632.蓮華side32
「それで、どうやんだ蓮華?」
腕を組んで不思議そうに聞いてくるアーネストに、かいつまんで話す事にした。
「んっと、世界には可能性の世界が沢山あるのは知ってるよな?」
「あー。確か、選ばなかった選択肢を選んだ後の世界とかか? リヴァルさんの世界も、言ってしまえばそうだよな?」
「そうそう。で、今から使う魔法は、その違う可能性の世界から、女性のリオさんの身体をコピーして出現させる魔法なんだ」
「「!!」」
ただ、この魔法にも出来ない事はあって、可能性の他の世界に無ければ、複製できない。
可能性が0であれば、無理なのだ。
「性別は確率で変わるものだから、どこかの世界線ではリオさんが女性の体で生まれてる世界があるはずだからね。その体の側だけコピーさせて貰うんだ」
「側だけ?」
「そ。人間の記憶って、脳で記憶されてるって思われてるけど、実際は魂に記憶されてるんだ。脳は魂のコピーみたいなもので、だから劣化して古い記憶は消えたりするんだよ。だけど、忘れたくない事は時間が経っても忘れないでしょ? それは魂と繋がってるからなんだ。だから、今のリオさんの魂を、その体と融合させる必要があって、それには魂がない側だけの器が必要になるから」
「成程な……」
「お、おう……我、全く分からないでござるが……お二人共凄いでござるな……」
「ござる?」
「おうわっ!? しまっ……」
「大丈夫だリオ。蓮華は大丈夫だ」
「アーネスト殿……そうでござるな、蓮華殿でござるものな……にんにん」
「にんにん?」
オウム返しのように聞く私に、リオさんは悲しそうに笑った。
「我、実は重度のオタクでし……」
「成程」
「まだ全部言ってないでござるよ!?」
と言われても、見た目が新選組みたいな恰好してるし、そういうの好きなんだろうなって。
「ま、まぁとにかく、我は所謂なりきりが好きでござって……普段は気をつけているのでござるが、ひょんな時に……驚いたりした時が多いのでござるが、ついこういう口調が出てしまうでござるよ……」
「ふーん。それの何がいけないの?」
「え?」
「いやね、会社で働いてるとか、そういう場では相応しくないかもしれないよ? でもここは元の世界からしたら異世界で、今この時は誰に何を言われる理由もないじゃないか。自分の好きを表に出して良いじゃない」
「……っ!」
「な、リオ。言ったろ、蓮華なら大丈夫だって。リヴァルさんの時も、出して良かったんだぜ」
「……ッ……! ……っ!」
目に涙を浮かべながら、アーネストの言葉にコクコクと頭を振るリオさん。
私には分からないけれど、きっと色々あったんだろうな。
「というわけで、また日本のオタク文化で盛りあがるのは後にするとして」
「するんかい」
「勿論するよ。この世界の人達で元の世界のアニメやゲームの話、あんまり出来ないじゃないか。お前は良いよな明先輩が居たし。私には居なかったんだぞ」
「いやそれは……あー、悪かったよ。明もお前には気を遣っちまうし……ってか、お前は美少女である事をまず自覚しろよっ!」
「そんなの私の周り皆そうじゃないか」
「そうだけどよっ! そうじゃなくってだなっ!」
「あはっ……あははははっ……!」
私がアーネストと口論していたら、突然リオさんが笑い出した。
どうしたんだろうか?
「し、失礼、あははっ……。いや、あのアーネスト殿が、こうも砕けて話されるのを見るのは初めてで、いや、蓮華殿は本当に、アーネスト殿の特別なんですなぁ……」
「え、お前皆の前では猫被ってるの?」
「お前にだけは言われたくねぇなぁ!?」
「あははははっ……!」
それから少しの間、リオさんの笑いのツボに入ってしまったのか、先程とは違う涙を浮かべていたリオさんに、私も笑ってしまった。
「さて、それじゃ気を取り直して、準備するね。リオさん、再確認だよ。今の体から、女性の体に変わるけど……良いんだね? この方法は一度が限度、それ以上は魂が耐えられない。つまり、戻す事は不可能だから」
「はい、お願いしたいでござる。我は……いえ、私は……女性でありたい、です……!」
「……ん。了解、それじゃ開始するよ」
両手を前に出し、魔力を集める。
この世界にはマナが無い為、自身の体内にあるマナを集中させる必要がある。
いつもより消費が凄く多いのを実感する……空気中に漂っている、ユグドラシルのマナにどれだけ助けられていたのかが分かる。
「奇麗……」
私の両手に、螺旋のように光り輝く球体が浮かび上がる。
さて、ここからだ。
「これからリオさんが女性の体の世界を探すよ。……ん、見つけた。その存在をコピー、完了。複製、完了」
機械のように処理を済ませていく。
行程を順次終わらせれば、後は……
「さぁリオさん。貴方の体に、貴女を混ぜるよ。最初は辛いかもしれないけど、頑張って」
「はいっ……!」
そう言ってぎゅっと目を瞑るリオさんへ、複製した体を融合させていく。
「ぐ、ぅぅっ……」
「リオ……!」
「だい、丈夫……でござるよ、アーネスト、殿。痛い、わけじゃなくて……」
体の骨格から、全てが変わる感覚を今味わっているんだ。
新しい体に魂だけを入れる方法なら、そんな感覚を味わう事はないのだけど……私がそうだったからね。
だけどリオさんには、自分の体というベースがある。
体を取り換えるのではなく、変える。
親から貰った大切な体を、残してあげたいと思ったから、この方法を取った。
「ふぅ、ふぅ……。どう、でござるかな? 私、変わったんでしょうか……?」
先程までのリオさんと違って、女性らしい体つきに変わっている。
ダボダボな袴服なので分かりづらいが、胸がしっかりと出ている。
「ああ、可愛くなった気がするぜ、多分」
「あはは、多分でござるかぁ……でも、嬉しいでござる。本当に、本当にありがとう蓮華殿……このお礼を、どう返せば良いのか……」
「気にしなくて良いよ。それでも気にするなら、なんかアーネストには目的があるらしいから、良ければそれに協力してあげて」
「蓮華殿……分かりましたっ! 不肖、蘇芳 理央! 蓮華殿の為にアーネスト殿に力を貸すでござるっ!」
「なんか違うんだよなぁ!? こう、蓮華関係なく俺の仲間にしたいんだけどな!?」
アーネストが頭を抱えているのを、リオさんと二人で笑って見る。
この世界に来て、人の、友達の力になれるのはとても嬉しい。
「そういえば、リオさんも戦えるんだよね?」
「はい、蓮華殿。我は刀を好んで使うでござる!」
あ、また我に戻った。まぁそっちが好きなら、何も言うまい。
「刀か、良い趣味してるね。私も刀をメインで使うから、色々教え合えるかもしれないね」
「蓮華殿に比べたら、我など我流も良い所なのでアレなのですが……」
「よく言うぜリオ。あのリヴァルさんからも褒められてただろ。どこかで見た事がある太刀筋とも言ってたけどよ」
「あはは……我は見様見真似で、漫画やアニメの真似から始まったでござるからな……。まさか、異世界でそれが力になるとは思ってなかったでござるが……」
成程……普段からそういう真似をしてて、異世界に来たらその力が開花しちゃったと。
そういう場合もあるんだなぁ。
「女性の体になったわけだし、少し体動かしてみる? 私とでも、アーネストでも良いし」
そう聞くと、リオさんは目を輝かせて言った。
「それは是非ともお願いしたいでござるっ! 蓮華殿!」
「ったく、それじゃ俺が審判してやるよ。でも、後で俺とも相手してくれよなリオ」
やれやれと言った感じで、アーネストが言う。
リオも『勿論でござる!』と元気よく返事をしているし、仲が良かったのは伺える。
「それじゃ、始めよっか」
私はソウルを出現させて、構えを取る。
リオさんは右足を前にだし、体を左に傾けているが、刀を抜いていない。
抜刀術の構えか。
「……」
「……」
「へへ、良い緊張感だな。そんじゃ、始めっ!」