602.EXside1
時々、EXsideとしてこういった形で書くと思います。
俺の名はクラウド=レオンハート。
覚えているのは、その名だけだった。
見知らぬ土地に、見知らぬ風景。
地面に丸い円があり、よく分からない記号のようなものが羅列してあったが、読み取る事は出来なかった。
「止まれ! この先は『ジハード』の領内だ! 『ジハード』の者なら通行証を提示しろ!」
壁に覆われた要塞のような場所の前には、兵士が二人立っていた。
兵士と分かったのが自分でも不思議だったが、そういう経験でもあったのだろうか。
考えても栓無き事だな。
「そんなものは持っていない」
「ならば、どこから来た?」
「あのあたりだ。何か変な円とその中に模様があった。そこに気が付けば居た」
「はぁ?」
怪訝な顔をされるが、事実だ。
「おい、俺はちょっと確認に行ってくる。そいつを見ててくれるか」
「分かった。おいお前、妙な真似をするんじゃないぞ」
「ああ」
待つ事少し、俺が言った場所へ確認に向かった男が、息を切らしつつ戻ってきた。
「はぁ、はぁ……確かに魔法陣を確認した」
そうか、あれを魔法陣というのか。
「マジかよ……魔法っておとぎ話じゃなかったのか?」
「実際あったんだから仕方ないだろう! 少し前にはあそこらへんには何もなかったのは巡回の時に確認しているしな」
「という事は、この男が言っている事は真実って事か……よし、俺は隊長に報告してくる」
「頼む、俺は話を聞いておく」
「ああ!」
そう言って先程までこの場に居た男は奥へと消えて行った。
残されたのは俺と、魔法陣を確認に行ったこの男だけ。
「なぁアンタ、名前は?」
「……クラウド。クラウド=レオンハートだ」
「蔵人 玲音♡(はぁと)? また随分とキラキラした名前だな……」
何か違う感じで呼ばれた気がするが、まぁ良いか。
「俺は倉木 正人 だ。しがない警備員さ。今仲間が俺達の上司に判断を仰ぎに行ってるから、少し待っていてくれ」
「分かった」
それから待つ間、俺がそれ以前の記憶がない事を伝えると、この場所について色々と話してもらえた。
最初の態度は仕事故だったのだろう。気の良い奴だと思った。
少しして、先程の男の隣に、身なりの良い男が一緒に現れた。
「初めまして。私の名は佐藤 真一 と申します。この街の防衛本部の部隊長を任じられています。以後お見知りおきを」
「ああ。俺はクラウド=レオンハートだ」
「ありがとう。聞きなれない名ですね。そしてその服装も、この辺りでは見ない服装だ。他の島の事まで詳しくは分からないが、それでも違う気がするな」
「俺には記憶がない。かろうじて自分の名だけは覚えていた」
「成程……。分かりました、クラウドさんの入場を許可しましょう」
「「!?」」
「そうか、助かる」
「い、良いんですか隊長!?」
「あからさまに怪しいですよ!?」
「確かに怪しいが、嘘は言っていないだろうからね。それに、クラウドさんが仮に暴力に訴えてきた場合、私達はすでに死体になっているだろう」
「「!?」」
ふむ、この男は観察眼が鋭いようだ。
だが一つ訂正しておかねばならない。
「俺は自分から手を出すような真似はしない。殺しに掛かって来た者へは、殺し返すつもりはあるがな」
記憶はなくとも、考えはちゃんとあるようだ。
自分で言っていて他人事のようだが、過去が分からないのだから仕方ない。
「はは、それなら大丈夫だね。私達も分別はある。獣ではないのだから。そうだ、クラウドさんに目的が無ければ、その力を私達に貸して頂けませんか? 代わりに、私達はクラウドさんに住居と給金を支払い、この街での住民票も発行しましょう」
「構わない。ここに来たのも、別に目的があったからではないしな」
「分かりました、ありがとうございます。早速手配しましょう。倉木君、少し時間が掛かると思いますので、他の仲間達に紹介と、良ければそのまま仕事の見学をさせてあげてください」
「分かりました! そんじゃ蔵人さん、ついてきてくれ」
「分かった」
倉木という男に連れられ、警備の仲間という者達と顔合わせを行った。
大体30名ほどがこの場所で待機しており、残り70名ほどで街の見回りや、食料の確保に外へ魔物を狩りに出ているらしい。
食事は自給自足であり、狩ってきた魔物がそのまま食料になるのだという。
丁度狩りに出ていたメンバーが戻って来た事もあり、そのまま食事をする事になった。
色々と質問攻めにあったが、記憶がない事を伝えると今度は自己紹介の流れになった。
流石に一気には覚えられないが、気の良い奴らが多いのは分かった。
何もしていない俺の皿に、肉をたっぷり乗っけてくる。
「ま、今日は歓迎会みたいなもんだな! これから一緒に働く仲間に乾杯!」
「「「「カンパーイ!!」」」」
どうでも良いが、ここで働く者達は自由すぎるのではないかと思うんだが。
こんなまだ夜にもなっていない時間から、飲み食いしていて良いんだろうか?
はっきりとした時間が分からないが、まだ日は高いはずだ。
「ちなみにこれ、ノンアルだから。俺達は二交代の二日行ったら一日休みってシフトでよ、二日目の奴らはアルコールでも良いんだぜー」
どうでも良い知識が増えていく。
それから食事が終わった後に先程の佐藤という男が来て、職員達はきっちりと隊列を組んだ。
「どうやら仲良くやれそうでなによりだ。では、クラウドさんを連れて行くから、後を頼むよ」
「「「「「はいっ!」」」」」
そうして車という物に乗り、連れられた場所は先程よりも更に大きな建物だった。
「ここはこの街を治めるグループ、『ジハード』の総代が働いている場所でね。クラウドさんの話をしたら、是非会いたいと仰ってね。連れてきたというわけなんだ」
「構わない。俺から話す事はないがな」
「はは、そうかもしれないね。では、ついてきてくれ」
佐藤の後に続き、しばらく歩く。
建物こそ大きかったが、特別に豪華な物が飾られているという事もなく、どことなく質素な感じがするな。
「失礼します、佐藤です。クラウドさんをお連れしました」
「ああ、待っていたよ! どうぞ、入って!」
年若い、女性の声がした。
「君がクラウド君? わぁ、イケメンだねっ! カッコイイ!」
「……」
ジトっとした目で横に居る佐藤を見る。
「こ、コホン。総代」
「おっと、ゴメンゴメン! 余りにもイケメンだったから我を忘れたよ。金髪に吸い込まれそうな蒼い目、スレンダーな体なのに筋肉がついてて、足も長い。うん! 100点満点だよ!」
何がだ。
「私の名はティファーナ、このグループ『ジハード』の創立者にして、総代なんてのをやってるよ。よろしくね!」
ティファーナ、その名にどこか聞き覚えがある気がした。
それと同時に、何か違和感を感じる。
「多分だけど、私もクラウド君と同じ境遇なんだ。ほら、名前。似てるでしょ?」
「……言われてみれば。お前も記憶喪失なのか?」
「ううん、私は記憶を失ったりはしてないよ。元の世界の記憶もあるし、それはクラウド君と一緒の世界ではないね」
俺と一緒の世界ではない。という事は、俺もこの世界の人間ではないという事か。
「異世界召喚という物らしいんだけどね。誰がどんな理由でそれを行っているのか、分からない。クラウド君を召喚した魔法陣も、先程もう一度見に行かせたら、すでに消えていたらしいからね」
「!!」
もう少し遅ければ、俺の言った事は信じてもらえなかった可能性もあったわけか。
「それでクラウド君は記憶喪失って事だけど……その記憶が戻るまで、私達に協力してくれるという事で構わない?」
「ああ。記憶が戻っても、別に目的がなければこのままこの地に居させてくれるならありがたい」
「本当かい!? それはこちらとしても願ったり叶ったりだよ!」
嬉しそうに飛び跳ねるこの少女は、総代なんてものをしていなければ、恐らく友人に囲まれて楽しい日々を過ごせていたのではないかと思う。
「佐藤、クラウド君に住居の手配してるんだったよね?」
「はい、すでに指示は出しておりますが」
「それ私の家に変更で」
「成程、畏まりました」
「待て、畏まるな。そこは驚いてから否定する所だろう」
「「何故?」」
「得体のしれない男と、年若い女を一緒に寝泊まりさせようとするな。止める側だろうアンタは」
至極まっとうな事を言ったつもりなのだが、二人共きょとんとした後に、笑い出した。
「あはははっ! それを自分で言うの!?」
「ははは。ああ、クラウドさんの人となりは部下にも見てもらっていたし、そう自分で言う者ならより信頼できるというものです」
「いやそれは後付けだろう!」
何故俺が止めなければならない事態になっているんだ。
「ふふ、正直に話すね。私はスキルで真実看破っていうのを持ってる。それで、クラウド君の言ってる事に嘘が一つもない事が分かるんだ」
「それはあまり人に言わない方が良いんじゃないか?」
「勿論、言う人は限ってるよ。佐藤は知ってるけど、極少数の限られた人にしかこの事は話してない」
「何故俺には話した?」
「同じ異世界人って事もあるけど……なんかね、直感でこの人は信じられるって思ったんだ。私は自分の勘を信じるタイプなの。納得いった?」
「……成程。だが、それと一緒に住む事には繋がらんだろう」
「繋がるよー。だって私がクラウド君に一目惚れしたんだもん!」
「……」
頭が痛くなってきた。
こいつは何を言っているのか?
出会ったばかりで好きになっただと?
ああ、だから一目惚れか、言葉としてあるのは何故か分かるが、理解して受け入れられるかは別だ。
「だから、別に襲われても私としてはモーマンタイというか」
「問題ありまくりだ馬鹿野郎。佐藤、アンタはなんで止めないんだ」
「クラウドさんの実力なら、無理やりも可能でしょう? それをしないだけでも、紳士だと思っていますゆえ」
どんな考え方だ。力があるからとなんでも思い通りにするとか、ただのガキだろうが。
「……分かった、俺を信用してくれていると受け取る。その信頼を裏切るような真似はしない」
「ありがとクラウド君!」
「ありがとうございますクラウドさん。総代はこの見た目故、総代という事は伏せておりまして……よからぬ輩に狙われる事もあります。そんな輩から、守って頂けると助かります。これは仕事ではありませんが」
「爆弾発言をポンポンと追加しないでもらえるか。まとめると、俺の寝床はティファーナの家で、職場は街の警備と食料調達、たまにティファーナの護衛、という認識で良いか?」
「いえ、優先順位が逆ですね。総代の護衛が仕事で、警備や狩りは時間のある時にしてもらえればそれで構いません」
「それで良いのか……」
「うん、良いよ! ぶっちゃけクラウド君のステータス、強すぎて『ジハード』を一人で壊滅させちゃえるからね!」
「ステータス?」
「力とか速度とか攻撃力とか、そういうのを数値化して可視化するスキルだよー」
そんなものもあるのか。
「それじゃ、これからよろしくねクラウド君!」
「ああ」
そうして、俺はこのグループ『ジハード』で世話になる事になった。
この世界はサザンアイランドというそうで、大小様々なグループがその領地を広げようと戦争を繰り返しているらしい。
この『ジハード』もそのうちの一つで、割と大きな領地を支配していた。
左右に大きなグループがあり、更に北に上がればペネトレイトファングという大きなグループが存在している為、領地をこれ以上は大きくせず、保守に回っているそうだ。
住民の安全には変えられないというティファーナの指示で、これに不満を持つ者はいないようだ。
時折攻めてくるグループに俺も協力して撃退していると、そのうち攻めてくるグループは少なくなり、安定した日々を送れるようになっていった。
そんな折、食料調達に魔物を狩り、解体をしている途中。
凄まじい力を感じた。
俺を見ている。
また他のグループが来たか。
「……誰だ。出てこい」
そう言って出てきたのは、俺より少し若いだろうか、青年だった。
だが、見た目で判断してはいけないというのは、奴のような事を言うのだろう。
凄まじい力を隠しているのが分かる。
「この辺で見ない男だな。俺はクラウド、お前は?」
「!! 俺はアーネストだ」
成程、異世界人か。
この場合、俺やティファーナの可能性もあるにはあるが……今回は違うのだろう。
だが、一応確認の為に聞いておくか。
「アーネスト。お前も異世界人か?」
「分かんのか?」
「ああ。この地の者達は、名字と名前があるからな」
やはり間違ってはいなかったか。
ならば聞く事は一つ。
「腹芸は得意じゃないんでな。単刀直入に聞く。お前は敵か?」
『ジハード』の両隣のグループは、最近攻撃をしてこなくなっていた。
それもこの男を仲間に加えていたからだとすれば、合点もいく。
すぐに違うと答えなかったという事は、そういう事だろう。
ならば俺は、世話になったティファーナ達の為にも、『ジハード』の巨大な敵になるであろうこの男を、俺の命に代えても殺しておかなければ。
「……残念だ。ならば、ここで殺す」
「そう簡単に殺せると思うなよ?」
そう言って何もない場所から、剣を二刀出現させ、奴は構えた。
「魔剣か。相手にとって不足はない」
この男を逃せば、『ジハード』が危ない。
記憶を失った俺を温かく迎えてくれた奴らの為に、敵は殺す!