91.蓮華を救う、その為に
アリスの先導でミレニアの屋敷に着いて、事情を説明する。
ミレニアも異変には気付いていたようで、背負う蓮華を見て納得したようだ。
「アリス、お主でも、守れなんだか……」
そう零すも、その表情は非難しているわけではなく、ただ悲しそうだった。
そうして、世界樹の麓にある家に向かっている最中に見た世界樹は、紫色の煙のような物に覆われていた。
「あれは、毒だね……多分、生物があれに触れたら、毒が体中に周って、腐敗して死んじゃうよ……」
そうアリスが教えてくれる。
あんな毒だらけの中に、蓮華は居るのか……!
悔しさで拳を握る力が強くなる。
「……ゆくぞ。今妾達にあそこへ入る術は無い」
その言葉を悔しく思いながらも、先導するアリスに続く。
そして、地下に着く。
その先には、懐かしい顔ぶれが居た。
でも、今は再開を祝える状況じゃなかった。
母さんと兄貴が、背負っている蓮華を見て息を飲む。
「レンちゃんっ……!!」
慌てて駆け寄り、蓮華を抱きしめる母さん。
そしてその冷たさに気付いたのだろう、母さんが蓮華を抱きしめたまま、崩れ落ちた。
「そん、な……」
「……大体の予想はつきますが、まずは蓮華をベッドへ運びましょう。アーネスト、話を聞かせてもらえますね?」
「……はい」
そうして蓮華を運んだ後、隣の部屋で兄貴達に、経緯を話した。
「成程……イグドラシル、長い時を経て、狂化したようですね、嘆かわしい」
「兄貴も、知ってるの?」
「ええ、古い知人ですよ。友人ではありませんがね。ええ、蓮華と比べれば月とスッポン、提灯に釣鐘、猫に小判とも言えますね」
うん、兄貴、もしかして日本人とかじゃないよな?
なんか最後の方はちょっと違うような気もしたけど、気にしない事にした。
「アーネスト、蓮華を救う手段はあります」
「本当に!?」
思わず体が乗り出す。
兄貴が俺に嘘を言うわけがない。
それも、蓮華に関する事だ。
だからこそ、だ。
「ええ。ただ、それはアーネスト、君にしかできない」
「ダメよロキ!そんな事をしたら、アーちゃんがっ……!」
母さんが、反論する。
「ですがマーガリン師匠。それしか方法はありませんよ。世界樹の中には、私や貴女でも入る事はできないのですから」
「それは、そうだけどっ……!でも!!」
それはつまり。
「俺なら、世界樹の中に入れる……?」
そう、アスモデウスも言っていた。
俺は、なんなのか、と。
ただの兄なのか、と。
違う。
俺は、蓮華と同じだ。
そう、俺も蓮華と同じなんだ。
「そうですアーネスト。蓮華と魂の繋がった貴方なら、世界樹の中に入れます」
その言葉に、俺は希望が見えた。
けれど、それを母さんがすぐに否定する。
「無理よ!アーちゃんには魔力が無いのよ!?世界樹の中は、マナで渦巻いているの!アーちゃんが中に入った瞬間、存在を消されてしまうわ!」
「それは……」
兄貴も言葉を詰まらせる。
つまりは、そういう事なのだろう。
俺が中に入っても、存在が消される。
でもそれは、どうしてなんだろうか。
俺が魔力が無いから、消される?
それは何故?
「母さん、なんで俺に魔力が無いと、世界樹の中に入れても消されてしまうんだ?」
「……アーちゃん、どうしてレンちゃんが魔術を使えないか、説明したよね?」
「うん。確か魔力が多すぎて、魔術を使える要素が全くない、だったっけ?」
「そうだよ。マナは魔力。世界に満ちているマナは、世界樹から出てるの。つまり、世界樹の中はマナで溢れてる。そこに、マナを持たない魔力の通り道が出来たら、どうなると思う?」
「もしかして、そこに一気に魔力が集まる?」
「正解。つまり、魔力が空の入れ物に、大量の……容量オーバーの魔力がいきなり注ぎ込まれたら、その入れ物はどうなると思う?」
「……壊れる、かな。その入れ物が瓶なら、粉々に」
「また正解。その入れ物がね、アーちゃん。その魔力が、世界樹。死ぬと分かっているのに、行かせられないよ……アーちゃん……」
そう言って、母さんは泣いた。
俺は、母さんの涙を見たのは二度目だ。
でも、あの時とは違う。
あの時は、喜んでくれた。
でも、今回は逆だ。
俺を失う事を悲しんで、でもそれは……蓮華を諦めるという事と同意で……それを悟っているから、泣いたんだ。
俺は無言で、蓮華の傍に行く。
皆もついてきてくれた。
俺は声を掛けるのを、我慢できなかった。
「目を、覚ましてくれよ……蓮華っ……!」
ベッドの上で、死んだように眠る蓮華に、言う。
周りですすり泣く声が聞こえる。
「蓮華っ!俺と一緒にこの世界を生きるって、言ったじゃないかっ……!」
涙が零れる。
俺は、蓮華を守れなかった。
この世界で、一緒に生きる事になった……親友を。
悔しくて、悲しくて。
口からは血が零れてきた。
「アーちゃん……」
母さんが、辛そうに俺を見て、そして蓮華を見て、泣き崩れた。
「レンちゃんっ……ごめん、なさいっ……こうなる事を、一番恐れていたのにっ……!」
蓮華は眠っている。
まるで死んだように、冷たい体。
でも、まだ死んだわけじゃない。
だから、言う。
「大精霊達、俺に力を貸してくれ。蓮華を、助ける。その為の力を、俺に貸してくれ!」
ここに居る大精霊達は、蓮華と契約をしている。
だから、蓮華と精神的な繋がりがある。
俺には魔力が無い。
だからその魔力を、大精霊達に借りたい。
「良いでしょう、アーネスト。レンを救う為に、惜しむ力はありません」
そう、ウンディーネが言ってくれる。
「愚問ね。レンゲを救える可能性があるのなら、なんだってするわ」
セルシウスが続ける。
他の大精霊達も、同じように言ってくれる。
蓮華、お前はこれだけの大精霊達に慕われてるんだ。
このまま、死なせはしないからな!
「アーくん、世界樹の中は、今は毒素で一杯だよ。それでも、行くの?」
アリスが聞いてくる。
それがどうしたっていうんだ。
「当然。世界樹の中に入れるのは、蓮華と魂で繋がってる、俺だけだ。なら、俺がやるしかないだろ?」
例え俺以外が行けたとしても、俺は行くけどな。
その言葉に、悲しそうにするアリス。
「ごめんなさい。私も、力になってあげたい。私を救ってくれた蓮華さんを、助けてあげたいよ……!でも、私でも……世界樹の中には入れない。だから……お願いアーくん、蓮華さんを……助けて!」
泣きながら、そうお願いしてくる。
ああ、当然だ。
蓮華は俺にとっても、大切な親友なんだ。
絶対に、助けてみせる。
頭に手を置いて、撫でる。
アリスは俺をじっと見ている。
「任せろ、アリス。俺が絶対に、蓮華を助ける」
だから、そう言った。
「うん……!お願いね、アーくん……!」
泣きながら笑顔で、そう言うアリスに微笑む。
「アーネスト、外は私に任せなさい。雑魚は一匹たりとも、世界樹に近づけさせはしません」
兄貴が言ってくれる。
「妾とロキに外周は任せるがよい。お主は蓮華を、頼んだぞ」
ミレニアもそう言ってくれる。
心強い限りだ。
「アーちゃん……」
母さんは、心が折れてしまっている。
大好きな蓮華がこうなってしまったんだ、仕方がない。
だから、言う。
「母さん、蓮華の心を取り戻しに行ってくるよ。それまで、蓮華の体を、守ってあげてほしい」
それを聞いた母さんは、震える声で言う。
「アーちゃん、私、この上アーちゃんまで失ったら、もう立っていられないよぅ……」
母さんが、大粒の涙を流している。
悔しかった。
蓮華の意識があったら、絶対にこんな母さんを放っておかない。
それが今は……。
優しい母さんは、蓮華を助けてほしい気持ちと、そうしようとして、俺まで失う事を恐れる気持ちとで、動けなくなってしまっているんだ。
だけど、信じてほしい。
「母さん、俺を、皆を、信じてくれ。絶対に、俺達は無事で、蓮華も助けてみせる」
そう心から諭すように言った。
優しい母さんの心に、響くように。
「……うん、約束だよ、アーちゃん。レンちゃんを……お願いね」
そう、言ってくれた。
蓮華、待っていてくれ。
必ず、俺が、俺達が……助けてみせる。




