89.蓮華、敗北
静まり返った闘技場に、また剣撃の音が響き渡る。
私とノルンの剣が弾き合う。
「このっ!!」
ギィィン!!
渾身の力を入れて放つソウルを、軽く凌ぐノルン。
この腕前は、アリス姉さんに匹敵するかもしれない。
いや、怯むな。
もしアリス姉さん程の腕前があるなら、私はすでに負けているはずだ。
「でぇやぁぁぁっ!!」
続けざまに斬り続ける。
ノルンがまるで踊るように闘技場を移動するので、追いかけるのも一苦労だ。
「ふふ、姉さん。飾りと言う意味での華が足りない会場だけど、こうして姉さんと踊るのは楽しいわ」
「私は、踊ってるつもりは、ないけど、ね!」
言葉を発しながら斬るも、全て防がれる。
明先輩のように受け流されているんだ。
「いつまでもこうしていたいけれど……でもダメ。このままこの世界に縛られているのは、ダメ」
「この世界に、縛られてる……?」
ノルンは何を言っているんだろうか。
何か、変身を解いたあの瞬間から、ノルンがおかしくなったように感じる。
まるで、別人になったかのような不思議な感じがする。
「さぁ、遊びはここまでにしましょうか。大好きな姉さん、ずっとずっと、今度こそ一緒。もう、離れ離れは耐えられないの……!」
その瞬間、闘技場が闇に包まれる。
ヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!
「蓮華っ!!」
アーネストの声が聞こえる。
「蓮華さん!"ソレ"はダメなの!"ソレ"からは、逃げてぇ!!」
アリス姉さんがこちらへ来ようと飛び出すが、ドーム状の紫色の結界のようなものが阻み、弾き飛ばされているのが見えた。
「あぐっ!!」
「アリス姉さん!大丈夫だから、無茶はしないで!」
そう叫ぶ。
アリス姉さんが傷つく所なんて、見たくない。
「ダメなの蓮華さん!その魔法は、ダメなの!!」
アリス姉さんが叫ぶ。
ダメとは、何がだろうと一瞬思考したのが不味かったのか、黒い闇が手足に纏わりつき、拘束された。
「!?このっ!!」
魔法で解こうとするが、弾かれる。
身動きが取れない。
ノルンがこちらへゆっくり歩いてくる。
「さぁ姉さん、今からその魂を、抜き取ってあげる。その後ゆっくりと、一つになろうね」
ズボッ!
「ぐっ……ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
肉体を貫通し、心臓に手を突っ込まれる。
あまりの激痛に、叫んでしまう。
「蓮華ぇぇぇぇっ!!」
アーネストが叫び、こちらへ向かってくるのが分かる。
でも、アリス姉さんですら弾かれたんだ。
いくらアーネストでも、無理だろうな……そう思っていたら。
「おおおぉぉぉぉっ!!」
ヂヂヂヂヂヂッ!!
なんと、一部分を斬り取り、闘技場の中に入ってきた。
「蓮華を、離しやがれぇぇっ!!」
凄まじい速度で駆け寄ってくるアーネスト。
アリス姉さんも続いているのが見えた。
「へぇ、流石ね。魔力を弾けさせるなんて、魔力が無い貴方ならではよね会長。でも、まだ姉さんの魂を抜き取るには時間がかかるの。手伝って貰っても良いかしら?」
その言葉と同時に、アーネストとアリス姉さんの前に、二人が立ち塞がる。
アーネストが開けた穴は、すでに閉じている。
どうやってこの二人は入ってきたのか……。
「ノルン、いや今はイグドラシルか?ノルンは無事なんだろうな?」
一人の男が問いかける。
「ええ、でも心外だわ。ノルンも私なのに」
「言っていろ。ノルンの頼みだからな、手伝ってやるさ」
そうして姿が変わる。
凄まじい魔力を感じる。
でも、これはそれだけじゃない。
明先輩のような、魔力とは違う力を感じる。
「さて会長、妹さんの所には行かせませんよ?」
そしてもう1人は、いつもアーネストの傍に控えていた、生徒会副会長。
「アリシア、てめぇ……」
その言葉に、妖艶な笑みを零す彼女。
そして、姿が変わる。
艶めかしい服装をした、妙に色気のあるその姿は、先程までのアリシア副会長の見た目とは程遠い。
「私は"色欲"のアスモデウス。以後お見知りおきを、会長」
そう、告げた。
「大罪の悪魔かよ」
「あら、流石は会長、博識ですね」
「いや、この世界にも居るとは思わなかったけどな」
「この世界にも……?」
不思議そうな顔をする彼女に、アーネストは言う。
「お前とゆっくり話をしてる時間はねぇんだ。押し通らせて貰うぞ!」
「あら、もっと会話を楽しみましょう会長。いつもそうしてきたじゃないですか」
「ああ、これが終わったらじっくり説教してやるぜ!」
アーネストが私の方へ駆ける。
けれど、それをアスモデウスと名乗った彼女が遮る。
その瞬間、凄まじい戦いが始まった。
アーネストの二刀流を、踊るような舞で避ける彼女。
そのくせ、アーネストが私の方に行こうとすると、必ず防ぐ。
あれでは、アーネストでもすぐにこちらには来れないだろう。
アリス姉さんの方を見る。
「どいて。別にどかなくても、どかせるけど」
「そうはいかない。お前に大切な存在がいるのと同じように、俺にもいるんだよ」
睨みあう二人。
でも、すぐにアリス姉さんが動いた。
「邪魔ぁぁっ!!」
物凄い速さで繰り出す剣技。
だけど、それを全て防ぐあの男。
目を疑った。
あの剣撃、アリス姉さんは手加減をしていない。
私と戦う時にさえ見せなかった力。
それをあの男は全て防ぎ、アリス姉さんを弾き飛ばした。
後方に吹き飛ばされたアリス姉さんは、綺麗に着地した後、まるで弾丸のように私の元へ来ようとする。
だけど、それをあの男は見逃さない。
「行かせないと言ったはずだ!」
「このっ!!邪魔するなぁぁっ!!」
アリス姉さんとあの男はほぼ互角。
これでは、私の元へはこれないだろう。
前を見ると、ノルンが私の心臓を掴んだまま、何かブツブツと言っている。
「ノ、ルン……一体、君は、ゴホッ……何が、したいんだい?」
口から血が零れる。
心臓を鷲掴みにされたままなので、継続的な痛みが襲う。
今にも意識を失いそうだけれど、聞かなくてはならない。
どうして、こんな事をするのかを。
「最後に交わした、姉さんとの約束。私と姉さんは、二人で一人。そう、二人で一人なの。だから、ね?一つに、なろうね」
そう微笑んだノルンから、闇が零れ出す。
そして、その闇が私を包んだ。
アーネストとアリス姉さんの悲痛な叫び声と表情が、脳裏に焼き付いて離れない。
なんとか振り払おうとするが、身動きもとれず、あらがう術も無かった。
抵抗空しく、私の意識は闇に溶けた。




