665.アーネストside49
『くっ……物凄い数のモンスターだな……こいつらに挟撃されたら、全滅は免れない。だから……』
手に持った杖を前へと翳し、彼は後ろへ顔だけを向け、言い放つ。
『ここは俺に任せて、先に行けーー』
「くぁぁぁぁっ! かっっっこ良いよなぁっ!」
「分かるわっ! 人生で一度は言ってみたいセリフよ!」
テレビ画面に映るのはアニメのワンシーン。
それを剛史と、さっき戦ってたはずの前回優勝者、霧島麗華が一緒に見ていた。
「この後にちゃんと仲間が魔王を倒すんだけど、こいつだけ帰れないんだよな……」
「で、帰ってこれたと思ったら数年経ってて、世界が変わってるのよね」
どっちも原作履修済みらしい、このオタク共め。
俺も混ぜろ、ではなくてだな。
「よぅ剛史。怪我は大丈夫なのか?」
「おお! 見舞いに来てくれたのかアーネスト!」
「アー……外人? には見えないけれど……」
嬉しそうにする剛史と、怪訝そうな顔で俺を見てくる霧島麗華。
まぁ確かに、日本人の名前ではないもんな。
「初めましてだな。俺はアーネスト=フォン=ユグドラシル。一応外人で合ってるぜ」
元日本人の異世界人だし、外人扱いで良いだろ。
「そうなのね。凄いわね、外人なのに流暢な言葉で違和感がないわ。っと、失礼したわね。私は霧島麗華。アーネストと言うと、剛史が試合中に言っていた師匠ね?」
「師匠ってお前。確かに教えはしたけど、別に師匠じゃねぇよ。ただのダチだ、ダチ」
「ははっ! 良いんだよ、俺が勝手にそう思ってるだけだからよ!」
「そう。なら師匠、私とも一戦交えてくれないかしら?」
さっきまでの態度と一変し、氷のような目をして俺を見てくる。
「あー、構わねぇけどさ。明日お前はベスト4の試合があるだろ」
「あら、気遣ってくれるの? 大丈夫よ、そこまでの死闘になると思っていないし」
「お、おい。やめとけって!? アーネストはマジで……」
「気にするな剛史。ちょっとボコって終わらせっから」
「アーネストォ!?」
病室を出て廊下でフィールドを形成し、即戦える場所になる。
マジで便利だなあの腕輪。
で。
「嘘……嘘よ。私が手も足も出ないなんて……」
四つん這いになりながら、信じられないという表情をしている霧島麗華。
「だから言わんこっちゃねぇ……アーネストは俺とは格が違げぇっていうか、もう次元が違うんだよ……」
「刀が当たるイメージすら出来なかったわ……しかも、それでも貴方手を抜いているわね!?」
「おー、そりゃな。でもお前も中々強かったぜ? この島で出会った中では、一、二を争うレベルだな」
「くっ……普通なら悔しいのに……もう差がありすぎて、悔しいとすら思えないなんて、なんなのよ……」
凄まじい落ち込みを見せる霧島麗華に、なんと声を掛けるべきか。
そこに、いたたまれなくなったのか剛史が要らん事を言った。
「ま、まぁよ。アーネストは人間じゃねぇし、仕方ねぇって」
「え?」
「おい……」
「あ……」
慌てて口を紡ぐが、時末に遅し。
「どういう事?」
今更冗談でしたと言っても逆に信じてもらえないだろう。
仕方なく、俺がこの世界の外から来た事と、この世界に迫っている災いについても話す事にした。
実力者なのは分かっているので、巻き込んでしまえという魂胆だ。
「成程……そんな事になっていたのね。私が知らない間に、面白い事が起ころうとしているのね」
「お前、割と戦闘狂だろ」
「勿論。子供の頃からずっと鍛錬をしてきた。道場破りも沢山してきたし」
随分とバイオレンスな子供時代を送っていたようだ。
そりゃ強いはずだな。
「ベスト4には玉田さんも残っていたし、私の相手は玉田さんではないから、玉田さんが勝てば決勝で相手になるわね」
「だな。図らずも去年と一緒か」
すでに自分は絶対に勝つものとして言っているのが、自身の強さへの自信の表れなんだろうな。
「そうね。師匠、聞きたいのだけれど、私と玉田さんはどちらが上かしら?」
「また難しい事を聞くな。って師匠ってなんだ。剛史はともかく、お前には何も教えてないだろうが」
「これから教わるもの」
「あっけらかんと言いやがるなこいつ……」
「当然よ。私より強い人に、人? に教えを乞うのは普通の事でしょう?」
人で疑問を挟むんじゃねぇよ。
まぁもう種族的には人ではないけどさ、心は人なんだよ。
「つってもな、お前に教えるような事はあんまなさそうなんだよな。技術的な事はすでに出来てるし……教えれるとしたら、オーラの質や量の上げ方くれぇだぞ?」
「むしろそれが一番聞きたいわ!」
前のめりになりながら、そう言ってくるので苦笑するしかない。
本当に強さに貪欲なんだな。
俺はそういう奴は嫌いじゃない。
「そうだ、最初の質問に答えるが……実力はほぼ互角だな。どっちが勝ってもおかしくねぇと思うぞ」
「……そう。他の奴が言うならいざしらず、師匠がそう言うなら受け止めるしかないわね。師匠、早速教えて欲しいのだけれど……」
「待て待て。俺が剛史の見舞いにだけ来たって思ってんのか」
「ちげぇの!?」
「なんでお前が驚くんだよ剛史。っていうより、俺からしたら霧島さんと一緒に居る方が驚きなんだよ」
「麗華」
「うん?」
「麗華と呼んで師匠。霧島さんなんて他人行儀じゃない、私達の仲で」
「どんな仲だよ。今初めて知り合ったばかりの他人だろうが」
「へへん、俺はアーネストとはダチだからな!」
「ぐぬぬ……剛史めっ……」
どんなマウント取ってんだよ剛史は。
そんな事で本気で悔しそうにするなよ。
「分かった、麗華と呼ばせてもらう。俺も堅苦しいのは苦手だからな、助かる」
「!! ありがとう師匠!」
「それで礼を言われるのもなんかちげぇ気がすっけど……ともかく。大丈夫そうだから、おばさん呼んでくるぞ剛史」
「げっ、母さんを!?」
「おう。怪我してるのを見たら失神しそうだから、先に見て来てってお願いされたんだよ」
「ぜってぇそれだけじゃねぇだろ? アーネスト」
「……おう。試合頑張ったもんな、盛大に祝われろ。行くぞ麗華、この場所に居たら巻き込まれる」
「なんだかよく分からないけれど、分かったわ。また後で剛史」
「ちょっ、待ってくれよ二人共!? 母さんのアレはマジできついんだってばよぉー!?」
ベッドから転げ落ちながらそう言う剛史を無視し、俺達は病室を出る。
ロビーで待っているおばさんは、心配そうに同じ道を行ったり来たりしていた。
「アーネスト君! 剛史は、剛史は大丈夫だった!?」
「はい、問題ないですよ。おばさん、早く行って元気な姿見せてやってください」
「!! ええ、ありがとうアーネスト君! 行ってくるわね!」
そう言って、早歩きで病室へと向かって行った。
走らない辺りは理性が残っていたようだ。
「もう良いぞ麗華」
「ん」
麗華は空気を読んで、少し離れていた。
そりゃ、剛史を病院送りにしたのは麗華だしな。
見舞いに行っていたあたり、優しいとは思うが。
「剛史は強かった。今まで戦った中でも、割と上位。去年は、そうでもなかったけど。師匠のお陰と聞いた」
「あー、まぁ半分は間違っちゃねぇけどさ」
「半分?」
「ああ。あいつは本気で強くなりたいと思ってた。だからその想いに俺が応えただけで、あの強さになれたのは剛史本人の意思が強かったからだ」
「……ふぅん。なら、私も強くなれるね」
「はは! ああ、なれるさ。強くなりたいという想いと、行動が出来る奴なら、絶対に強くなれる。それは俺が保証してやるぜ」
「!! ん、楽しみ。師匠の予定、早く終わらせて。私を強くして」
「へいへい……」
なんだか犬のような猫のような、強さに対するやる気だけは人一倍の奴に懐かれてしまった。
まぁウチにはシュウヤにミライ、リオも居るし……あいつらにぶん投げても良いか。
とりあえず、俺がこの病院へと来たもう一つの理由を済ませるとしよう。




