90.浸食される世界樹
-アーネスト視点-
「蓮華ぇぇぇっ!!」
蓮華が、倒れた。
心臓に手を突っ込まれて、それでも心配させないようにと、気丈にしていた蓮華が。
「どけぇぇぇ!アスモデウスゥゥ!!」
全力で剣を振るう。
凄まじい速度で空を斬る刃だったが、予想外のスピードだったのか、アスモデウスがよろめく。
その隙を逃さず、駆ける。
「っ!!……仕方ないですね。ノルン、約束通り手助けはしたわよ。私は、やっぱり会長も気に入ってしまったのね……これ以上は、無理。あんな辛そうな会長、初めて見たものね……」
蓮華の元に辿り着く。
倒れた蓮華に触れる。
冷たい、まるで死んでしまったかのような冷たさ。
「お前っ……蓮華に何をした!!」
その言葉に、こちらを見ていない瞳で言葉を発する。
「ふふ、ふふふっ!あぁ、もうこれで、姉さんとずっと一緒。後は、世界樹の中で融合するだけ。姉さん、もう少しだけ、待っていてね」
そして、その姿が消える。
「なっ!?」
まるで、初めからそこに居なかったかのように、消えた。
闘技場を覆っていた結界も、同時に消えた。
ざわざわと騒ぎが大きくなる。
だけど、そんな事は俺にはどうでも良い。
「蓮華!おい蓮華!目を覚ませよ!蓮華!!」
必死に呼びかける。
だけど、蓮華は目を覚まさない。
体も死んだように冷たい。
考えたくないけど、もしかして蓮華は、もう……。
「アーくん!蓮華さんは!?」
アリスが話しかけてきたので、見上げる。
アリスが息を飲むのが分かった。
「アーくん、これで涙を拭って。アーくんがそんなんじゃ、蓮華さんに笑われちゃうよ……?」
そうか、俺は泣いていたのか。
だけど、しょうがないじゃないか!
こんな、こんな事になるなんて、想像もしてなかった。
蓮華が、死ぬなんて……考えた事も無かったんだ!!
「……会長、私が言うのもなんですけど、その子はまだ死んでいませんよ」
その言葉に振り返る。
アリシア、いやアスモデウスが、そこに居た。
「本当か!?」
敵でも味方でもどちらでも良い。
今は、その事が重要だった。
「はい。ノルンが、いえイグドラシルが連れていったのは魂です。魂は、すぐには消えませんから。イグドラシルは時間をかけ、世界樹の魂と融合するつもりです。多分あの子は、今世界樹の中に居ます」
「世界樹の!?そん、な……」
アリスが驚愕し、絶望に染まった顔をする。
「アリス、それはそんな不味い事なのか?」
「……アーくん、世界樹は、神の領域。認められた者しか足を踏み入れられないの。そしてそれは、世界樹の化身足る蓮華さんと、世界樹そのものであるイグドラシルだけ……誰も、邪魔できない……だから……」
なんて、事だ。
俺達は、蓮華が融合させられてしまうのを、ただ指を加えて見ているしかできないってのか!?
ゴン!!
床を殴る音が響く。
「チク……ショウ!俺は、守ると言っておきながら、俺はぁぁぁっ!!」
肝心な時に、傍に居ながら、俺は蓮華をみすみす……なんで俺は兄貴に相談しなかった!
母さんに相談しなかったんだ!
ちょっと強くなったからって、なんでも守れると慢心していたのかっ!
俺は……馬鹿だ、畜生!!
「会長、余計なお世話ついでにもう一つ。そこのアリスティアさんはご存知でしょうが、ノルンが行ったのは、『サリギアの儀』と呼ばれる儀式です。ご存知ですか?」
「なんだよ、それは……」
力なく答える。
蓮華を救えない、それが俺から力を奪っていた。
「アリスティアさんから聞いていませんでしたか。『サリギアの儀』、それは世界樹ユグドラシルの魂を生贄に、魔界の世界樹イグドラシルが、この地上を侵食する儀式です」
「……それが、なんだってんだ。俺達にはもう止められねぇんだろ。蓮華を、救えねぇんだから……」
そう、もうどうだって良い。
蓮華が居ない。
そんな世界、俺にはもう色褪せて見える。
俺は、あいつが居たから楽しかった。
もう一人の俺だけど、もう俺じゃない。
あいつと一緒に、この世界を楽しもうと決めた。
あいつにはときめかないけど、傍にいると楽しかった。
気を張らず、お互いに素で話せる、大切な家族だ。
そんなあいつを、目の前で……。
「……この儀式の最後は、魔界の世界樹の浸食が、地上の世界樹を覆って初めて、完成となります。逆に言えば、それまでは絶対に魂は融合を完全には行えません」
「何が言いたいんだ、アスモデウス」
まるで、俺に何か出来る事があると、教えてくれているかのような……。
「会長、いつもの聡明さはどこに行ったんですか。しっかりしてくださいよ。要は、時間は引き延ばせます。貴方は、誰なんですか?あの蓮華さんの兄、それだけなんですか?……私が言えるのはここまでです。これでも大分グレーなんですからね会長!」
そう微笑むアスモデウスに、俺は気付く。
「なぁアスモデウス。お前もしかして、俺の味方してくれてるのか?」
「はぁ、今更ですか。ええとですね、会長。私はノルンの味方ですけど、あの性根の腐ったイグドラシルは嫌いなんですよね。むしろ、長年ノルンを苦しめてきたアイツは個人的に許せません。だから、ぶっ殺してくれません?立場上、私手を出せないんですよねー、困った事に」
そう笑って言うアスモデウスに、苦笑する。
「お前な、分かりにくいんだよ!でも、な。その……さんきゅな」
「うわっ!?会長がデレるとか鳥肌が立っちゃったじゃないですか!?どうしてくれるんですか、玉のお肌に!?」
「素直に礼ぐらい受け取れよ!?」
その言葉に、クスっと笑うアスモデウス。
「そう、その調子です会長。貴方に泣いている顔なんて、似合いませんよ。私は、魔界の王の重鎮です。立場上、儀式が始まった以上、地上に敵対しなければなりません」
「……そうか」
「はい。ですから、貴方の家族に、相談を。少しだけ、魔界の悪魔達の進行を遅らせます。その間に、迎え撃つ体制を。全ての国が防衛を張らなければ、防ぎきれませんよ?」
そう、カレンとアニスを見て言うアスモデウス。
蓮華の傍に行きたかっただろうに、二人は駆けて行った。
恐らく、それぞれの国へこの緊急事態を伝えに行ったのだろう。
あの二人がこの場に居てくれて良かった。
「分かった。俺達は世界樹の麓にある家に一旦戻る。アスモデウス、敵になるなら言っとく。戻ったら説教だからな、死ぬなよ?」
そんな言葉に、アスモデウスは一瞬きょとんとした顔をする。
だけど、すぐに破顔して言った。
「あは!あははっ!もう会長、"色欲"の私を落とそうとするなんて、十年、いえ百年早いですよー?」
「ばっ!そんなつもりで言ったんじゃねぇよ!?」
「クス……ええ、分かっていますよ。それでは会長、ご武運を。妹さんを、取り戻してくださいね」
そう言って、アスモデウスは消えた。
取り戻す、か。
アスモデウスは、アリシアの時だって、できない事は言わなかった。
ならば、蓮華を取り戻す方法があるという事だ。
気合を入れなおす。
「アリス、悪魔達の進行を防ぐ手段に、大精霊の皆をそのまま防衛に当たらせた方が良いか?それとも、大精霊の皆も一旦戻ってもらうか?」
「アーくん……そうだね、大精霊の皆、いつまで存在できるかも分からない。だから、一旦家に戻ろう。アーくんにはまだ伝えてなかったけど、地下があるの。そこに案内するね」
「分かった、頼む。もうこんな状況だ、母さんや兄貴に、助けを求めよう。俺達だけの力で守れるなんて、自惚れはもうしない」
「……うん、アーくん。ごめんね、私がついていながら……」
「いや、あの男の強さは俺も見てた。あの男が相手なら、俺も突破できたか分からない。やっぱアリスはすげぇよ」
「……あいつ、この世界の理の外の力を使ってた。多分、転生者だよ」
成程、なら明と同じようにスキルを使ってたって事か。
それは強敵だな……アスモデウスが消えたと同時に、そいつも居なくなってたし、要注意だな。
「……行こうアリス。この場は、明や先生達に任せよう。俺達には時間が無い」
「そだね、行こうアーくん。あ、その前に、絶対に呼んだ方が良い味方が居るから、先にそっちへ行くよ」
「アリスがそこまで言う奴が居るのか?」
「うん。吸血鬼の真祖、ミレニア。ミレニアなら、悪魔の大群だろうと、簡単に蹴散らせるよ」
「はは、そいつはすげぇ!よし、急ごう!」
「うん!」
こうして、俺達は蓮華を救う為に行動を開始する事にした。
待っててくれ蓮華。
俺達が必ず、助けてみせるからな!




