629.アーネストside35
「そんな馬鹿な……この蓮華さんが、元はアーネスト、いや、俺だっていうのか……」
俺の話を全て聞き、蓮二は四つん這いになった。まさにorzってやつだな。
「この世界の俺と、俺が生まれた世界の蓮二が同じとは限らねぇっつうか、別人だとは思うけどな」
「その通りですよ」
「「「「「!!」」」」」
兄貴とブリランテも話が終わったのか、こちらへと歩いてきていた。
「兄貴、もう良いのか?」
「ええ。それと先程の話に戻りますが、貴方は蓮二であって、蓮華でも、ましてやアーネストでもありません。そして、アーネストと蓮華もまた、もう蓮二ではないのです。元の存在というものに縛られる事はありません」
「おわっ!?」
「っと!? 兄さん!?」
俺と蓮華を優しく抱きしめる兄貴。
突然の事に俺達は慌てる。
「忘れろと言っているのはありません。ただもう、貴方はアーネストで、貴女は蓮華なのです。これから知り合う方達にも、以前の話を無理にする必要は無いのですよ。アーネスト、蓮華。それで良いではないですか」
「兄貴……」
「兄さん……うん」
そうだな……俺達は元が一人の人間だったから、いつも原点をそう考えてしまう。
だけど、もう俺達は別人だ。
蓮二でもなく、蓮華でもない。
俺はアーネスト。アーネスト=フォン=ユグドラシルだ。
「……ありがとな兄貴」
「ふふ、どう致しまして」
そう言って、兄貴は俺達を解放する。
顔を見るととびきりの笑顔を向けてくる兄貴が照れくさくて、顔を逸らしてしまう。
「ぶはっ。アーネスト、お前が顔を逸らすから兄さんが悲しい顔しただろ」
「しょうがねぇだろっ。恥ずいんだよ! ただでさえ兄貴はイケメンなんだぞ、言わせんな蓮華っ!」
「だそうだよ兄さん」
「おおアーネスト、なんと可愛らしい」
「だー! 俺の事を可愛いなんて言うのは世界中で兄貴だけだからな!」
「それは誇らしいですね」
「何を言っても喜ばせるだけだぞアーネスト」
「くっそぅ!」
なんて会話をしていたら、なんか周りから普段の母さんと兄貴から見られてるような視線を感じて目を向ける。
「成程……これが普段蓮華さんと一緒にいる時のアーネストなんだな」
「超希少だよね兄さん。スマホあったら動画撮ったのになぁ。このスマホ撮れたりしないのかな?」
「……確かに、あれは俺じゃないな。剛史と彩香ちゃんもそう思うよな」
「ああ、違うな。蓮二って感じはもうしねぇもん」
「ですね。あれは……もう家族ですもんね」
なんて会話が耳に入って来た。
あー、くっそう。いたたまれねぇ!
「さて、話を戻しますが、貴方達は『ワイドランド』と戦うつもりなのでしょう? ゴリ……プリマステラからは事情は聞きました。しかし、アーネストと蓮華はまだしも、残りの者達を見るに……」
「「「「「っ!!」」」」」
兄貴に見つめられ、皆体を硬直させる。
あの目で射抜かれたら、さもありなん。
「実力が足りなすぎますね。弱すぎると言っても良い」
「「「「「!?」」」」」
兄貴がハッキリとそう告げる。
皆人間としてなら、かなり強い方だと思う。
けど、兄貴の基準はそうじゃない。
「『ワイドランド』に巣くう魔物は、中には強力な魔物も居ます。今の貴方達では、雑多の魔物は倒せても、そういった特殊個体には負けるでしょう。そして、負けるとは死を意味する。それは分かりますね?」
皆無言で頷く。俺と蓮華も口を挟むことは無い。
兄貴でない他の誰かが言ったのなら、誰かは反論したかもしれない。
もしくは、俺と蓮華が庇うような事を言ったかもしれない。
けれど、その俺と蓮華が何も言わない事が、皆の中の信憑性を上げたのだろうと思う。
「アーネストと蓮華は貴方達を守ろうとするでしょう、優しい子達ですからね。ですが、それで貴方達は良いのですか?」
「「「「「……」」」」」
皆、真剣な目をして兄貴を見つめている。
それが兄貴にも伝わったのだろう。
「フ……良い眼ですね。アーネストと蓮華が友に選んだだけの事はある。ならば、強くなりなさい。その為の方法は、こちらが用意してあげましょう」
「「「「「!!」」」」」
「ブリランテ、説明は任せます。私は一旦戻り、マーガリン達に話をしてきますのでね」
「分かりましたわぁん。ロキ様、アタクシにお任せください!」
「ええ。蓮華は少しの間、アーネストに付き合うのでしたね?」
「うん。面白そうだからね!」
「はは。分かりました。アーネスト、蓮華が無茶をしそうになったらお願いしますね」
「任せてくれよ兄貴」
「なんで私が無茶をする前提なのかな!?」
「普段の行いを胸に手を置いて考えやがれ」
「なんだとぅ!?」
「フフッ……さて、ではまた後でアーネスト、蓮華」
そう優しい表情をして俺達の頭を撫でた兄貴は、消えた。
俺も兄貴みてぇになりてぇな。強くてなんでも出来て、包容力のある、理想の兄貴だ。
「ぷはぁ……もう駄目……」
「俺も……」
突然、蓮二達が全員座り込んだ。
「ど、どうしたんだ?」
「どうしたの皆?」
俺と蓮華には何も無かったんだが、何か兄貴にされたんだろうか?
いや、そんな素振りは無かったと思うけど。
「あらぁん、そりゃあロキ様ほどのお方の前に居たのだから、そうなるのは当たり前よぉん。ロキ様もかなり抑えて下さっていたけれどねん」
「あ、あれで抑えて、なんですか……」
「「???」」
俺と蓮華は頭にはてなマークが浮かんでいる。
どういう事だ?
「人間の世界で言うなら、プレッシャーとか威圧とか言うのかしらぁん? 神聖力と呼ばれる神のみが発する外気があるのよぉん。耐性の無い者は無条件でひざまずいてしまうし、神々であってもその階位の差でひざまずいてしまうものよぉん」
「あっ……」
何故か蓮華がはっとしたような表情になった。
心当たりがあるんだろうか?
「まぁともかく、俺達の修行をブリランテさんがしてくれるって事で良いのか? 後、俺への誤解は解けたって事で良いのか?」
「おっと、そうだったわねぇん。まずは謝罪を。アタクシではないとはいえ、アタクシが迷惑をかけた事は事実。誠に申し訳ありませんでした」
しっかりと頭を下げて謝罪するブリランテに困惑するものの、あの兄貴が何も言わなかったのなら、俺から言う事も特にない。
「謝罪を受け入れるぜ。その件はこれでおしまいって事で、これからの事に話を移そうぜ」
「アタクシが言うのもなんだけれど、そんなに割り切れるものなのぉん? 一応、命を狙われたのよぉん?」
「あー、そりゃ時と場合によるぜ。今回は思う所もなかったってだけさ。なにより、あの兄貴が俺や蓮華が関わってるのに何もしなかったなら、それだけで信用に足るからな」
「はは、確かに」
蓮華も横で頷いている。
それを見たブリランテは、ふっと優しい表情になった。
「そう、ありがとぉん。貴方達には助けてもらう事になるし、この恩はいつか必ず返すわぁん」
そう言うブリランテに、俺と蓮華は目を見合わせて苦笑するのだった。