660.EXside3-③
「貴様の表向きの理由は理解したゼウス。だが、私はお前の言葉をそのまま鵜呑みにはせんぞ」
両腕を胸の前で組みながら、リンスレットは怒気を含ませた視線を向ける。
並みの者であればそれだけで震え上がるだろう。
しかし、ゼウスはどこ吹く風で答える。
「我は真実しか言っておらぬぞ?」
「そうなのかもしれん。だが、それが全てとは思わん。お前なら、ゲートの破壊も考えたはずだ」
「……」
リンスレットの言葉に、初めてゼウスは沈黙で返した。
「……ガブリエルを覚えているかゼウス」
「フン、忘れるわけがあるまい。惜しい女を亡くした」
「ふざけるなよゼウス! ガブリエルを私の元へ向かわせたのは貴様だろう!」
リンスレットの魔力が辺りを暴風のように荒れ狂わせる。
この場に集まった神々は動じないが、地上や魔界からは凄まじい大嵐の前触れかと捉えている事だろう。
「違う。我ではない」
「なんだと!?」
「いや、我ではあるのだが……我ではないのだ」
「禅問答に付き合うつもりは無い。ユグドラシルが帰ってきた以上、私は天界の……天上界の者共の態度次第では、魔界との全面戦争すら視野に入れている」
リンスレットの金色の目が、徐々に真紅に染まっていく。
力を解放している為だ。
「……分かった、話そう。お前には知る権利がある。我は一度、自我を奪われたのだ」
「「「「「!?」」」」」
「ゼウス様! それは本当なのですか!?」
オリンポス十二神も初耳であったようで、不敬を承知でゼウスへと詰め寄る。
ゼウスはそれを咎めずに頷いた。
「うむ。我を乗っ取った存在、異界の神」
「「「「「!!」」」」」
「名は知らぬ。そしてあのゲートより出てきた唯一の者がスルトだ。我は異界の神とスルトが繋がっていると見ている」
「ゼウス、スルトはそんな子ではありません」
ユグドラシルがスルトを庇うが、ゼウスは首を振った。
「そうではないのだユグドラシルよ。意志は関係無いのだ。この我が、意識を長い間奪われていたのだぞ」
「!!」
「スルトは恐らく、異界の神の使途。異界の神は奴を操れるだろう。この場に蓮華が居ないが、誰ぞ守護は置いておるのか?」
「「「「「っ!」」」」」
この場に集まった神々が全員固まる。
「……居ないっ! レンちゃんの反応がこの世界に無いわっ!」
「馬鹿なっ……この私の結界を飛び越えたというのですか」
マーガリンが蓮華の気配を探り、見つけられない事に衝撃を受けた。
ロキは自身の結界の強力さを理解しており、蓮華の安全は確保した上でこの場に来ていた。
しかし、呆気なくそれは潰えた。
「急いで探さないと……!」
「待ちなさいマーガリン。蓮華の力は私も覚えています。この世界から蓮華の力を感じられない以上、ゼウスの予想が正しいのであれば、スルトと共に居るのでしょう」
「!! ……そう、そうね。ありがとモルガン」
「構いません。……大切なのですね、マーガリン」
モルガンの優しい表情に、マーガリンは荒ぶっていた心が落ち着くのを感じていた。
「……ふむ、大丈夫ですよマーリン。私と蓮華は魂で繋がっています。だから、分かるのです。今、蓮華は危機的状況ではありません。いえ、一部臨界点に到達しつつある部分があるようですが……」
「?」
ユグドラシルの言葉に怪訝な顔をするマーガリンだったが、なにより蓮華と一番近いユグドラシルの言葉だったので安心感が増したのだった。
「ゼウス」
「む? なんだロキ、珍しいではないか。お前が我に話しかけるとはな」
「御託は必要ありませんよ。そのゲートに案内しなさい。この私が、滅してあげましょう」
「……正気かロキ。この我でも防げぬ特殊な力があるのだぞ。その対策をせずに向かっても、最悪お前が敵になるであろう」
「……」
冷静さを失っていたロキは、ゼウスの言葉に沈黙した。
ロキ自身、分かっていたのだ。
しかし、蓮華に何かあったと思うと冷静ではいられなかった。
「フ……マーガリンもですが、貴方もですか。普段冷静な貴方が、ゼウスに諭されるとは」
「モルガン……。……お前が正気に戻ったきっかけはなんだ」
「分からぬ。我が何かしたのではないだろう。奴の用が済んだから、というのが一番確実だろうな」
「「「「「……」」」」」
「異界の神、ですか。ではその存在の話を、イザナギ様とイザナミ様にお聞きしてきましょう」
「「「「「!!」」」」
ユグドラシルの言葉に、高位の神々も流石に驚いた表情になる。
それもそのはずで、創造神であるイザナギ、イザナミのニ神には愛し子であるユグドラシルとイグドラシルしか会う事を許されていないのだ。
「……頼めますか、ユグドラシル」
「お願いして良い、ユグドラシル」
「お願い、ユーちゃん!」
ロキ、マーガリン、アリスティアに揃って言葉を掛けられたユグドラシルは、その瞳に柔らかでありながら、力強さを宿し答える。
「任せてください。皆さんは私の元領地に集まっていて貰えますか? ウルズからそのままにしてあると聞いていますので」
「我も行って良いのかユグドラシル?」
「……今回だけ特別です。余計な事はしないでくださいね」
「ははは! 我を誰だと思っているのだ!」
「大丈夫だマーガリン、私が拘束しておく」
「ぬぉ!?」
モルガンが杖を掲げると、ゼウスの体を光の輪が包む。
丁度お腹の辺りで輪が縮み、鎧が軋む音を立てた。
「き、きつくないかモルガン!?」
「黙りなさい。お前にはこれでも物足りないくらいです」
「……頼みます。それでは、行ってきます」
そうしてユグドラシルは天上界の更に上、神界へと飛ぶのだった。