72.大精霊・セルシウス
私を倒さなければならない、と言う彼女。
でも、最初に謝ってくれた。
つまりは、自分の意思ではない可能性がある。
無駄かもしれないが、聞かないよりは良いと判断する。
「セルシウス、私は貴女を敵とは見れない。貴女は大精霊なんでしょ?なら、仲良く出来ると思ってる」
その言葉に、目を見開くセルシウス。
だけど、すぐに目を閉じてしまった。
「そうね、私と会ったのが貴女が最初だったら……私は、貴女の大精霊で居られたのね」
目を開けた彼女は、悲しそうな表情をしていた。
私は、ノームと出会った時の言葉を思い出していた。
隷属……その言葉を。
もしかしてセルシウスは、誰かに隷属され、命令されているのではないかと思った。
そして、そんな事ができる奴を、私は一人知っている。
昨日初めて会って、いきなり襲いかかってきた彼女。
ノルン=メグスラシル=ディーシル。
私と同じ世界樹の化身である彼女なら、私より先にセルシウスと出会い、契約を結んでいてもおかしくはない。
でも、契約をするにしたって、隷属なんてっ……!
苦々しい想いに、唇を結ぶ。
そんな私を見て、セルシウスが言う。
「貴女は、聡く優しいのね。もう私の状況を理解してくれたのでしょう?そして、悔しく思ってくれている。分かるわ、伝わってくるから」
「セルシウス、貴女のその契約を解く事は出来ない?」
「これは契約ではないわレンゲ。私はただ、命じられているだけ。そして、世界樹の意思が介入して、私では逆らえないの」
世界樹の意思ってなんだ。
こんな、大精霊に人を襲わせるような命令を、世界樹が認めてるのか!
「レンゲ、ここに居る私はアストラル体。そこの子と同じよ」
そう言って、アリス姉さんを見る。
アリス姉さんは、コクンと私に頷いた。
「だから、個体としてこの世界に定着してしまっているの。私は大精霊としては異質で、人間に近い大精霊なのよ」
衝撃を受けた。
今までの大精霊は皆、姿を現したり、大気に溶けて消えたりしていた。
それができないという事は、本当に私達と差異がないという事になる。
「だから、私には他の大精霊と違って、死がある。けれど、私が死んでも、変わりが生まれる。貴女は、その子と縁を結んで。だから、私の事は気にしなくて良い」
そう、悲しげに言うセルシウス。
こんな辛そうに、未来を託す彼女を、見捨てられるわけがない。
彼女は、自分を諦め、次の自分に私と仲良くなるように言ってくれた。
それはつまり、今のセルシウスだって、私と仲良くしてくれたかもしれないんだ。
「セルシウス、私は『貴女』を諦めないよ」
「え……?」
「次の貴女に私とって言ってくれるなら、今のセルシウスだって、私と縁を結んでも良いと思ってくれてるんだよね?ううん、聞かないよ。そう勝手に思うからね。だから、私は貴女と友達になる!それを邪魔する何かがあるなら、私が、私達が取り除いて見せる!」
「レンゲ……」
「我が呼び掛けに応えよ、ウンディーネ!アマテラス!」
私の呼び掛けに応じて、二人が召喚される。
それを見て驚くセルシウス。
「レン、状況は理解しています。セルシウスの戒めを、解くのですね?」
「わらわを呼ぶなんて、分かってるね~蓮華ちゃん。呪いや戒めを解くのに、わらわ以上の適任は居ないからね~」
二人が微笑んで言ってくれる。
サラやイフリートを呼ばなかったのは、単純に弱点かなと思ったので。
ドライアドとか天敵じゃなかろうか。
「ウンディーネ、アマテラス……!?」
驚くセルシウス。
「久しぶりですねセルシウス。貴女は自分の祠から全然動かないから、そんな事になるのですよ?」
ディーネが呆れたように言う。
「そうそう、わらわ達みたいに、時々は他の場所に行かないから、特定されてしまうのよ~」
アマテラスも笑顔で言う。
なんだろう、この人達、いや人じゃないけど、緊張感の欠片もないのはなんでだろうか。
「ぐっ……五月蠅いわね!私が他の場所に行ったら、全部凍るんだから仕方ないじゃない!!」
セルシウスが叫んだ。
あれ、さっきと感じが変わってしまったんだけど。
「大体、ウンディーネは狡いじゃない!世界樹の近くにずっと行けて!私だって行きたかった!だけど、私が行ったら、世界樹の緑を、大地を凍らせてしまう!そんな事できない!だから行けないじゃない!!」
それは、心からの嘆きに聞こえた。
本当に、優しい大精霊なんだなって思った。
でも、ディーネは淡々と答える。
「そうですね。でも、レン、いえレンゲが生を受けたあの日。世界のマナが芽吹いたのを貴女も感じたはず。それですぐにとは言わないけれど、会いに来ていれば良かったのですよ」
「会ってどうなるというの!」
「レンと契約すれば良かったんですよ。レンは私達に、隷属なんて望みません。レンが私に言った言葉、なんだと思いますか?」
「……分からないわよ。人間なんて、精霊を利用する事しか考えていないし……」
クスリと笑って、ディーネが言う。
「もう友達でしょ?でしたよ。私から話しかけはしました。けれど、レンは大精霊である私に、さも当然のように友人として話しかけてくれたのです。その親しみやすさ、温かさから、私は世界樹と会話しているような気にもなりました。私はレンが大好きです。きっと、貴女も大好きになりますよ」
ディーネからの告白に、耳まで真っ赤になっているのが分かる。
なんつー事を本人目の前に言うのか!!
セルシウスは、信じられない物を見るような表情をしている。
「ウンディーネがそこまで言うなんて驚きだわ。アマテラス、貴女もそうなの?」
「そうねぇ、わらわも蓮華ちゃんの事は好きよ。ルナマリヤも気に入ってるわねぇ、むしろルナマリヤにわらわは感化されてるのかもしれないけれどねぇ」
なんてクスクス笑っているアマテラス。
でもその表情は、本当に温かい。
「……そう。それは、惜しい事をしたわね……。でも、どうしようもないじゃない。私が歩く場所は、全て凍るのよ」
確かに、今もこの場所周辺、全て氷の大地になってしまっている。
「レンと契約すれば、そんな事はなくなりますよ」
「え!?」
セルシウスが目を見開く。
「ど、どういう事!?」
と言って、ディーネに詰め寄っている。
「だからですね、契約するという事は、力の行使を契約者に委ねる事ができるでしょう?つまり、貴女が無意識に出している魔力は、レンが自身に取り入れてしまうんです。だから、漏れる事はなくなりますよ?」
その言葉に、口をあんぐりと開けるセルシウス。
うん、せっかくの美人が台無しの顔をしている。
それくらい衝撃だったんだろうけど……。
「えっと、アマテラス。とりあえず、セルシウスの隷属の戒めっていうの?解けるかな?」
と声を掛けてみた。
「大丈夫よ~蓮華ちゃん。隷属させた者と距離が離れてる上に、こんな程度の強制力なら、わらわに掛かれば1秒も掛からず~」
フワァァァッ!
あったかい光がセルシウスの全身を包んだかと思うと、周りの氷が全て溶けた。
「はい、この通り~。それじゃ蓮華ちゃん、わらわ先に家に帰るね~?また遊びに来てね蓮華ちゃん、待ってるからね~」
そう言って、やることをやって消えるアマテラス。
ホントあの大精霊はマイペースにどこかへ行ってしまうな。
この場合、帰った……そっか、あの場所を、帰る場所と思ってくれたのか。
なんか嬉しくなって、顔がにやけてしまった。
「レン、それではセルシウスを頼みますね。彼女はアストラル体ですから、私達のように召喚したり、戻したりできませんから」
そう言って消えるディーネ。
なんかまた、私なんにもしてないよ。
「え、えっと……セルシウス、私と……友達になってくれないかな?」
そう、おずおずと言うと、セルシウスは満面の笑みを浮かべて、言ってくれた。
「もちろんよ、ありがとうレンゲ!」
良かった、大精霊と敵対なんて、したくないもんね。
騒ぎが落ち着いたとみて、皆が近づいてくる。
「おい蓮華、大丈夫なのか!?」
すぐ後ろで何があっても良いように控えていてくれたアーネストに感謝しながら、伝える。
「うん、大丈夫。アマテラスが、セルシウスを縛る戒めを解いてくれたよ。それで、私と新たに契約を結んでくれたから、セルシウスも、もう友達だよ」
そう笑顔で言ったら、セルシウスが続ける。
「迷惑をかけてごめんなさい。私の意思ではなかったけれど……言い訳にならないものね。私で何か力になれる事があれば、協力するわ。改めて、大精霊・セルシウスよ。司る力は氷、よろしくね」
そう言って微笑むセルシウスは、すっごい美人で、私も思わず見惚れてしまった。
「ほ、惚れた!俺は惚れました!俺は草薙明と申します!!セルシウスさん、俺と付き合ってください!!」
「「ぶっ!!」」
私とアーネストは同時に吹き出した。
「あら、ごめんなさい。私は貴方に興味が無いわ」
「「ぶはっ!!」」
その返しに更に蒸し返す私とアーネスト。
「俺は諦めませんよセルシウスさん!必ず貴女を振り向かせてみせる!!」
「「ゴホッ!ゴホッ!!」」
もはや咳き込むレベルで笑ってる私達二人。
「だ、大丈夫アーくん、蓮華さん……」
アリス姉さんに心配されてしまった。
「あ、アーネスト。あの人何考えてんの?」
「いや、まさか俺も大精霊に告白するとか思わねぇって……」
二人してひそひそ話してたら、セルシウスが近づいてきた。
「レンゲ、私はこれからどうするべきかしら?とりあえず、私にクソな命令をしてきたあの女を締めたいのだけれど」
あっれぇ、なんか言葉遣いが凄い砕けてるんですけど。
「ふふ、レンゲにはもう素でいくから。大精霊としての威厳なんて、貴女には不要よね?」
なんて笑ってくるセルシウスに、私も笑ってしまう。
「あはは、もちろん。素で話してくれた方が、私も嬉しいよ」
お互いに微笑む私達。
「す、素敵だセルシウスさん!その表情も素敵すぎる!」
なんか一名、もはや重症じゃなかろうか。
こうして、とりあえずの騒ぎは収まった。
この後明先輩とアーネストが事態を収めてくれて(明先輩やアーネストの説明に教師達や生徒の皆は納得してくれてるようだった)
昨日寄った男女共に入れる部屋へ行く事にした。
ノルンについて、聞く為に。




