88.ユグドラシルとイグドラシル
時は世界樹が出来る前にまで遡る。
"ラース"それがこの世界の総称。
地上、その空に存在する天上界、地上の地下に存在する冥界。
そして、天上界の更に上に存在する神々の住まう世界、神界。
神界では、地上についての話が行われていた。
「このままでは、地上は滅亡に向かって秒読みといった所ですね」
そう言うのは、神界で"ラース"創造に関わる一神、ロキである。
「そうですね……地上がまさか、ここまで生物の生きる環境に適していないとは予想外でした」
応えるのは同じく、"ラース"創造に関わる一神、女神ユグドラシル。
「と言ってもねぇ。私が魔法使えたから、てっきり皆使える物だと思ってたのよー?」
「マーガリン基準で人を増やしたら、神々の世界浸食されちゃうでしょー!?」
言い合うのは原初の人間、のちに仙人の最初の1人と呼ばれるマーガリンと、精霊王アリスティアである。
「姉さん、イザナギ様とイザナミ様はなんと仰られていたんです?」
問いかけるは魔王イグドラシル。
魔族の頂点に立つ存在だ。
「イグドラシル……。創造神様達は、見捨てても良いとされました。もう一度、創りなおせば良い、と……」
悲しげに言うユグドラシルに、イグドラシルもまた、悲しそうに表情を歪める。
ただ、この時の想いは異なる。
ユグドラシルは世界に生まれた者達を慈しみ、悲しんだ。
対してイグドラシルは、敬愛するユグドラシルが悲しんだから、悲しんだのだ。
女神と魔王という種族の違いはあれど、この二人は姉妹として創造された。
創造神イザナギが男性の神であり、創造神イザナミが女性の神。
男女一対の神なのだ。
ユグドラシルとイグドラシルは、創造神のプロトタイプとして創られた神であった。
だが、何故か姉妹になってしまったのだ。
創造神であるイザナギは悩んだが、仲の良い姉妹を見て創りなおすのをやめ、そのまま存在する事を許した。
対して同じ創造神であるイザナミは、この二神の事を大層気に入り、ずっと自分の宮殿へ呼び続ける程だった。
他の神々に示しがつかないからと、イザナギに何度も窘められている程だ。
「ですが、私はそれを良しとは思いません。確かに、地上を創ったのは私達です。生物を創ったのも然り。それを、もはや滅亡の道しかないからと、斬り捨てる事はできません」
そう強い意志を込めた瞳で周りを見渡し、言うユグドラシル。
「でもユーちゃん……今地上は魔法の使える者と使えない者とで争っていて、使えない者はそのうち全滅しちゃうと思うよ?大地も死んでるし、水も汚染されてる。作物は育たないし、動物も増えない。正直詰んでると思うけどなぁ……」
「そうですね……このままでは、そうなるでしょう。でも、原因を一つ一つ考えれば、何かが有れば、救えると思いませんか?」
「「「何か?」」」
この場に居る全員の視線を受けて、ユグドラシルが答える。
「この神々の世界に有って、その下にある世界にはない物。マナです」
「いやいや、それは無理だよユーちゃん!精霊王の私だって、地上じゃ存在できないよ?」
「ええ、分かっていますアリス。ならその地上で、絶えずマナを供給できる存在が居たら、どうですか?」
「それ、は……確かに、マナが有れば大地は甦るだろし、水も綺麗になる。生物が生きるのに適した世界になるけど……でも、そんな事できるの?」
「ええ。私という存在を、世界中へ届ける。地上を元に、全ての世界へ。そうですね……イメージとしては、木、でしょうか。世界に根を張る木……世界樹なんてどうでしょう?」
と曇りない笑顔で言うユグドラシルに、反対の声が上がる。
「今まで黙って聞いておったが、妾は認めぬぞ。それはつまり、お主を生贄に救うという事であろうが!」
そう大声で言うのは、ミレニア。
吸血鬼の真祖である。
「違うよミレニア。私は死なない。皆と一緒に生きるよ?」
その言葉に、反対の声が更に上がる。
「私もミレニアと同意見ですね。ユグドラシル、大切な親友である君を、有象無象の輩の命と同価値と見ろと?馬鹿馬鹿しいですね」
「ロキ……」
「先に言っておきますよユグドラシル。私は、君が世界を救ったのなら、その世界を壊す。君を取り戻す為にね。だが、君の守った世界を私自身が壊すのも心苦しい。だから、私も創造しましょう。"ソレ"が世界を喰らう。覚えておきなさい」
もう話す事は無いと、ロキは去って行った。
「まったくロキは、言うだけ言って。ごめんねユグドラシル。後で私からも言っておくから」
「ありがとうマーリン」
のちに、マーガリンとアリスティアは、ロキの放った厄災の獣"フェンリル"と戦う事になる。
ユグドラシルの守った世界を守る為に。
ユグドラシルの守った世界を壊し、ユグドラシルの魂を解放する為に。
「ユグドラシル姉さん、もしかして女神の力を全て、この世界に注ぎ続けるつもりなの……?」
「ええ、イグドラシル。私のマナの量なら、それができるから。私はね、この"ラース"が大好きなの。滅んでほしくない……だって、私達の大切な子供達でしょう?」
そう笑顔で言うユグドラシル。
「なら、私も半分受け持つよ。女神としての力を全て使ってしまったら、ユグドラシル姉さん自体は、人間と変わらなくなっちゃう。だったら、それを守る存在だって必要でしょう?私は、姉さんを守りたいの」
イグドラシルは、昔からユグドラシルの事に関してだけは、言っても聞かない子だった。
だから、駄目と言っても、そうするだろうという事をユグドラシルは理解していた。
なら、言っても聞かないのなら。
せめて、受け止めてあげよう、お礼を言ってあげようと思った。
「……ありがとう、イグドラシル。私達は、二人で一人。ずっと、一緒だね」
その言葉に、飛びきりの笑顔を向けて、イグドラシルは言う。
「うん!ユグドラシル姉さん、ずっとずっと、大好き!」
抱きついてくるイグドラシルを、優しく抱きしめるユグドラシル。
「後は、任せるねリンスレット。私の座は、貴女に託すから」
「……分かったよイグドラシル。けど、私も辛いって事、忘れないでくれ」
「ごめんねリンスレット」
その後、地上に大きな世界樹が誕生する。
海の向こうにはもう一つの大陸が生まれ、その空にもまた、世界樹が誕生した。
それから数千年、大地は恵みに溢れ、生物が生きやすい環境となった。
マナが世界に溢れ、魔法が使えない者でも、魔術が使えるようになった。
また、マナに触れる事によって魔法を使えるようになる者も増え、生活の基盤にマナを使う事も多くなり、マナは生きる上で無くてはならないものとなっていった。
時が流れ、マーガリンがユグドラシルともう一度会えないか試行錯誤していた時。
体だけは創れたのだが、魂がどうしても無理だった。
だから、ユグドラシルの体に定着しそうな魂を呼ぶ事にした。
そうして召喚されたのが蓮二。
現代日本で生きていた、三十五歳のおっさんであった。
ただ、そのままでは精神が定着しない。
そこでマーガリンは、魂を二つに分けた。
一つは、その体をそのままにこの世界で生きれるように。
そしてもう一つの魂を、世界樹の体に入れたのだ。
この世界に魂の半分が定着している事によって、もう半分も世界樹の体に定着するようにしたのだ。
結果は上手くいった。
その際に、色々と手を加えてはいるのだけれど。
それから、この二人の物語が始まったのだ。




