671.蓮華side49
知らなかった。いや、気付いていないフリをしていたのかもしれない。
「レンちゃんに、置いて行かれそうって思ってるんじゃない?」
「……そうかもしれねぇ。俺は蓮華みたいに天才じゃねぇからさ。だから、努力するしかねぇんだ。だけど、あいつはどんどん先に行っちまう。兎と亀じゃねぇんだから、当たり前だよな。亀がどんだけ頑張っても、寝ない兎に追いつけるわけがねぇ……」
アーネストが、そんな事を考えていただなんて。
私はアーネストに負けたくなくて、それでも自分の隣に居るのが当然のように考えていて。
アーネストが苦しんでいたなんて、考えた事も無かった。
でも、よくよく考えたら当たり前の事だったんだ。
私は、元の体じゃなくて。女神様の肉体だった。
対してアーネストは、元の体を若返らせただけ。
肉体差があったんだ。母さんの補助があったとはいえ、元の私がこんなに強いわけがない。
小説や漫画で読んだ、異世界転移や異世界召喚された主人公達と違って、なんのスキルも授けられてはいない。
なのに、最高の女神の肉体を授けられた私とほぼ変わらない特訓をこなして、強くなってきたアーネスト。
そしてその答えが、聞けた。
母さんは元の体の見た目は同じに、体は同じにしなかった。
きっと、今の問題に直面すると未来を見通して。
母さんの力を、身体を、ベースにしたんだ。
「さぁ、それじゃ『リミット』を解除するよアーちゃん。レンちゃん、出てきて良いよ」
突然母さんに話を振られてビックリする。
やっぱり気付いてますよね。
「あ、あはは、バレてたか」
話を黙って聞いていて申し訳ない気持ちはあったけど……アーネストの顔を見たら、そんな事は吹き飛んだ。
だから、言う。
「アーネスト。私のライバルは、今も昔も変わらない。追いかけてこい……!」
「!! ああ、待ってろよ。すぐそこに行く! 母さん、やってくれ!」
私の言葉を聞いたアーネストは、力強く返事をしてくれた。
そこに先程までの気まずさは一切無くて、ただただ一直線の、いつものアーネストの情熱を感じる。
「ふふ、分かったわ。アーちゃん、負けないでね」
母さんの言葉と同時に、アーネストの足元に魔法陣が出現した。
超高密度の魔法陣の文様に軽く眩暈がする。
魔法陣は組み込まれた模様がそれぞれ意味を持ち、力を増幅させる。
母さんの造る魔法陣は、常人では決して届かない域にある。
「ぐぁぁぁぁっ!!」
「アーネスト!?」
「手を出しちゃダメレンちゃん!」
「っ!?」
「これは、アーちゃんの試練だよ。アーちゃん自身が打ち破らないとダメ。でないと、身体に意志が認められない。ううん、私に認められない」
「母さんに……?」
「そう。あの楔は、言ってしまえば私自身。身体を預けるに足る者かどうかを判定してるの。そこに今の私の考えは含まれない」
「!!」
「あの頃の私を、アーちゃんが打ち破る必要があるの。以前では無理だった。だけど、今のアーちゃんなら……!」
「成程……。アーネスト、母さんに並ぶんだろ、超えるんだろ……! なら、負けるな……!」
ただ見ている事しか出来ない。だけど、アーネストなら……アーネストなら、絶対に負けない。
そう信じて、アーネストを見る。
「うおぉぉぉぉぁぁぁあぁぁぁっ!」
アーネストから強い光が発し、全身が白く輝き見えなくなる。
けれどそれは一瞬の事で、すぐに光は収まった。
その光が収まって表れた姿が、今までのアーネストではなくなっていた。
だから思わず聞いてしまう。
「アーネスト、か?」
「アーちゃん……?」
「ん? ああ、そうだけど、なんでそんな驚いた顔してんだよ」
「いや、だってお前……」
「アーちゃんがイケメンになってる!」
「はぁぁぁ!?」
本人が気づいていないパターンかい。
今までのアーネストは、元の日本人であった蓮二の姿に酷似していた。
だけど今のアーネストは、なんというか……母さんを男性にしたらこんな感じだろうな、という……昔のおとぎ話に出てくるような、白馬に乗った王子様みたいな顔をしている。
黒髪で黒目なのは変わらないけれど、全体的に優男というか……それは良いんだけど、どことなく兄さんを彷彿させるような……イケメンオーラを放ってるのだ。
「アーちゃん、カッコイイよ!」
「おわっ!? 母さん、いきなり抱きつく癖をいい加減直してくれよ!?」
まぁ、うん。中身はアーネストのまんまみたいだけど。
「鏡見るかアーネスト?」
「わりぃ、頼めるか蓮華」
「うん。はい」
魔法で全身鏡を創造する。
そこに映った自分を見て、アーネストは凄く驚いていた。
「誰やねんこれ」
「いやお前だよ」
なんで関西弁。
気持ちは凄く、凄く分かるけどね。だって私も目覚めたらこの身体になってて凄く驚いたわけで。
「今なら私の気持ちも少しは分かるだろ」
「あ、ああ。自分が自分の見た目をしていないのって、なんかこう、気持ちわりぃな?」
「すぐ慣れるさ。それに、その見た目でそんな事言ったら刺されるぞ。滅茶苦茶カッコイイんだからな」
「お前でもそう思うのか?」
「ああ。お世辞でもなんでもないぞ。今のお前なら、王子様って言われても驚かない」
「マジかよ……」
心底驚いているアーネストに笑いそうになったので、気持ちを落ち着けようと目を逸らしたら母さんが目に入る。
その母さんがプルプル震えていた。
「ど、どうしたの母さん?」
「だ、だってぇ。レンちゃんがずっと私を褒めるからぁ……!」
「「???」」
え? いやアーネストを褒めただけで、母さんは褒めていませんけども?
「あ、そーいう事か!」
「何がそういう事なんだアーネスト?」
「あー……いやな、今までは元の俺って側面が強くて、日本人だった頃の俺が表面に出てたわけだ。で、今回で母さんの遺伝子って言うのか? そういう側面が強くなったから、母さんの面が表に出たって事になるんじゃね?」
「!!」
あ、あー。そういう。成程? つまり私は無意識に母さんを褒めてたって事か。成程完全理解した。
「まぁ元が母さんなら仕方ないな」
「納得はえぇな」
そりゃね、母さんが元なら美男子になっても全然不思議じゃない。
「そんでさ、蓮華」
「うん?」
何か凄くソワソワしながら話しかけてくるアーネスト。
「やらないか?」
「!?」
「あ!? いや! た、戦いをだぞ!?」
主語をぶっ飛ばして言ってくるから、一瞬思考が停止してしまった。
母さんなんてオタクの腐女子みたいな顔になってしまっている、落ち着いて欲しい。
「お前、これからはその見た目を意識して発言しろよ? 勘違いする女の子たくさん出てくるぞ」
「き、気をつけるぜ……っても、お前ならいいじゃんか……」
気をつけるの後が小声で聞き取れなかったけど、どうせろくでもない事を言ったんだろうな。
「それじゃ、やるかアーネスト」
私はソウルを出現させて、構えをとる。
「おう、今回は負けねぇぜ蓮華」
アーネストもネセルを二刀構える。
その構え姿が、驚く程様になっている。
以前までも隙はなかったけれど、それとは別次元だ。
そっか、見た目ってこんなに影響するんだな。
「お前、まーたアホな事考えてんだろ……」
「なんだとう」
私はすぐに顔に出るみたいなので、直さないとなんだよねこれ。
意識的に『ゲート』を発動させる。
これにより『スキル』等は完全に無効化される。
神々に効かないという特性ではなく、『スキル』という概念が無くなる。
例えば物理攻撃無効という『スキル』を覚えていたとしても、『スキル』自体が無くなるので、物理攻撃無効も覚えていない扱いになる。
状態異常耐性等、無意識下に発動するパッシブスキルもこれに該当し、『スキル』で強い人間はこの段階でただの人間だ。
それほどに『ゲート』は次元の違う力だ。
また、『ゲート』を纏う存在に『ゲート』を纏っていない存在は知覚できず、視覚も出来ず、認知すら不可能になる。
なので、すぐ隣に居ても絶対に気付けないのだ。
この『ゲート』を高位の神々は身につけていて、文字通り格が違う存在となるのだそうだ。
「それが『ゲート』か。今なら分かるぜ……こう、だな」
「!!」
ごく自然に。アーネストは『ゲート』を発動させた。
あれだけ苦労して、それでも身につけられなかった力を、いとも簡単に使ってみせた。
「はは……そうだよな。そうでないとな、アーネスト」
私は嬉しさで口角が上がる。
それを見たアーネストも、笑った。
「へへっ……これで対等だな蓮華。それじゃ、次は実力がどうか、試そうぜ蓮華っ!」
「ああっ! アーネストッ!」
「ふふ、それじゃ審判は私がしてあげるね! 両者見合って!」
母さんが間に入り、手を上げる。
強い。それを肌で感じる。
今までのアーネストも強かった。
だけど今のアーネストは、それとは文字通り次元が違うような力を感じる。
気を抜けば一瞬で負ける。
「「……」」
「勝負、始めっ!」