86.休憩時間
「蓮華さん、アーくん、多分私はここに戻ってこないと思う。会場で、見てるからね」
そう言って中央へ向かうアリス姉さん。
思わず呼んでしまう。
「アリス姉さん!?」
「アリス!?」
でも、その声には答えず、儚げに笑って、光に包まれ、アリス姉さんは闘技場へ転送されていった。
「アリス姉さん……」
私は、馬鹿だ。
アリス姉さんは、私と以外戦えない、それを分かっていたのに……。
アリス姉さんの気持ちを考えず、手加減を頑張ってねなんて言った、少し前の自分を殴ってやりたかった。
きっと、アリス姉さんは負けるつもりなんだ。
だって、戦えば生徒達を殺してしまうかもしれない。
それを、私だって明先輩のお蔭で学んだのに。
アリス姉さんが、それに気付いていないわけがない。
馬鹿だっ……!私は、大馬鹿だっ!
「……蓮華、思いつめるな。アリスは、お前を悲しませたくてああ言ったんじゃないと思うぞ」
そうアーネストが気遣ってくれる。
だけど、私は……。
「それにさ、多分アリスは……分かってたんじゃないかな。それでも、お前と居たかった。だから、ギリギリまで傍に居れるように、参加したんだよ。きっとさ」
分かってる。
そんな事、分かってるんだ。
アリス姉さんは、どこまでも純粋に、私を大事にしてくれるから。
だからこそ、そんなアリス姉さんの心に気付けなかった自分に腹が立つ。
「大丈夫さ。アリスは……俺達の想像もつかないくらい、凄い奴だ。きっと、なんでもないように戻ってくるさ」
「……うん。ありがと、アーネスト」
それから、しばらくして。
光が現れる。
光が解けたその先には、いつも通りのアリス姉さんが、こっちを見て笑ってくれた。
私とアーネストが駆け寄る。
「速い、速いからねアリス姉さん!?」
「ったく、なーにが戻ってこないだよ!心配させる事言うなよなアリス!」
二人して詰め寄る。
そんな私達に、アリス姉さんは言ってくれる。
「ごめんね蓮華さん、アーくん」
そうして抱きついてくるアリス姉さん。
良かった、アリス姉さんが戻ってきてくれて。
抱きしめ返した私は、そんな事を考えていた。
だけど。
「よっし、これで俺の相手はアリスだな!楽しみだぜ!」
なんて空気読まずにアーネストが言うので、横腹を抓ってやった。
「いでぇ!?蓮華!地味に痛いからなそれ!!」
「あはははっ!」
アリス姉さんが笑う。
それだけで、私は嬉しかった。
「ごめん、アリス姉さん。私、アリス姉さんが手加減をできないの、分かっていたのに……分かってたつもりになってた……」
だから、謝る。
アリス姉さんが気にしない事は分かってる。
だけど、謝りたかった。
ただの自己満足の為の謝罪。
「うーん、それじゃ、今度私の買い物に付き合って!それでチャラにしてあげる!」
そんな、優しい事で許してくれるというアリス姉さんに笑う。
あ、そうだ。
「それじゃアーネスト、その時に荷物持ちな」
「おまっ!?あれ覚えてたのかよ!?」
忘れるものか。
あの王覧試合の大将戦。
お前のせいで顔が広まったんだからな。
「なになに!?何の話!?」
なんてアリス姉さんが聞いてくる。
「それじゃ、お昼まで時間があるし、食事取りながら話そっか。アーネストもそれで良いか?」
「あー……そうだな。少しだけ待っててくれるか?」
「了解、そこでアリス姉さんと待ってるよ。出たら皆に捕まりそうだし」
「はは、分かった。できるだけ急いで戻ってくるよ」
そう言って、走って行ってしまった。
「それじゃアリス姉さん、いつの間にか腕につけてる腕輪の事も含めて、聞いても良いよね?」
と笑って言ったら、笑みを引きつらせるアリス姉さん。
「あは、は。なんか笑顔が怖いよー蓮華さん?」
そんな事ないよ?と思いながら、少し移動して、話を聞く。
そっか、母さんが……。
それに、カレンに対する好感度が爆上げ中だ。
今度何かお礼をしよう。
そんな事を考えていたら、アーネストが戻ってきた。
「お待たせ蓮華、アリス」
「大丈夫、あんま待ってないよ」
「だねー、早かったけど、何か新情報とかあるー?」
アリス姉さんの問いに、意外な答えが返ってきた。
「ああ。なんでも、いつもに比べて予選が早く終わりすぎたらしくてさ。昼からの戦いの前に、予選敗退の奴らでまた戦いをする事になったみたいだぜ」
私もアリス姉さんも、滅茶苦茶早かったもんね。
そういえば忘れてたけど、ユリィ君って誰と一緒のブロックだったんだろう。
私とだったら、ごめんね。
と心の中で謝っておく。
「ま、俺達は気にしてもしょーがねーし、地下のレストランに行こうぜ。そこなら、選手しかこれねーから落ち着いて食えるだろ」
その提案に是非もなく頷く。
そして着いたその場所は、校舎にあるレストランと何も変わらなかった。
ここの施設、お金かけすぎじゃなかろうか。
適当に選んで、席へ座る。
アリス姉さんはいつも通り私の+αで、アーネストはラーメンにしていた。
「お前、昼から戦いなのに、ラーメンて……」
「良いじゃねぇか、美味いんだからさ」
そう笑うアーネストに、もう何も言うまい。
「アーくん、ちょっと頂戴?」
「おぅ、良いぜー。小皿それで良いか?」
「うん、大丈夫だよー」
なんて微笑ましいやりとりをしてる二人。
なんか悔しいから、アリス姉さんのお皿から、また卵焼きをフォークで刺す。
「にゃー!?蓮華さん、また卵焼きぃ!?」
実は、アリス姉さんは卵焼きが大好物なのだ。
うん、それを知ってて取る私は極悪非道だろう。
でも、アリス姉さんはこんな事をしても、笑って許してくれる。
「しょうがないなぁ蓮華さんは。でも、ウインナー貰うからね!」
ぎゃー!私の好物を取られてしまった。
訂正しよう、ただでは転ばない、それがアリス姉さんだ。
そんな私達を見て、アーネストが笑う。
「ははっ!お前らホントお子様な!」
なんて言うので、ラーメンの中に入っているチャーシューをフォークで突き刺して取る。
「ぬぁぁっ!?蓮華、お前!?」
「ふふん、お子様ですから」
「ならお前のウインナーを」
と言わせ終わる前に、防御する。
「くぁー!取れねぇ!!」
なんてアホなやり取りをしながら、昼食を取る私達。
周りには誰も居ないから、貸しきりだ。
きっと今頃、予選で負けた人達は戦っているんだろう。
「蓮華、昼一でお前とノルンの戦いだ。勝敗云々はとりあえず置いておくけど、もし危険だと思ったら、迷わず逃げろ、良いな?」
急に真面目な事を言いだすアーネストに苦笑する。
「うん、分かってる。まぁ、大丈夫だと思うよ?」
「蓮華さんはもぅ……。危機感が足りないんだからー!」
なんてアリス姉さんが怒ってくるけど、私はそんなに危ない事になるとは思っていない。
ノルンとだって、話せば分かるはずだ。
そう、思っていた。
でも、相手はノルンじゃなかったのだ。
私はこの違いに、その時になるまで気付けなかった。
闘技大会準決勝第一試合、ノルンとの戦いまで、あと少し……。
私は、アーネストにアリス姉さんとの穏やかなこの時間が、とても心地良かった。




