690.アーネストside61
「アーネスト!」
「兄貴っ!?」
スマホで連絡を送ってはいたが、まさか兄貴が直接来るとは思っていなかった。
「何か大事な話があるのでしょう? どの道『ワイドランド』に攻め入るのには協力すると約束しましたからね。少し、事情が変わりましたが」
「事情が変わった?」
それから、兄貴から地上や魔界、天上界にワルドモンスターってのが出現するようになったと聞いた。
これは、アクエリアスから聞いていた神島に攻めるのとは別件って事だな。
「兄貴、こっちも兄貴に話しておきたい事があるんだ。それも、誰にも話さないで欲しい。後、その話を誰にも聞かれねぇ場所でしたいんだ」
「成程。ならば直接来たのは良かったですね。こちらで話しましょうか」
兄貴が手をかざすと、簡単にゲートが出来上がる。
そこに入ると、何もない空間が広がっていた。
「これだけだと殺風景ですね。見た目だけ変えましょうか」
そう言うやいなや、白い空間が緑溢れる、まるでユグドラシル領の庭のようになった。
「実際には何もありませんが、大分違うでしょう。さて、テーブルに椅子をと。後は飲み物でも用意しましょうか」
兄貴がポンポンポンポン物を出すので、一分も経たないうちにくつろげるスペースが出来上がった。
入った時は本当に何もない白い空間だったんだけど。
「相変わらず、兄貴はすげぇな」
「嗜みというものですよアーネスト。では、話を聞きましょうか」
ゆっくりと椅子に腰かけた兄貴は、俺の目をまっすぐ見つめる。
その目は優しくて、俺の口は饒舌に話を始める。
アクエリアスの事、俺が一旦『ワイドランド』側に潜伏する事を。
全てを話し終えたが、兄貴の態度は変わらない。
「ふむ……面白い事を考えますね。ですが……少し懸念点もあります」
「懸念点?」
「ええ。まず、そのアクエリアスが本当に信じられるのか」
「それは……」
「ああ、気を悪くしないでくださいねアーネスト。アーネストの目は私も信じていますよ。あくまで最悪の場合を想定しておく、程度のものです」
兄貴の言う事はもっともだと思う。
だけど、俺は直接アクエリアスと戦って、話して、信じられると思った。
だから俺は、アクエリアスが嘘を言っていないと信じた上での行動をするつもりだ。
仮に嘘で裏切られたとしても……それならそれで、俺の見る目が無かっただけの事……では済まないんだけど、その際は家族を遠慮なく頼ろうと思う。
「そして、話の中に出てきた四聖天メシア……いえ、死の聖なる天魔と称する死聖天ファルネウス。それが真の名のはずですが、彼女が仮に敵ならば……今の蓮華やアーネストですら、厳しい戦いになるでしょう」
「!!」
「逆に言えば、彼女が味方であるのならば、ヴィシュヌとの戦いでこの上ない戦力となってくれるでしょう」
「兄貴がそこまで認めてる奴ってのも珍しいな。アクエリアスが、残りの四聖天三人でも勝てないって言ってたけどさ」
「フ……そうですね。彼女とは数度、戦った事があります。続けていれば、おそらく……どちらかが死んでいたでしょう」
「なっ!?」
「とりあえず、事情は理解しました。その世界に行った後も、私とは連絡を取れるようにしておきましょう。ヴィシュヌの目を警戒しておいたのは正解ですよアーネスト。大丈夫、この私の力をもってすれば、秘密裏に事を進めるなど造作もありません」
「ははっ……流石兄貴だぜ。俺が一番信頼してるのが兄貴だからさ、兄貴だけには伝えておこうと思ったんだ」
「フ……」
「おわっ!? 兄貴! くすぐってぇってば!」
椅子から立ち上がった兄貴は、俺の頭をグシャグシャと撫でる。
「まったく、貴方は可愛い弟で困る。任せなさいアーネスト、仮に失敗をしても私がフォローしますからね。やりたいようにやると良い」
兄貴は頭を撫でながら、優しい笑顔でそう言ってくれる。
もう頭を撫でられて嬉しくなるような、そんな歳じゃねぇんだけど……それでも兄貴にそうされると嬉しい自分も居て、変な感じだ。
「そんじゃ兄貴、この後神島で知り合った奴らに『ワイドランド』の事を話すつもりなんだけどさ。兄貴も一緒に居てくれんの?」
「そうですね。しばらくは共に行動しましょうか」
「マジで!? やったぜっ!」
兄貴と一緒に外でいられるのってめっちゃレアな気がして嬉しいぜ!
「フ……そう嬉しそうにされると、こちらも嬉しくなりますねアーネスト」
「ははっ! だって嬉しいからさ! そんじゃ、空港に戻ろうぜ兄貴!」
「ええ、分かりました」
またゲートが出来上がったので、くぐると元居た場所へと戻った。
間違いでなければ、入る前と全く一緒だ。
「兄貴、もしかしてさっきの中だと時間経ってねぇの?」
「ええ。その方が良いでしょう?」
「そりゃそうなんだけど……はぁ、兄貴はやっぱすげぇわ」
事も無げに凄い事をしている兄貴に脱帽する。
蓮華もすげぇんだけど、兄貴はそれを上回る。
強さとかそう言うんじゃなくて、いやそれもなんだけど、なんでもない事のようにするのがもう凄いとしか言えねぇ。
「では行きましょうか。案内は任せて良いのでしょう?」
「!! ああ、勿……」
「アーネスト殿ぉ……我をずっと無視しないで欲しいでゴザルよぉ……!」
「あっ! り、リオ!」
兄貴が来た事ですっかり存在を忘れてしまっていた!
「す、すまねぇリオ! いや兄貴が突然来たから、すっかり忘れてて!」
「うぅ、酷いでゴザル。アーネスト殿の兄上殿の美しさと存在感からすれば、我なんて道端の石ころレベルですけどぉ!」
「いやいやリオも十分可愛いって! 本当に! ただ、ちょっと忘れてただけで!」
「前後の落差が酷いでゴザルぅ!?」
俺は本気で忘れてただけだけど、兄貴は多分気付いてて放置したと思う。
基本、兄貴は俺や蓮華以外への対応が雑なんだよな……。
まぁゲートの中に居た時間がここでの時間で経っていないわけだから、待たせてはいないのが救いか。
初対面ではないし、雑談はそこそこに二人を引き連れてホテルへと向かった。




