7.修行再開
翌朝。
チュンチュンと小鳥の鳴き声が聞こえる。
「うぅん……」
目が覚める。
意識が徐々にはっきりしてくる。
そうか、勝ったんだ。
その現実感が、少しづつ湧き上がってきた。
隣のベッドでは、アーネストがまだ寝ていた。
起こすのもなんだし、身支度を済ませてしまおう。
カーテンを閉め、着替える。
女性物の下着には最初抵抗があったものの、マーリン師匠につきっきりで指導され、今は普通に着こなせている。
とはいえ、男であった時の感覚が抜けないせいか、隙だらけだそうで、マーリン師匠ではなくロキさんから怒られたりする。
理不尽だ……。
着替え終わり、カーテンを仕舞うとアーネストが目を覚ました所だった。
「おはよ蓮華。眠れたか?」
なんて聞いてくる。
眠れたよと返し、洗面所へ。
2階にも1階にもある洗面所というのはどうなんだろうか。
「なぁ蓮華、俺達卒業試験に合格したんだよな?ぶっちゃけ、マーリン師匠より強くなったとは思わないけどさ、それでも合格したんなら、もうオーブの取り換えに行っても良いんじゃないか?」
……確かに。
さっさとオーブの事を終わらせてしまいたい気もするし、すぐ旅立つのはダメなんだろうか。
歯を磨いていたからなのだが、沈黙を察したのか、言ってくる。
「今日から旅立てるか、マーリン師匠に聞いてみようぜ」
考えていた事は同じようだ。
同意しつつ、下へ降りる準備をする。
アーネストはそのまま降りるみたいだ、羨ましい。
何がとは言わない。
「「おはようございます、マーリン師匠」」
と言ったら、一瞬驚いた表情をしたマーリン師匠だったが。
「うん、おはようアーちゃん、レンちゃん」
と返してくれた。
これで良いのだ。
また普通の一日が始まるだけなんだから。
と思っていたら。
「でも、やっぱり言わせて?ありがとう。私が今生きているのは、間違いなく二人のお蔭なんだからね」
と、言ってくれた。
私達は当たり前の事を当たり前にしただけだと思っているので、軽く笑って答える。
「二人が生きててくれて、嬉しいです」
一瞬で抱きしめられたのは言うまでもない。
そんなやり取りをしていたら、ロキさんがもう片方の階段から降りてきた。
「おはようございますマーガリン師匠。それに二人共、疲れはとれたみたいですね」
「「おはようございますロキさん!」」
「マーリンっていい加減呼んでくれても良いのよロキ……」
なんて相変わらずの事を小声で言っていたのを、私は聞き逃さない。
まだ諦めてないんだ。
なんて思いながら、椅子に座る。
すでに料理がテーブルに並べてあった。
「マーリン師匠、早起きしたんですね。俺、起きたばっかりだけど、腹ぺこで」
笑いながらアーネストが言う。
若くなったからか、食欲旺盛になったのだと思う。
「ふふ。それじゃ食べようか。いただきます」
「「「いただきます」」」
そして食事が始まった。
取り留めもないいつもの軽い雑談を交わす。
そんな中で、昨日の3つの球を取り出す。
3つな事から、多少予想はしているのだが。
「マーリン師匠、昨日の厄災の獣を倒した場所に、この球が3つ、落ちていたんです。何か分かりますか?」
と聞いてみた。
マーリン師匠は笑みを崩さず答える。
「うん、それが最初に話した取り換えるオーブでね。それに世界樹のマナを込めて、各地の台座に安置されているオーブとアーちゃんが取り換えるんだよ」
え?これ、厄災の獣から出てきたものだよ?
疑問が顔に出ていたのかもしれない。
すると、事も無げに話を続けるマーリン師匠。
「厄災の獣っていうのはね、オーブの穢れから、オーブが吸収しきれなかった負のマナが集まったモノ」
なんだって?それはつまり。
「ま、さか……厄災の獣って……」
「レンちゃんの想像通り。アレは長い年月を掛けて生まれた、現象に近いモノなんだ。以前、アーちゃんのような存在は居なかった。だから、私が呑み込んだ。言葉通りね。だから、今は一時的な代替え品が安置されているの。今あるこのオーブが、本物」
ゴクリ、と喉を鳴らす音が嫌に響いた。
だって、それは、マーリン師匠が……。
悲痛な表情を浮かべる私を察したのか、言葉を続けてくれる。
「レンちゃんは優しいね。ありがとう、私を想ってくれて。でもね、私は私が助かりたいからという理由でアーちゃんを召喚し、レンちゃんを創った。二人は、私を憎んでくれたって良いんだよ。どういう理由であろうと、私は二人の人生を壊してしまったんだからね」
「俺は、憎むなんてありえませんよマーリン師匠」
「私もです」
間髪入れずに答える。
「どうせあの世界で生きてても、代わり映えのしない毎日を送ってただけですから。それに比べたら、今すっげぇ楽しいんですよ。もう一人の俺と言える蓮華が居て、優しいマーリン師匠と俺達を想ってくれる兄貴みたいなロキさんが居て……」
アーネストの言葉に、私が繋げる。
「私達は今、幸せですよ。それは、間違いありません。まぁ残された家族には思う所はあれど、私が居ても居なくても変わらないと思います」
まぁ、母さんは泣いてくれるかもしれないけど。
その言葉を受け取ったマーリン師匠の顔から、一粒の涙が零れた。
しかし表情はとても柔らかな笑顔で。
「ありがとう。私は素敵な人を召喚できたのね……」
と言ってくれた。
アーネストと顔を見合わせながら、照れていると。
「兄貴、ですか。それも良いですね。アーネストは兄貴と、蓮華はお兄様と呼ぶというのはどうです?」
なんて、真面目な顔をして聞いてくるロキさん。
その言葉にアーネストはもちろん!と元気よく返事をしているが……。
「お、お兄、さま……?」
私はもう顔が真っ赤である。
いやだってそんなの実の兄にも言った事がない。
言ったら頭がおかしくなったのかと心配されるわ。
その態度を見て。
「「「可愛い!!」」」
とハモってくれた。
やかましいわ。
むしろそっち側にいたかったわ。
何が悲しくて言われる側に……。
あ、なんか涙出てきた。
「お、おい泣くなよ蓮華!?」
アーネストがおろおろする。
「す、すみません蓮華!悪気はなかったのですが!?」
珍しくロキさんまであたふたする。
「ロキィィ……いくらロキでも、レンちゃん泣かしたら私許さないからねぇ……?」
その背中に黒いオーラを纏ったマーリン師匠を見て、ロキさんが震えあがる。
それを見て。
「ぷっ……あはははっ」
笑ってしまったのは、仕方ないだろう。
やれやれと言った感じの表情をするアーネストにロキさん。
マーリン師匠も笑顔に変わる。
そして落ち着いてから、話を続ける。
「それでマーリン師匠。私達の修行が終わったのなら、もうオーブの事を終わらせに旅立つべきですか?」
それを聞いたマーリン師匠が。
「いやいや、確かに卒業試験は合格したけれどね。本当の修行はこれからだよ。むしろ、これからが本気の修行だと言っても過言ではないよ」
そんな真面目な顔で話をするマーリン師匠に、ゴクリと喉を鳴らす。
だってそうだ。
これまでだって鬼のような修行だったのだ。
それを行ってきた上で、マーリン師匠がこれほどまでに真面目な顔で話す修行なのだ。
一体、どれほどの内容なのか……。
ドクン、ドクン……!
心臓の音が聞こえてくる。
私は今、厄災の獣が前に居るような感覚を味わっている。
横に居るアーネストも、顔を引きつらせている。無理もない。
「次の修行はね、手加減の修行だよ」
え?
二人そろってポカンとする。
いやだって、手加減って……。
「大事な事だよ?二人とも、基準が私とロキだからか、加減が恐ろしく出来てないんだから。二人の力をそのまま外で使ったら、冗談じゃなく人が死ぬからね?」
「「……」」
もはや絶句した二人であった。
「例えば、レンちゃんが好んで使う上級魔法の『フレイムバレット』や『アイシクルジャベリン』なんだけどね」
「は、はい」
「一般の人が使うそのレベルの魔法を、レンちゃんは最下級魔法の『ファイア』『アイス』で使ってるんだよ」
「は?」
目が点である。
なんだそれは。
これは余のメ○であるとかどこぞの大魔王が言ってたアレだろうか。
「魔法に込める魔力が違いすぎるんだよねぇ。だから、レンちゃんレベルの『フレイムバレット』なんて、他の人から見たら新魔法だよ。レンちゃん魔法の名付け親になれるよ?やったねレンちゃん」
いやいやいやいや。
厄災の獣、それ受けても傷一つつきませんでしたよ?
そんな事を考えていたら、ロキさんがポンと肩を叩いてきて。
「どれだけ厄災の獣が規格外だったか、分かりましたか?」
何て言ってきた。
成程……私達の全力だったからこそ、あんなにあっけなく倒せただけで、普通なら……そこまで考えてゾッとした。
「俺は関係ないなぁなんて思っちゃダメだよ?アーちゃんだってそう。アーちゃんの剣閃は強すぎるからね?あんなの防げるの、地上じゃ少数だからね?岩を剣で斬って粉々にするのは、斬るなんて言わないからね?」
「うぐぅ……」
アーネストが両手を床についてへたりこむ。
私だけとか思ってたんだろう、ざまぁみろ。
マーリン師匠が続ける。
「魔術の強さもそう。魔術の伝導率もそうだけど、マナを取り込む魔術回路の大きさが効果の大きさに繋がるんだけど、アーちゃんには大魔道師であるこの私の回路と同じものを召喚時に埋め込んだからね。だから適応する為に若返っちゃったわけだけど、まぁそれはどうでも良いね。言っておくけれど、レンちゃんの事をとやかく言えないくらい強力だからね?」
「マーリン師匠と同じ回路とか初耳なんですけど!?あと、割と大事ですよねそれ!?」
アーネストが驚き叫ぶ。
無理もない、あのマーリン師匠と同じとか、どんだけ。
「まぁそんなわけでね。アーちゃんとレンちゃんには、手加減の仕方を覚えてもらうよ。最悪、魔力や伝導率を下げる腕輪をつけてもらうけど、今のままじゃこれでも絶対に抑えきれないからね」
「「は、はいぃ……」」
そう、言うしかなかった。
まさか、手加減の修行とか、考えてもいなかった。
異世界物なら、そういうスキルあるじゃない?
そんなのないの?って聞いたら。
「レンちゃん、漫画の読みすぎだよ?」
なんて漫画みたいな世界なのに言われた。
なんか悔しい。
こうして、私達は手加減の修行に入るのだった……。