662.蓮華side46
「……スルト、結構時間経ったと思うんだけど、外の様子はどう?」
天界の話を聞いて、スルト自身の話を聞いて。
過去の私の話を少ししたりして、数時間程度経ったと思う。
「そうだな……少し確認してこよう。待っていてくれ」
そう言って、スルトはこの場所から出て行った。
お菓子を持ってくる時も何度も出ているし、特に変わった事は無かったと思う。
だと言うのに、だ。
外に出たと思ったら、すぐに中に入って来たスルトの様子がおかしい。
こう、何がとは言えないのだけど、感覚的なものだ。
「スルト?」
「……」
呼びかけるも返事がない。
その瞳が、虚ろな気がする。
私を視ているようで、私を映していない。
「サイコウノ、ウツワ……」
「!?」
その声は間違いなくスルトなのに、スルトが発したとは思えない程の重圧を感じた。
この感じは、神圧だ。
位の高い神を前にした時に感じる圧。
母さん達もそうだけど、普段動物達を威圧しないように、神様達は極力抑えてくれている。
けれど、目の前のソレは、何も抑えていない。
違う。ソレはスルトであって、スルトじゃない。
「誰だ、お前。スルトじゃないな?」
「ソウダ。ワタシハ、ヴィシュヌ。オマエタチカラスレバ、イカイノカミダ」
ヴィシュヌ! 私が元居た世界では、世界の維持を受け持つ神だった。この世界では色々と違っているので当てには出来ないけれど……絶対に強い神っていうのは予想できる。
「ゴホン……ようやく回線を合わせられた。これで聞きとり易くなったか?」
「!!」
先程までカタコトで聞こえていたスルトの声が、違和感のないスルトの声に変わった。
「この体は強いが、限界まで鍛え上げられた体で伸びしろが無い。しかし、お前は違う。お前の器には限界を感じられない。精霊女神アリスティアも良かったが……それよりも上を行く器だ」
「器?」
「そう、器だ。我が世界を内包できる程の魔力を備え、その魔力に壊れる事のない肉体。お前が最適だと判断した。故に、お前には我が世界に来てもらう」
「……断ると言ったら?」
「お前に拒否権は無い」
「そっか。でも私は抵抗するよ? 簡単に捕まえられると思わない事だね」
スルトは、この異界の神、ヴィシュヌの目を警戒していた。
その対策として、この場所を選んだ。
なら、容易には私を連れ去る事は出来ないはずだ。
「フ……器はこの上なく強力だが……お前に耐えられるかな?」
「!?」
瞬間、頭に何か弾丸でも当たったような気がしたけど……
「?」
「な、何!?」
「何か頭に当たった気がするけど、これがなんなんだ?」
「馬鹿なっ……いかな神とて、この力を防ぐ事など……まさか、創造神か!?」
「?」
この世界の創造神と言うと、確かイザナギ、イザナミっていう二神の事だったかな?
ユグドラシルとイグドラシルは、そのニ神の後継神として創られたって聞いたけれど、何故その名前が今出てくるんだろうか?
「いや、あの神はこの世界に手出しはしないはず……。ならば何故無効化された?」
「何を言ってるのか全く理解できないけど、お前の思い通りにはいってない事だけは分かる。それじゃ、反撃させてもらうよ!」
「……ふむ。良いのか? 意思は私だが、肉体はお前の知るスルトだ。殺せば、死ぬのはスルトだぞ?」
「!!」
「……やはりな。お前は神ではない。その精神は人間のものか。しかし、人間の魂が神の器で消えていないというのか」
まるで自分の事を丸裸にされているような不快な感覚に襲われる。
こう、体に虫が這っているかのような気持ち悪さだ。
「実に興味深い。私の力を無効化した事も含め、な。……今日攫うつもりだったが……気が変わった。お前からこちらに来るように仕向けるとしよう」
「それを伝えておいて、私がホイホイ行くと思うのか?」
「お前は精神が人間だ。それならば、方法はいくらでもある。楽しみにしていると良い、蓮華」
「どうして私の名前を……」
「このスルトの記憶を読んだだけだ。ではな蓮華、スルトを私が操れると知っても、お前にはどうしようもあるまい? 故に、何もせず返してやろう。また会おう蓮華よ」
「待てヴィシュヌ!」
そう叫ぶも、スルトは地面に倒れた。
まるで糸の切れた人形のように、受け身も取らずに崩れ落ちたスルトを、駆け寄って抱き上げる。
「スルト!」
「……。っ……私は……」
「スルトッ! 良かった、気が付いたんだね。何があったか、覚えてる?」
「いや……この場所を出てから、すぐに気を失った事しか覚えていない。すまないが、教えてくれるか」
「そっか……分かった。驚かないで聞いてね」
それから、スルトが操られていた事、ヴィシュヌの事を説明をした。
スルトは苦虫を嚙み潰したような表情で、話を聞き終えた。
「……すまない、蓮華。私は守るつもりが、一番危険な存在を身近に置いた事になる……」
「そんな事ないよスルト! スルトは、私を守ろうとしてくれた!」
「だが……結果的に私は、蓮華を危険に晒した」
「それこそ、結果的にって言うなら、私は無事だった! スルト、ここから出て母さん達の所に行こう。皆に話せば、きっとなんとかなるよ!」
「蓮華……私は、共に行かない方が良いだろう。いつ操られるか分からない」
「それも含めてだよ! それに、私には何故か効かなかったみたいなんだ。その件も含めて、皆で話をしたいんだ」
「……分かった。だが、これだけは約束してほしい蓮華」
「約束?」
「ああ。もし私が操られたその時は、迷いなく私を斬れ」
「!?」
「その約束をしてくれなければ、共には行けない」
「スルト……」
辛そうな表情のスルトに、かける言葉が見つからない。
ならば、私は例え嘘でも、肯定するしかない。
そんな時がきても、私はスルトを殺しはしない。
必ず助ける道を探して見せる。
「……分かったよ。スルトがもし操られたら、私が斬る」
「感謝する、蓮華」
そう言って苦笑したスルトは、なんとなく私の気持ちを予想したかもしれない。
けれど、それで良いんだ。
甘いかもしれないけど……私じゃ、どんな対策が出来るかも分からないけど……きっと母さん達なら、良いアイディアを出してくれる。
そんな気がしてるから。