、レンと会わせてくれて。私は、私達は……嬉しかったですよ」
そう微笑んで、ウンディーネもイグドラシルの中へ入って行った。
目の前には、苦しむイグドラシルが居る。
だがそこから、確かな蓮華の魔力を感じる。
このまま行けば、イグドラシルだけを消して、蓮華を救えるはずだ。
……だけど、本当にそれで良いのか?
蓮華なら、どうする?
ここで、イグドラシルを見捨てるのか?
違う。
蓮華なら、そんな事はしない。
なら、俺がする事は!
「おい、イグドラシル」
「……え?」
「姉貴に甘えてんじゃねぇぞ!!」
そう、叱る事にした。
「な、なんですって!?」
「ああ、そうだ。お前は甘えてんだ!じゃれてるだけだ!一人で魔界に居るのが寂しくて、すぐ傍に姉貴が居るのに会えなくて、寂しくて寂しくて、こんな方法を使ったんだろ!この構ってちゃんが!!」
「んなぁっ!?」
「否定できるところがあるなら言ってみやがれ!!」
俺の言葉に、顔を真っ赤にしながらプルプルと震えているイグドラシル。
あれ、なんか可愛いとか思った俺は馬鹿だろうか。
「ち、違うもん!私は姉さんが大好きだけど、姉さんだって私が大好きだもん!両想いなら、どっちから会いに行ったって良いじゃない!」
「ああ、姉貴は我慢したんだろうさ!お前と会いたいけど、役割を放棄できなかったんだろ!?それをお前は自分が我慢できないからって、姉貴に迷惑かけてるんだろうが!」
「っ!!」
俺自身、滅茶苦茶言っている自覚はある。
だけど、結構効いている気がする。
すると、イグドラシルの体から光が現れたかと思うと、なんか転がってきた。
「れ、蓮華!?」
そう、その姿は、紛れも無い蓮華だった。
「う……ぐ……まったく、アーネスト、あの説得はないわ……」
そう言う蓮華を抱きしめる。
「おぐぅ!?ちょ、苦しいからアーネスト!」
「蓮華、良かった、蓮華っ!」
そう嗚咽を零す俺の背中を、ポンポンと叩く蓮華。
「さんきゅ、アーネスト。やっぱお前は自慢の親友だよ」
そう笑顔で言ってくれる蓮華に、俺も笑顔で言う。
「おう!」
「そんな、貴女は……誰、なの?」
先程までより、若干正気に戻ったかのように見えるその眼は、蓮華を見つめている。
「自己紹介しなかったかな?私は蓮華。レンゲ=フォン=ユグドラシル。私は君のお姉さんと同じ体、力を持っているかもしれないけど……君のお姉さんじゃない」
「……そう。そっか、ふふ……そうだった。姉さんは、もう……私、何やってるんだろう……」
そう零すイグドラシルに、先程までの狂気じみた気配は薄れているように感じる。
「アーネスト、イグドラシルを殺さないでくれてありがとう。ここからは、私に任せてくれ」
「ああ。お前なら、イグドラシルを殺さないんじゃないかって思ってさ」
そう言ったら、ニッコリと笑う蓮華。
「イグドラシル、まだ間に合うよ。ユグドラシル姉さんは、今もここに居る。私達の目の前に」
そう言って、世界樹を見上げる蓮華。
イグドラシルもつられるように、見上げた。
「私、姉さんに迷惑かけちゃった。嫌われちゃったよね……嫌だな……ユグドラシル姉さんに嫌われるなんて、嫌だよぉ……」
そう泣き出すイグドラシル。
俺は慌てた。
だけど、蓮華はそんなイグドラシルを、優しく抱きしめた。
「嫌いになんて、なるわけないよ。だって、ユグドラシルはイグドラシルの姉さんなんでしょ?姉妹喧嘩なんて、普通だよ。自分の意思を分かってほしいから、喧嘩するんだよ。どうでも良い相手と、喧嘩なんてしないでしょ?」
「ほん、とう?」
「うん。私が保証するよ。それにね、イグドラシルはずっと、頑張ってきたじゃない。私は君と融合しかけて、君がどれだけユグドラシルの事が好きなのか、想っているのか、分かったんだ。だから、私も許すよ。仲直りしよう?」
「……あり、がとう。姉さ……蓮華。私、この体、返すよ。私も、姉さんと一緒になる。この記憶と一緒に、完全な世界樹に成る」
「イグドラシル……」
「悲しまないで蓮華。ありがとう、貴女のお蔭で、私は大切な物を取り戻せたの」
「……うん」
「それと、アーネストって言ったわね」
「お、おう?」
いきなり話を振られて驚く。
「蓮華は私にとって、妹みたいな存在なんだから、泣かしたら許さないわよ!」
「お前な……。はは、分かった。そんなもん、言われるまでもねぇよ!」
そう言うと、笑うイグドラシル。
「うん、分かってる。言ってみただけ。貴方は蓮華と、私を救ってくれた。感謝してる。この体の子、ノルンなんだけど、ちょっと捻くれてる所あるけど、良い子なんだよ。仲良くはしなくても良いけど、嫌わないであげてほしいな」
「もちろん」
「ああ」
そう言ってから、イグドラシルがノルンの体から出たその時、これを奇跡って言うんだろうか……。
『イグドラシル、やっとこっちに来てくれたね』
『ね、姉さん!?』
『もう、私達は二人で一人って言ったのに、ずっと私を待たせるなんて、いけない妹ね』
『そ、そんな……それじゃ私、ずっと姉さんを待たせてたの!?』
『そうよ、イグドラシル。これからは、一緒にいようね』
『うん!うん!ユグドラシル姉さん!!』
そんな、幻想みたいな光景が見えたのだ。
でも、蓮華も見えているようだ。
だからこれは、現実なんだ。
『蓮華さん、アーネストさん』
「「は、はいっ!?」」
二人揃って焦って返事をしてしまう。
なんせ幻想的な光景を見ていたら、その幻想から話しかけられたんだから、仕方ない。
『私はずっと、貴方達を見てきました。これからは妹と二人で、この世界を見守ります。だからどうか、貴方達は好きに生きてください。私達は貴方達を、見守っていますから』
『ありがとう蓮華、アーネスト。姉さんと一緒に、見守ってるからね』
そう言って、二人の姉妹は消えていった。
しばらくその余韻に浸っていたのだが……。
「なぁ蓮華、今回の騒動、もしかして俺達が全部説明しなきゃなんねぇのかな?」
「うへぇ……。あ、そうだ。ノルンを犠牲にするとかどうだろ」
「それは名案だな!」
なんて言い合っていたら、第三者の声が聞こえる。
「名案じゃないわよ。私も被害者なんだから、アンタ達も道連れに決まってるでしょ」
「「ノルン!?」」
「そうよ。はぁ、やっと頭痛がなくなったと思ったら、別の意味で頭が痛いじゃないの」
「あ、はは……」
蓮華が苦笑しているけど、俺も多分同じ顔をしているだろう。
何はともあれ、これで騒動は収束だ。
後が大変だけど、俺は蓮華を救えた事に満足してる。
「それじゃ、帰ろうアーネスト、ノルン」
「ああ、そうだな」
「はぁ、体が重いから魔法で外に出たいけど、私魔力が空っぽだわ。蓮華はどう?」
「うん、私も空っぽ。大精霊達から受け取った魔力で体は創れてるけどね……っていうか、私まだアストラル体だよ。でもまぁ……少し休む?」
「そうしましょ。私達なら、少し休めば大丈夫なはずよ」
「うん、そだね」
なんて言う二人なんだけど、俺は魔力なんて元からないので、ついていけない。
毒々しかった世界樹の中は、今は山頂に居るみたいに澄んだ空気になっている。
そういえば、セルシウスは大丈夫だろうか。
そんな事を考えながら、俺はその場に寝転んだ。
「良いわよね男の子は、気軽に寝転べて」
なんてノルンが言うけど……。
「今は俺しかいねぇし、別に寝転んでも誰も何も言わないぞ?」
「それなー」
って言いながら、蓮華も寝転がる。
すると、ノルンが慌てた。
「なっ!?れ、蓮華!貴女女の子でしょ!?仮にも男が居るのに!」
「あー、アーネストなら別になんとも思わないからー」
「なー」
「嘘でしょ……」
もはや家に居る感覚で寝転がる俺達に絶句しているノルンに笑ってしまう俺だった。
-アーネスト視点・了-
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
プロローグより始まったこのお話を、なんとか書ききれてホッとしております。
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