672.蓮華side50
「『エレメンタルブレイカー』!」
「うおぉぉぉぉっ!?」
「そこまで! 勝者レンちゃん!」
アーネストが剣を地面に突き刺し、その場に座り込んだ。
「ちっくしょう! これでまた勝率半々かよっ!」
そう、今回の私の勝ちで、10勝10敗の同率だ。
でも逆に言えば、今回勝ててなかったらアーネストの勝ち越しで終わってたんだけど。
私はアーネストの横にしゃがんで、顔を見ながら尋ねてみた。
「なぁアーネスト」
「なんだよ?」
「なんでさっきで終わらなかったんだ? 私は9勝10敗で負けてたよな?」
「あぁ? 何をアホな事言ってやがる。2連勝した方が勝ちに決まってんだろ」
いつ決まったんだ。初耳だぞ。
「そもそも、最初の勝ちはお前だったろ蓮華」
「それは、まぁ」
アーネストが自身の力を把握していなかったからの、私の勝ちだった。
その次は私が負けたし、なんならそこでアーネストの言う2連勝をされているのだけど。
「いーか蓮華。勝負ってのはな、2勝1敗は勝ちじゃねぇ。3勝1敗なら勝ちだ」
なんだその謎理論。
「つまり、まだ俺は負けてねぇし、お前も負けてねぇ」
「その理論ならそうなるな」
「おう。だからそーいう事だっ」
「わけが分からないけど?」
「あははははっ!」
話をしていたら、突然母さんが笑い出した。
何事かと母さんを見る。
「あははっ! もぅレンちゃんは鈍感だなぁ」
なにおぅ。私は恋愛とかそーいうのには敏感な方だぞアーネストと違って!
「ふふ、アーちゃんはねレンちゃん。まだまだレンちゃんと競い合いたいって事だよ」
「なっ!? 母さん!」
「なんだ、そういう事ならそう言えよアーネスト。私だってそうだぞ?」
「くっ……このド天然がっ!」
「あははははっ!」
何故だか更に笑う母さんに首を傾げながら、勝負の続きを促そうとしたら、モルガンさんがやってきた。
「マーガリン、蓮華、それにアーネスト。ご飯が出来ましたよ。そろそろ終わりにしてください」
「わ、やった!」
「勝負に夢中になって時間忘れてたな。モルガンさんの飯もうめぇから楽しみだぜ」
「……マーガリンが二人? いえ、これはアーネストですか」
「ってうぉい!? 全身くまなく触ってくるなよ!?」
「ふむふむ、ここが変わって……」
「ぶははははっ! こしょばいからやめろぉ!?」
真面目な顔をしてアーネストの全身をペタペタと触ったり揉んだりしているモルガンさん。
目が研究する時のソレだ。
「こらモルガン! ステイ!」
「おっと、すみません。つい」
「今俺をモルモットとして見てたよな!?」
「はい」
「素直に言えば良いってもんじゃねぇからな!?」
「あはははっ」
「笑うな蓮華!」
滅茶苦茶必死でそう言うアーネストに笑ってしまった。
それから食事になり、アーネストの経緯を伝えた。
「成程。『アンプロシアの実』の成分も研究が終わりましたし、次はアーネストの研究をしてみるのも良さそうですね」
「よくねぇよ!」
「後は複製して終わりだねー。やっぱり結構時間掛かったわね。元の時間軸だと間に合わなかったわねこれ」
「確かに。私とマーガリンでこれ程の時間が掛かるとは想定外でした。いかに素晴らしい道具も、間に合わなければゴミですからね」
モルガンさんはかなりストイックな考え方なんだよね。
あと、母さんの言うように興味があるか無いかで熱意の上下がありすぎる。
「アーネストも『ゲート』を身につけられたし、そろそろこの世界から出る?」
「出ても数分しか経ってねぇの、バグだよな……」
「あはは。そうだね、時間の流れが違うからねぇ。別にこの世界にどれだけ居ても私は構わないんだけど、アーちゃんやレンちゃんは外の世界で友達がたくさん居るもんね」
「成程。確かに、神々は時間の概念が薄いですからね。その点で元人間の貴方達は特殊ですね。精神は人間でありながら、神の体を使役する。ふむ……ロキが貴方達を観察するのも今なら理解できます」
「あー、いやロキはそんな理由で見てるわけじゃ……まぁ言ってもモルガンには理解できないかー」
「む……この私に理解出来ないとは言ってくれますねマーガリン」
「いや馬鹿にしてるわけじゃないのよ!?」
最近のモルガンさんは、最初に出会った時と違って感情が豊かになった気がする。
こう、怒っている時やムスッとしている時が分かるようになってきた。
「あはは。モルガンさん、兄さんは私達の事を大切にしてくれてるだけなんだよ」
「そーそー。過保護って言葉がピッタリだよな。それは母さんもだけど」
アーネストがウインナーに箸を突き刺しながらそう言う。
「私は過保護じゃないよ!?」
「「どの口が」」
「そんな!?」
今も私達に付き合ってくれている母さんの言うセリフではない。
「成程……」
何か含みのある言い方をして頷くモルガンさん。
ちなみに、最初モルガンさんは食事を全て魔法で創った。
完成品があって、それを完コピしたというわけだ。
それはそれで凄まじく美味しかったけれど、翌日母さんが料理しているのを見て、興味を持ったらしく。
最初は材料が粉々になったり大きすぎたり、ノルンも真っ青の腕から、今では私より上手に料理を作るようになった。
なんか悔しい。
興味を持った事にはどこまでも熱を持つようで、まさか料理にまでその性格が出るとは思わなかったけれど。
料理する時間が無駄、と最初は思っていたらしい。
一体どんな心境の変化があったんだろうか?
それとなく聞いてみたら、
「マーガリンがとても楽しそうに作っていたからです。その理由を知りたくて、料理をしたくなりました」
と言っていた。
成程と思うと同時に、その答えは出たのかと思ったので、それも聞いてみた。
「そうですね……言語化するにはまだ難しいですが、なんとなく分かった気はします」
という曖昧な答えを貰った。
でもまぁ、新しい事に挑戦する気になるのは凄い事だと思う。
なんでも魔法で出来るのに、それをあえて使わずにっていうのは、中々出来る事じゃないと思うから。
「それじゃ、明日は私とモルガン、アーちゃんとレンちゃんで組んで、対戦しよっか!」
「「え!?」」
いきなり母さんがとんでもない事を言い出した。
「今日の勝負を見てて思ったけど、二人共凄く強くなってるよ。それこそ、私も本気でやらないと負けちゃうってくらいに」
「「!!」」
「ほぅ……そこまで、ですか」
あのモルガンさんも私達を見る目が変わった。
「蓮華、やろうぜ」
「アーネスト?」
「俺は、母さん達にどこまで追いつけたのか、自分の力を試してぇ。その相方は、お前以外考えられねぇ」
「……そっか。うん、私も同じだ。私の隣は、お前以外ありえない」
「ふむ……良いでしょう。では僭越ながら、私も相手をするとしましょう。幸い、ここでなら力を出しても壊れませんし」
「ふふ……楽しみね!」
良い笑顔でそう言う母さん。
それから食事を終えてお風呂に入って、就寝する前に。
「レンちゃん」
「あ、母さん」
部屋に入ろうと扉を開けると、母さんから声を掛けられた。
「どうしたの?」
「うん。明日だけど……私とモルガンは、二人を『敵』と認識して戦うつもりだから」
「!?」
「だから、二人も私達を本気で倒すつもりでね。じゃないと……死ぬよ?」
「!!」
「勿論死んじゃったら時間を巻き戻すけどね。それくらい本気で行くから……二人も本気で殺す気で来るんだよ? 私達に勝つくらいでないと、今度の相手は厳しいかもだからね。それだけ、おやすみレンちゃん」
そう言って去っていく母さん。
これは、卒業試験かもしれない。
私とアーネストが、母さんの庇護から離れ、一人前の……母さんや兄さん、アリス姉さん、モルガンさんのような対等な仲間としてある為の。
ぎゅっと拳を握る。
少し震えた拳を、強く握る。
ユグドラシル、明日は全力で。
冴えた目を無理やり眠りへといざなう。
明日を万全な状態で迎える為に。