687.蓮華side58
「とりゃぁぁぁっ!!」
「おお、蓮華様は流石デスネ! ウチも頑張りマス! ソリャァァァ!!」
私とサスちゃんは今、大量に生えていてもはや森になっている辺り一面を伐採している。
この世界はラースや元居た世界とは根本的に土台が違う事が判明した。
まず第一に環境。
生命の存在条件というのが元の世界では常識としてあった。
一つ、液体の水。
一つ、自分の体を作る有機物。
最後に生命活動に不可欠なエネルギーが存在する環境である事の三つだ。
まず一つ目の水、これがすでにこの世界では異常だった。
もう一つの有機物は問題ないし、エネルギーも問題ない。
なのでこれらの条件の中で、問題のある水だけを解決すれば良い……なんて簡単な事ではなく。
まず人が生きられる条件に、気温の問題がある。
寒すぎても暑すぎても人は生きていけない。
道具で多少暑さ寒さの対策が出来るとしても、大体マイナス50℃から50℃の間でないと生きていけない。
更には衣服や食料、水分に塩分が豊富に利用できる事も含まれてくる。
これら全てが、この世界では満たせない。
まず太陽なんて便利なモノが、この世界には無い。
一応光はあるものの、空は紫色だし温度は30℃前後の蒸し暑さかと思ったら、急にマイナスの温度に変化したりする。
日本人だと春夏秋冬で温度差に比較的慣れている部類だけれど、一日のうちで何度もそんなに温度が変わったら流石に体調を崩すと思う。
そしてこれが一番マズイのだけど、重力が地球から判断して10倍はある。
兄さんは元より、私も慣れているので気付かなかったが、普通の人はこの世界で生きていけないと思う。
後、動物も無理だよねこれ。
これは無理があるかなと諦めかけたその時、原因がこの辺り全てに生えている木である事が兄さんにより判明した。
この木、名前はまだない。ので私が勝手に重木と命名した。
この重木、周りに重力場を発生させるのだ。
それが密集している為、全ての場に重力が発生しているらしい。
サスちゃんによると、
「あー、この世界最初は何もかもが浮いてたんデス」
との事で、宇宙空間のような世界だった模様。
それを、この重木が出す重力場の影響を利用して、大地を作る事に成功したんだとか。
なのでこの世界では、元居た世界で有名だった万有引力の法則とか、ニュートンの法則が適用されない。
まぁ小難しい話は置いておいて、今は間引きをしているのである。
庭木の剪定の拡大版とでも言おうか。
要は重力場を減らして掛かる重力を減らしてしまおうというわけである。
全部刈り取ってしまうと全て浮いてしまうので、ほどほどに。
後、この木食べると美味しいらしい。
あんまり食欲が出る見た目ではないのだけど。だって茶色いし。
水の浄化は一度ラースに戻ってから、ディーネに方法を聞いてくるとして、その他の今やれる事をしていっている感じだ。
サスちゃんも手伝ってくれている事もあって、いや私が手伝っているのか? とにかく、秘密基地みたいな拠点を魔法で創り終えた後、その周りを見晴らしが良くなるように。
刈り続ける事一時間程で、随分とスッキリしたと思う。
「ウチ、肉体労働したの久しぶりでぇ、足腰がヤバいデス。悲鳴あげてマス」
「……『リフレッシュ』」
「お"ッ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!? か、体が軽いデスッ!?」
傷を癒す『ヒーリング』系の光魔法とは違い、『リフレッシュ』はスタミナや体力を回復させる日属性魔法である。
アマテラスの力だけど、この力を使うと常時全開で戦えるみたいなものだ。
まぁ戦ってる最中に使える力じゃないのだけど、少し休憩する時間というか、会話できる時間を挟めたら回復出来ちゃうんだよね。
割とチートな力じゃなかろうか。日属性は扱える人が希少なのは、その為かもしれない。
「流石は蓮華様、人を生かすも殺すも自由自在なのデスね。そこに痺れる憧れるぅ!」
……なんかサスちゃんに信仰に近い何かの目で見られている気がするけど、気にしない方が良いよね。
「蓮華、それにサイサリス」
「兄さん!」
「ハヒッ!」
兄さんが空から降りてきた。
相変わらずサスちゃんは兄さんを前にすると挙動不審になるけど、兄さんからの殺気はもうない。
「とりあえず、この世界の温度が安定するように、偽の太陽と月を創っておきましたよ。見た目がそうなだけで、それ自体は燃えているわけではありません。これによって、この世界でも昼夜が存在するようになるでしょう」
「流石兄さん、ありがとう!」
「いえいえ、蓮華のお願いならいくらでも聞きましょう」
「ほぇぇ……もはや神様みたいデスね……いや神様でしたネ……(破壊の方のですケド)」
サスちゃんが怯えながらそう言うのに、笑ってしまう。
兄さんが言うには、魔力で創ってあるので自身が居なくても問題ないそうで。
存在する事で魔力を消費するようだけど、この世界に漂う微弱な力を吸収する事で、半永久的に存在する事ができるのだそう。
これで環境は大分マシになったと思う。
「そうだサスちゃん、この場所に少し人間が出入りする事になるけど……大丈夫?」
「!! その……あまり大勢はウチ、イヤというか……ウチの部屋も創ってくれてたので、来てる間はそこに籠ってて良いなら、構わないデスケド……」
「あっと、誤解しないでね。そんなに大勢の人を呼ぶつもりはないよ。本当に一部の人達だし、いや人じゃないのかな」
「? よく分からないデスケド、蓮華様のやりたいようにして良いデス。ウチが今生きてられるのも、蓮華様のおかげデスカラ」
そりゃ兄さんが敵対したら、そう思うのも仕方がないけれど……うーん、そういう主従関係とは違うか、この場合上下関係になるんだろうか。
そういうの嫌なんだけどなぁ。
でもそれを今言っても仕方がないし、時間を掛けて心を開いてくれる事を願おうかな。
「そっか、ありがとう。私の大事な仲間達だから、サスちゃんも仲良くしてくれると嬉しいよ」
「? 分かり、ました?」
きょとんとした顔でそう言うサスちゃんは、本当に理解していなさそうで、先は長そうだ。
「さて蓮華、一度戻りますか?」
「そうだね。そだサスちゃん、戻ってくるまでちょっと時間あるだろうし、拠点に食べ物を沢山置いておくから、食べたければ自由に食べてね」
「い、良いんデスか!?」
「うん。あと、ペット達も拠点の中に入れて良いから。流石に汚いだろうし、お風呂に入れてやって、キレイにしておいてくれる? シャンプーとか大浴場の入口に沢山置いておいたから、自由に使って良いからね。使い切っても補充しておくし」
「あ、ありがとうございマス! 早速呼びますね! カモーン! ベイビーズゥッ!」
「ちょっとま……」
「「「「「ワォォォォォォンッ!!」」」」」
サスちゃんに呼ばれた狼達は、一瞬で流れ込んできた。
拠点の中に。
「サスちゃん」
「ゴメンナサイ」
「「「「「わふん?」」」」」
うん、呼ばれて来ただけの君達に罪はないけれど。
床が黒い足跡だらけである。
「サスちゃん、とりあえずそのまま大浴場へ連れて行ってくれる?」
「了解デス! ベイビー達、おいでっ」
「「「「「Waon♪」」」」」
先を歩くサスちゃんの後ろを、大量の狼達が続いていく。
さながらハーメルンの笛吹状態である。
「蓮華、クリーンの魔法を使うのも良いですが……どうせなら、時間を戻す方を使ってごらんなさい」
「えっと、狼達が来る前の状態に、床だけをするって事?」
「そうです。それをしておくことで、時間の記憶ができます。そうすれば、今後何かあった時、すぐにこの状態に戻す事が出来るようになるでしょう」
「!! 成程、それは良いね! ありがとう兄さん!」
「いえいえ」
兄さんは私の気付かない事をいつもさりげなく教えてくれる。
アリス姉さん、是非真似して下さい。
そうして床を元通りにした私は、一度ラースへと帰る事にした。