85.闘技大会予選Dブロック
-アリスティア視点-
アーくんはまるで、買い物にでも行ってきたかのような気軽さで戻ってきた。
うん、それでこそ蓮華さんを守るって豪語するだけの事はあると思う。
生半可な実力者に、蓮華さんを守るなんて言えない、言わせない。
私は、生を諦めてた。
もう、このまま外に出る事はないと、思っていた。
だけど、蓮華さんが救ってくれた。
最初に会った時に、男性の姿なのに、私が男に見えてるの?なんて聞いてくるので、内心ビックリしていた。
でも、話を聞いて、すぐに分かった。
ああ、ユーちゃんの生まれ変わりなんだ、と。
ユーちゃん事、ユグドラシル。
それは、世界樹に成る前の私達の親友。
心優しい、穏やかな女性だった。
この世界の為に、その身を犠牲にした親友。
私は、私達は拒絶した。
ユグドラシルを生贄になんてしない、と。
でも、彼女は寂しそうな表情をして、こう言った。
「ありがとう、私の事を想ってくれて。ありがとう、私の為に悲しんでくれて。私は、生贄なんて思ってないよ?私は、皆と永遠に生きれるの。姿が、記憶が、無くなっても。私の魂は、皆と一緒。ずっと、一緒。だからね、泣かないで?」
私は零れ出る涙を止められなかった。
そんな私を優しく抱きしめてくれた。
それが、私とユーちゃんの最後の記憶。
マーガリンにロキ、ミレニアにリンスレットが、ユーちゃんと最後に何を話したかは知らない。
ユーちゃんの事を本当に慕っていたイグドラシルは、ユーちゃんの負担を少しでも減らす為に、自身もそう成る事を告げる。
地上のユグドラシル、魔界のイグドラシル、その形をとると告げた。
はじめ、全世界を覆うつもりだったユグドラシルは、その言葉を聞いてから、微笑んでありがとうと伝えていた。
意外だった。
てっきり、貴女は生きなさいとか言うと思っていたから。
でも、違ったんだと今の私は分かる。
ユーちゃんは分かっていたんだ。
例え自分が断っても、ダメだと言っても。
イグドラシルは、聞かない事を。
ならせめて、最後の想いを認めてあげようとしてあげたんだと思う。
あきれるくらい、妹の事が大好きなお姉ちゃんだったから。
あきれるくらい、姉の事が大好きな妹だったから。
今なら、分かる。
私も、お姉ちゃんになったから。
ユーちゃん、今度は私が守るよ。
親友としてじゃなく、お姉ちゃんとして。
蓮華さん、守るから。
だから、見守っていてね。
私は絶対、蓮華さんを守るから。
「アリス姉さんなら余裕だと思うけど、手加減を頑張ってね?」
ふいに、そんな事を言ってくる蓮華さんを見る。
ユーちゃんとは髪の色が違うけど、目の色は同じエメラルドグリーンの瞳。
腰まで届く黒髪は、風に揺れて綺麗だ。
優しい雰囲気はそのままに、温かい気持ちにさせてくれる蓮華さん。
今も首を傾げて、どうしたの?という態度が可愛らしすぎて、抱きしめたくなる。
「むぅ、私も手加減くらい余裕なんだからね蓮華さん!」
嘘だ。
実を言うと、私は蓮華さん以外に手加減が未だにできない。
日常生活は問題ない。
だけど、いざ力を使うという事になると、本当に力を出しすぎてしまう。
ブレーキが壊れているという表現が正しいのかもしれない。
アクセルを踏んで、スピードを出しすぎたかな?とブレーキで緩める行為、それができない。
アクセルを踏みっぱなしになってしまう。
なら、アクセルを踏むのをゆっくりするのはどうか。
それもできない。
アクセルを踏んだら、いきなり最高速度近くまで出してしまう感じというか。
私にとって手加減とは、刃で出来たピンセットで、小さな柔らかい物を切らずに挟む行為に近い。
「なぁ蓮華、お前と戦ってる時のアリスは手加減出来てたじゃねぇか。何がそんなに不安なんだ?」
アーくんの疑問はもっともだろう。
でもその言葉に、蓮華さんは気まずそうに目を逸らす。
「その、アリス姉さんの手加減って、私限定なんだよ……」
その一言で察したアーくん。
「あー……。その、殺さないでくれよ?」
「失礼なー!!」
苦笑する蓮華さんとアーくんに私はそう言うけれど、正直自信が無い。
なので、私は決めていた。
私は負ける。
戦わない。
蓮華さんの横に居れたらそれで良いから。
だから、笑顔で言う。
「蓮華さん、アーくん、多分私はここに戻ってこないと思う。会場で、見てるからね」
そう言って中央へ向かう。
「アリス姉さん!?」
「アリス!?」
二人が呼びかけるけど、それには応えない。
だって、私が戦うわけにはいかないから。
私の力に耐えられる人なんて、きっとこの学園には居ないから。
そして、中央に辿り着いた私は、笑顔で二人を見て、光に包まれた。
二人は驚いた顔をしていたけど、ごめんね。
ワァァァァァァッ!!
物凄い歓声が聞こえる。
二人もここで戦ってきたんだね。
ふふ、私も二人とここで戦ってみたかったなぁ。
審判のカレンちゃんの話を聞いてから、一番端へ移動する。
すぐに場外へ落ちれるように。
そうすると、意外そうな顔をされた。
「アリスティア様は、端へ行かれるのですね……?」
その顔は、単純に不思議だったのだろう。
だから、教えてあげる事にした。
「うん、私は負けるつもりだからね」
小声で言ったのだけれど、意外と響いてしまったようだ。
「どうして、ですか?」
「……私はね、戦えないから」
その言葉に、反応した者がいた。
「なんだよ、あの蓮華様にアーネスト生徒会長と親しくしてるから、どれ程の方かと思ったら……ただの小心者かよ」
私が何かを言う前に、カレンちゃんが口を開いた。
「お黙りなさい。この方を侮辱する者は、程度が知れますわよ。貴方ごときが侮辱して良い方ではありませんわ」
わぁーお。
審判なのに、私に肩入れしちゃって良いの。
カレンちゃんから言われたそいつは、震えながらも続けた。
「事実じゃないですかカレン様!戦えないとか、弱いって事でしょう!?」
その言葉を聞いたカレンちゃんの表情が、刃のように鋭くなり、相手を睨む。
あれー、私に言ってるのに、なんでカレンちゃんが怒るんだろう。
「無礼な。このお方は、あの蓮華お姉様の姉上様ですよ。そして、蓮華お姉様の敬愛するお方です。そんなお方に、よくそのような口を……貴方ごとき、今すぐここで私が片づけても良いのですけれど……それではアリスティア様の汚名が晴れませんわね」
そう言って、一つの腕輪を取り出した。
「この腕輪は、魔道具です。凶悪犯を無力化する為だけに作られた、『殺さずの腕輪』というアーティファクト。アリスティア様、ご無礼をお許しください。この腕輪を一時身につけ、戦う事はできませんか?」
そう優しい表情で言ってくれたカレンちゃんに、頭が下がる思いだ。
「しょうがないなぁ……。良いよ、カレンちゃん。つけてくれる?」
そう笑顔で言ったら、はい、かしこまりましたって可愛い笑顔で言って、つけてくれた。
そして……分かる。
この腕輪は、マーガリンが創ったものだ。
どうして、これを……。
「私がここに臨時講師として来る事が決まった時に、王宮にマーガリン様がいらっしゃられたのです。その時に、必要になるかもしれないからと、受け取っておりました。お渡しする機会を逃し、今になってしまった事をお詫び致しますわ」
先ほどとは違い、小声で私にだけ聞こえるように言ってくれる。
そっか、私は蓮華さんの修練にずっと付き合っていたし、初めて会ったあの時は、準備できていなかったんだろうね。
「ありがとう、助かったよカレンちゃん」
そうニッコリと笑ってから、さっきの奴に向き直る。
「それじゃ、遊んであげるね!」
先程までとは違い、打って変わってやる気の漲っている私に、皆驚いているのが分かる。
「会場の皆様、お待たせ致しました。これより、予選の最終戦Dブロックの試合を開始致しますわ!」
カレンちゃんが、そう告げた。
ふふ、力を出しても殺さないで済むなら、やっちゃうかー!
剣に風の魔力を込めて、一薙ぎする。
巨大な風の刃が、平行に飛んでいく。
そう、闘技場に集まった生徒達を吹き飛ばしながら。
あ、あれぇ。
しゃがんでギリギリ避けた生徒達が数名、残った以外、ほとんど居なくなってしまった。
開始数秒でこんな事態になっちゃって、困惑する。
「う、嘘だろ……」
「あんな、なんでもないように剣を振るっただけで、あんな巨大な風の刃を放出する事ができるの……!?」
あちゃー。
もっと遊ぶつもりだったのに、ほとんど居なくなっちゃった。
なら、残った人で試しちゃおうかな!
そう思って残りの人を見て笑う。
うん、それがダメだったのかなー。
「し、審判!降参します!!」
「お、俺も!」
「私もです!!」
残った数名が、全員降参してしまった。
なんでー!?
「ふふ、仕方ありませんわね。残った選手達の降参により、予選Dブロック通過者、アリスティア=フォン=ユグドラシル!」
ワァァァァァァッ!!
凄い声に耳を塞ぎたくなるけど、我慢する。
「アリスティア様、アーネスト様との戦いでは、外しても構わないと思いますわ」
そう告げて、私から離れる。
良い子だね、蓮華さんが認めただけの事はあるよ。
そして、体が光に包まれて、地下に戻る。
そうしたら、二人が駆け寄ってきた。
「速い、速いからねアリス姉さん!?」
「ったく、なーにが戻ってこないだよ!心配させる事言うなよなアリス!」
二人の言葉や態度が、嬉しかった。
「ごめんね蓮華さん、アーくん」
それだけ言って、蓮華さんに抱きつく。
これで、予選はおしまい。
お昼からは、いよいよ準決勝第一試合が始まる。
そう、蓮華さんとノルン、運命の対決が、始まるんだ。
-アリスティア視点・了-




