610.蓮華side24
「その、アリス姉さん。アリス姉さんが、私の事を高く評価してくれるのは嬉しい。嬉しいけど……私はそんな高尚な人じゃないよ……」
守れる力があるからと、全ての人を守りたいなんて思わない。
それこそ物語に出てくるヒーローや、聖女なんて人達なら、そう思うのかもしれない。
だけど私は……酷い人間が居る事を知ってる。
そんな人達まで守りたいとは思えないんだ。
「良いんだよ、別に。私だって、全てを守ろうなんて思った事ないもん」
「え?」
俯いていた顔を上げると、笑顔のアリス姉さんが頷きながら言葉を続ける。
「精霊は確かに世界を守る存在だよ。だけど、勘違いはしないで欲しいかな。それは、世界を守っているのであって、その世界に生きる生物を守っているわけではないんだよ?」
「!!」
「ユーちゃんは、全ての生物を守る気なんだろうけど、私は違うよ。ユーちゃんが守ろうとしてるから、守ろうと思っただけ。ね? そんな私を蓮華さんは幻滅しちゃった?」
「そんなわけない!」
反射的に、大声で怒鳴ってしまう。
けれどアリス姉さんは笑顔のままだ。
「うん、私も一緒。蓮華さんが自分を卑下したって、私は蓮華さんが好きだよ」
「アリス姉さん……」
「蓮華さんは優しい人。以前話してくれた、日本人であった時の事も聞いて知ってる。生物の醜い所も、清い所も、両方ちゃんと知っていて。善人だろうと悪人だろうと、目の前で困っていたらきっと助けてしまうような、そんな人」
とても優しい表情でそう言ってくれるアリス姉さん。
今の姿も相まって、まるで女神様のようで。
いや、正しく女神なんだった。
「蓮華さんの思うように、力を行使して構わないよ。蓮華さんなら、間違わない」
「それは……」
言いきれない、と思う。
私は感情的な人間である事を理解している。
「ううん、間違っても構わない」
「え……?」
「蓮華さんには仲間がいる。蓮華さんがもし間違った道に進もうとしても、止めてくれる仲間がね」
「……そうだね。それは、信じられるよアリス姉さん」
アーネストは相談をすればきっと一緒に考えてくれる。
ノルンだってそうだ。きっと、間違えそうな私を、叱ってくれると思う。
「ま、それに私や家族もいるからねっ! お姉さんにまっかせなさい!」
そうニコっと笑うアリス姉さんに、心が絆されていくのが分かる。
ああ、思ったよりも緊張していたみたいだ。
「うん。それで、私は何をしたら良いのかな?」
精霊王になる為。アリス姉さんも本来の姿。
きっと、大変な試練があるはずだ。
「何もしなくて良いよ?」
「え?」
「え?」
お互いにきょとんした顔で見つめ合う。
いやだって、精霊王に成る為の試練とか、そういうのあるのでは?
「サクラから聞かなかった? 私から認められる必要があるって」
「あ、うん。それは聞いたよ?」
「だから、さっき認めたよね?」
「え?」
「え?」
認めましたっけ?
「ほら。私が成れたんだし、蓮華さんなら安心だね! って」
あーれーでぇ!? そんなの分かるかぁ!
「いやだって、なんにも変わった気がしないんだけど!?」
「そりゃ称号で何か変わるわけないじゃないー?」
「それはそうかもしれないけど!?」
何かこう、あるって思うじゃないかー!
「ふふ、冗談はこれくらいにして。すぐに変化には気付くと思うよ蓮華さん」
「え?」
「まず最初に、世界を視る目が変わっているからね。ほら、周りを見て」
「!!」
アリス姉さんに言われるがまま、周りに目を凝らす。
すると、今までは声は聞こえど姿を見る事が叶わなかった精霊達の姿が、はっきりと目に映る。
私が見つめると、精霊達は手を振ったり、嬉しそうに飛び回ったりしている。
「アリス姉さん、これは……」
「そう。その子達が生物に魔術を使わせてあげてるの。仮にだけど、蓮華さんがその子達に魔術を使わせるなと『命じ』たら、この世界に魔術を使える者は居なくなるよ」
「!!」
「そしてそれは魔法も同じ。体内のマナだけで魔法を使える者は本当に一握りだからね。精霊は世界に密接に関わってる。その王が、今日この時より蓮華さんなんだ。その事だけは、忘れないでね。それ以外は、特に何をしろとかないから、気楽にね!」
「……そっか、了解だよアリス姉さん」
責任重大な役職についた気がする。役職ではないか。
でもそれなら、何故アリス姉さんはその姿で現れたのだろう?
「ふふ、私がどうしてこの姿でここに来たのか、気付いてないんだね蓮華さん」
「えっと、うん。最初は私が精霊王に成る為に、アリス姉さんと戦うのかなって思ったりしたんだけど……」
「あはは。そんな事しなくても、蓮華さんの強さは良く知ってるからねー」
それは確かに。
アリス姉さんとは嫌と言う程戦ってるし、訓練してるもんなぁ。
「私がこの姿で外に出たのは、ユーちゃんをこの世界に顕現させる為だよ」
「!!」
「だから力を貸してね、精霊王様」
そう優雅に貴族令嬢のようにカーテシーをするアリス姉さん。
私が拒む理由は無い。
「うん、任せてアリス姉さん」
「ありがとう蓮華さん」
そう微笑むアリス姉さんに、私も微笑んで返すのだった。