666.アーネストside50
コンコン
病院の個室の扉を軽くノックする。
すぐに中から声が聞こえた。
「どうぞ、入って構わないですよ」
「失礼します」
扉を静かに開けて、頭を下げる。
「先生、体調は大丈夫ですか?」
「おや、三木君、だね。久しぶりだなぁ……大きくなって、見違えたよ。こんな管に繋がれた状態だけど、はは、元気だよ」
西園寺 政宗先生。
元の日本での、俺の恩師だった人だ。
まだ俺が小学生だった頃。
ガキの頃ってのは、皆と違うってだけでイジメられたり、そうでなくてもハブられたりするもんだ。
俺も例に漏れず、皆とは違う趣味だった事もあって、ハブられた。
たった一回、俺の家に学校の友達を招いたのがきっかけだ。
普段から遊んでいた奴だったわけじゃない。
ただ、話の流れで家に集まる事になっただけだった。
「あ、そろそろ時間だ」
「ん? どしたん?」
「花に水をやらないと。適度にあげないと枯れちゃうんだ」
「お前花とか育ててんの? 女かよ?」
「え?」
そんな会話があって、翌日には俺が花を育てている女々しい奴という話題が広がっていた。
ま、俺もガキだった事もあって、それを広めた奴と取っ組み合いの喧嘩をして、圧勝した。
普段から道場で鍛えてる俺が、ゲームしかしてねぇもやしに負けるわけねぇから当たり前だったが……それでイジメ等はなかったが、クラスでは浮いた存在になった。
そんな事もあって、俺は不登校になりかけた事がある。
だけど、先生が……西園寺先生が、親身になって話をしてくれた。
そのお陰もあって、俺の趣味を知っても引かない友達が出来た。
先生は俺の事を、ずっと応援してくれた。
それから社会人になって、働き始めてから数年後、手紙が届いた。
西園寺先生の奥さんが出してくれた手紙で、西園寺先生が亡くなった時に出すように頼まれていたのだと。
そこで初めて、俺は西園寺先生が持病を抱えていた事を知った。
何も知らなかった。先生が亡くなってから知って、忙しさにかまけて一度も会いに行かなかった事を後悔して、泣いた。
だからこそ、この世界が俺の記憶を元に創られているのなら、まだ先生はこの時、生きているはずだと思った。
元の世界では亡くなっていた剛史が、生きていたこの世界。
なら先生だって助けれるはずだ。絶対に、助けて見せる。
「先生、今日の夜、時間を貰えませんか?」
「うん? 私は大丈夫だけど、消灯後、という事かい?」
「はい。俺の伝手に、先生の病気を治せる奴が居るんです」
「!?」
「ただ、表立っては言えなくて。今回手を貸してもらうのも、特例みたいなもので……」
「三木君……。ありがとう、でも良いんだ。私はね、これも運命だと思っているんだ。神様から与えられた寿命。それを無理やり変えてはならないと思う。はは、病院に入院しておいて何を言っているんだっていう話ではあるんだけどね。その力は、その人に無理をさせるんじゃないかな?」
「!!」
「それだけの力だからね、きっと代償があるんじゃないかって思うんだ、私はね。そして、三木君の友達なら、きっとまだ若いんだろう? 私ももう定年だ。老い先短いとは言わないけれど、もう十分に生きた。後は神様に身を任せようと思っているんだよ」
「先生。俺は、俺は先生に生きて欲しいです! そう思うのも、ダメなんですか!?」
「……いいや、ダメじゃないさ。ありがとう、三木君。私は良い生徒を持てた。私の生きた証だ。嬉しいなぁ……ゴホッゴホッ!」
「先生!?」
「大丈夫、大丈夫。久しぶりに話過ぎたかな。少し、休ませてもらって良いかな?」
「あ、はい! ……先生の気持ちは分かりました。なら俺は、神様の意思って奴で、先生を救って見せます」
「え?」
俺は一方的にそう告げ、病室を出る。
そしてスマホを取り出し、連絡を取る。
親友であり……もう一人の俺へ。
「そっか、先生がこの世界だと生きてるんだな」
「ああ。急な連絡で悪かったな蓮華」
「良いって。私も神島に向かってた所だったから、タイミング的にはバッチリだったよ」
「……なぁ蓮華、先生はさ、このまま運命に身を任せたいって言ってたんだ」
「先生らしいな」
「ああ。ならさ……神様の意思でなら、救っても良いって事だよな?」
「!! ははっ! そうだな。なら、今この時は……女神様になってやろうかアーネスト」
「へへっ……今だけはお前が女神に見えるわ!」
「今だけはが余計だろ!」
「はははっ!」
蓮華と合流した俺は、先生を救う事で意見が一致する。
まぁ、当たり前か。
俺の恩師って事は、蓮華にとってもまた、恩師なわけで。
俺が見捨てられねぇのに、蓮華が見捨てられるわけがない。
そうして夜まで時間を潰す事になったから、麗華にその旨を伝える事にした。
「あの、その横の凄まじい美女は誰なの? しかも、滅茶苦茶強いわよね彼女。こう、体が勝手に身震いするのだけど」
「あー。こいつは俺の妹だ」
「嘘ね」
「嘘じゃぁねぇよ!? いや信じられないのも分かるけどな!」
「あはは。アーネストの言ってる事は本当だよ。私は蓮華。蓮華=フォン=ユグドラシル」
「あ……そういえば、師匠もそんな名前だったわ、ね。嘘、それじゃ本当に?」
「うん」
「だからそう言ってるだろ」
「……そう、奥さんが滅茶苦茶美人で、旦那さんがフツメンだったのね。凄い格差だわ」
「お前も大概失礼な奴だな!?」
「ところでアーネスト? 師匠って何かな?」
「お前はお前で気にするとこそこかよ……師匠っても、まだ何も教えてねぇよ……」
と、なんだかんだあったりもしたが、午後9時が過ぎて消灯時間になる。
「いよいよだな。ところで、なんで夜にしたんだ?」
「そりゃお前が目立つからだよ」
「私が?」
「ああ。今のお前、マジで女神様の恰好してるからな。そんな恰好で病院歩いてみろ、軽く騒ぎになるわ」
「そうなのか?」
「……お前にも分かりやすく言うなら、ここにユグドラシルの外行モードが現れたと考えてみろよ」
「おお!」
納得がいったようだ。こいつは自分の容姿に無頓着だからな。
ユグドラシルとほとんど見た目が変わらないって事は、まんま女神って事なんだがなぁ。
俺もこいつが蓮華じゃなけりゃ、何度見惚れただろうな。
「よし、行くかアーネスト」
「おう。頼むぜ蓮華」
二人で先生の病室へと向かう。
途中で見回ってるナースさんと鉢合わせしないように、こちらスネークな感じで。
横に女神様モードの蓮華が居るから、中々にシュールだが。
「よし、着いたな。なんか段ボールに隠れながら潜入ミッションしてるみたいで、少し楽しかったな!」
「お前な……」
同じ事を考えていたようで苦笑するしかねぇ。
「失礼します、先生」
「……」
「三木君だね、いらっしゃい。それと、かの、……!」
先生が蓮華を視て口をパクパクとさせる。
それもそのはずだ。
今蓮華は、神が発する神聖力を少し解放している。
女神である事を強調する為、威圧感はない程度の、神々しさを纏っているのである。
「初めまして。私は女神が一柱、レンゲと申します。盟友である彼に頼まれて、此度は力を貸しに来ました」
「は、初めまして。私は、西園寺 政宗と申します。この歳になって、女神様に拝謁賜れるとは……」
そうしてベッドで土下座をする先生。
「頭をお上げください。人の子全てを私も助けるわけではありません。ですが、盟友である彼の頼みとあって、承諾したのです」
「レンゲ様……三木君、君という子は本当に……ありがとう……ありがとう……」
それから、蓮華が使う魔法で先生の体に巣くう病魔を完全に消し去った。
これで前世と言って良いのか分からないけれど、後悔を少し払拭する事が出来た。
先生も大会は楽しみにしていたらしく、明日は退院の手続きをしてから、大会を見たいと言っていた。
先生、長生きしてくれよな。