5.修行、そして
修行を始めてから、半年が過ぎた。
その間、この世界の事や魔術、魔法について詳しく学んだ。
だが、それらの事がどうでも良い事に思えるほど、二人の意識は一致していた。
「「この魔女は悪魔だ」」
もはや大賢者ではなく魔女と呼んでいる、マーガリン事マーリン師匠。
この半年、毎日の睡眠時間は3時間あるかないか、その上ずっと魔力操作を行いながら基礎トレーニングを繰り返し、座学、マナーの勉強を行いながら、模擬戦を繰り返す日々なのだ。
座学と言えば、この世界の1年は、元の世界の1年より少なかった。
1週間が7日というのは一緒なのだが、ひと月は長く、49日ある。
その代り、月の数が少なく、7月までしかない。
1週間は日曜日から土曜日までの7日間で、それが7回繰り返して次の月になる、といった具合だ。
月というのも、1月2月ではなく、日の1日だと元の世界感覚で1月1日、土の1日だと7月1日といった具合に、属性を象った日付だった。
つまり、一年は49日を7回繰り返した日数で、343日しかないのだ。
22日少ないって、早く歳を取るみたいで嫌だなぁなんて考えたのも、この修行のせいだ。
言ってはなんだが、のんびりした日本での生活で鈍っていた精神にはキツすぎた。
それはもう、逃げ出したい程に。
というか何度か逃げ出したのだが。
その度に捕まって、訓練メニューを2割増しというなんとも地味だが効果的なやり方で報復してくるので、二人は次第に逃げる事を止めた。
そして夜。
「れ、蓮華、生きてるか……」
「死んでるって言ったら、看取ってくれるかアーネスト……」
「ばかやろう……お前が死んだら、俺も死ぬからな……」
「大丈夫だ、私がお前を残して死ぬわけがないだろう……」
「蓮華っ……!」
とアホなやり取りを毎日するくらいには、精神が病んでいた。
まぁ、この半年で変わった事と言えば、俺から私に一人称が変わった事と、なんていうか、女性になった事で、色々と視点が変わった事だろうか。
アーネストやマーリン師匠、ロキさんに至ってはそんな事はないのだが、何度か町へマーリン師匠とアーネストで買い物に行った時に、自分が女性である事を実感した。
まず、男であった時より明らかに視線が違う。
フードをしているので顔は見られていないのだが、無遠慮に見られる胸やスカートに、背筋がブルッとしたのは一度や二度ではない。
あれか、あいつらは見てる事に気付いていないとでも思っているんだろうか。
でも、自分も男だった時にそういう目で見たことがないかと言われれば自信がなかったので、何とも言えないのだが。
後はまぁ、甘いものが男であった時より数倍は美味しい。
本当に美味しいのだ。
よく女性が甘いものは別腹なんて聞いて、牛じゃないんだからとか思ったものだが、体感してみるとよく分かる。
これは別腹だと。
「お前、その細い体のどこにそんな入るんだ……?」
とはアーネストの談。
動いて消化してるんだよと適当に答えてから買い物に戻ったけど。
それからも修行という名のシゴキは続いた。
属性には日月火水木金土と無の8属性が基本としてあり、光は日の派生属性、闇は月の派生属性、氷は水の派生属性といった感じらしい。
また、属性相性も、相生と相剋があるみたいだ。
相生は、まぁ簡単に言えば、その属性が他の属性を強める関係のようだ。
火は木があれば強まるし、木は水があれば強まるといった感じだ。
逆に相剋は、その属性を弱める関係だ。
火は水によって弱められるし、水は土に吸収され弱まるといった感じ。
なんというか、火・水・風に光闇で良いじゃんとか思ったけど、言ってもしょうがない。
無属性は基本的に、身体を強化したり弱体したりといった魔術・魔法が属するらしい。
アーネストは基本この無属性の魔術を好んで使う。
で、人によってこれらの属性のうちどれか一つに優れ、二つか三つ属性が使えたら才能があるらしい。
私?ええ、全ての魔術の根源たる世界樹様の子ですからね、全部最高クラスまで使えるそうですよ。
覚えられるか!と嘆いたのは最初の話。
今では結構覚えられたけど、まだ扱えない魔法も多い。
それから更に2ヶ月が経ったある日。
「二人とも大分力が上がったね。魔術、魔法の扱い方も大分良くなったし。もう並大抵の者では相手にもならないだろうね。本当に、強くなったね」
マーリン師匠からそう言われ、全身が震えた。
嬉しかったのだ。
毎日の修行の中で、マーリン師匠の強さは体感していた。
いつのまにか、本当の意味での尊敬できる師匠になっていたのだ。
そのマーリン師匠に褒められた、嬉しくないわけがない。
アーネストを見ると、アーネストも喜んでいるようだった。
「武器の扱いも、多くの種類を教えたけど……レンちゃんは刀が一番上手だったから刀を選んだのに、アーちゃんは双剣で良かったの?アーちゃんも刀が一番上手だったよね?」
私が最も得意とする武器が刀なのは、昔取った杵柄というか……父が剣術の師範だったので、色々叩き込まれたからだ。
だからか、私は刀が一番好きだったりする。
アーネストもそうなはずだけど、多分アーネストが双剣を選んだのは……。
「俺、双剣がどうしても使いたいんです。……憧れた人が双剣だったんです」
うん、あるゲームのキャラクターだよな、知ってる。
「そうなんだ……うん、なら何も言わないよ。それに、向き不向きで言えば、向いてる方だからね」
なんて優しい表情でマーリン師匠が言ってるけど、違うんだよ。
そんな背を追っている的なもんじゃなくて、あいつカッコイイ、俺もあんな風になるんだ的なのだよ。
「はいっ!ありがとうございます!」
とアーネストが元気良く言う。
マーリン師匠もロキさんもうんうんと頷いてる。
……何も言うまい。
「にしてもアーネスト、双剣だと戦い方が大分変るけど、矯正は大丈夫なのか?」
「ああ、それは大丈夫だ。ロキさんにみっちり鍛えてもらったからな」
「そっか。私も刀の扱い方は知ってたから、マーリン師匠やロキさんと模擬戦したけど、色んな戦法増えて楽しかったよ。でも、アーネストの双剣は通常の双剣と違ってかなり長い剣だからなぁ……中々厄介そうだなぁ」
「いやいや、俺は蓮華と敵対する事なんてねぇからな!?なんで俺を倒す方で考えてんの!?」
「冗談だよ」
「せめて笑って言ってくれよ!?」
この応酬を見て、マーリン師匠がクスクスと笑いながら言った。
「貴方達は本当に良い子達だね。自慢の弟子だよ、本当に。愛しい、自慢の弟子だよ」
その言葉に、少し違和感を感じる。
マーリン師匠がそんな事を今まで口にした事がなかったからだ。
「マーリン師匠、何かあったんですか?」
と聞いてしまった。
聞かなければ良かったと後悔した。
「……明日、卒業試験を行うよ。もし、乗り越えられなければ……私は死ぬ」
「「!?」」
そんな、とんでもない事を言ってきたからだ。
「どういう、事なんですか」
静かに、でも多少の怒気を交えながら、努めて冷静に話しかける。
「アーちゃん、レンちゃん。実は私の体には、厄災の獣が封じ込められているんだ」
「厄災の、獣?」
なんだろう。
名前だけ聞いても、嫌な予感しかしない。
「うん。厄災の獣は、国一つ簡単に呑み込んでしまうような大きな獣だよ。それを解き放てば、この地上は残り一年と少しを待たずして、滅ぶだろうね」
「どうして、そんな化け物をマーリン師匠の体に封じているんですか……?」
「ふふ、簡単な事だよ」
悲しい顔をしてマーリン師匠が言う。
尊敬する師匠のそんな顔を見て、胸がチクリとする。
「この地上の者達も、私でも、倒せなかったからだよ。そしてもう一度封をする事は、できないの。この封が切れるのが明日。自分から解くわけではないよ?解けるのが明日なんだよ。二人とも、よく今日までに私より強くなってくれたね」
「マーリン師匠、私達は、マーリン師匠より強くなんて……!」
「ふふ、単純な力なら、今の私よりもう強いよ?」
「「え?」」
マーリン師匠がクスクスと笑う。
その眼は、綺麗だった。
私達を信じて疑わない、そんな純粋な瞳。
「大丈夫、私の自慢の弟子である二人なら、必ず勝てるよ。ねぇロキ?」
そこに、今まで居なかったはずのロキさんが現れる。
「えぇ。私の自慢の弟弟子と妹弟子の二人ですからね。例え相手があの獣だろうが、相手にもなりませんよ」
そんな風に笑って言ってくれる。
「わ、私達は……」
言い切る前に。
ぎゅ……!
と、ロキさんに抱きしめられた。
二人とも。
「アーネスト、蓮華。以前、私が神族とお話した事は覚えていますね?」
コクン、と頭を揺らす。
二人と出会ったあの日、教えてもらった事だ。
「神族である私が、何故地上に居るのか……それは、厄災の獣が原因なのです」
「「!!」」
「私は厄災の獣に、神族の核たる物の一部を食われてしまいました。それを見たマーガリン師匠は、厄災の獣を封じてくださいましたが、核の一部を失った私は、神界に戻る事は叶わなくなりました」
重い、あまりにも重い告白だった。
自分の生きてきた場所に戻れない、それはどれだけ辛い事だったのだろうか……。
「ふふ、二人は本当に優しいですね。今、私の境遇を嘆いてくれたのでしょう?でも、それは二人も同じだと思いませんか?」
「そ、れは……」
「意地悪を言いましたね、申し訳ありません。ただ、私は核を奪われた影響で、厄災の獣に攻撃が通らないのです。だから……私の想いも、貴方達に託します」
「「ロキさん……」」
「大丈夫、死ぬ時は私もマーガリン師匠も一緒です。あ、でも貴方達は逃げるんですよ?貴方達が死ぬ事は兄弟子として、絶対に許しませんからね?」
「あの、そんな軽く言う事じゃないと思うんですけど……」
アーネストが言うが、私も全力で同意だ。
だが、そんな私達を見て、ロキが言う。
「だから、重荷にする必要はありません。ただ、全力で、おもいっきりやりなさい。大丈夫、貴方達なら勝てますよ」
そう、優しい表情をして言ってくれる。
その言葉を聞いて覚悟を決める。
他の奴らの事なんて知らない。
だけど、この心優しい二人を、自分達を心から信じてくれる二人を。
死なせて、たまるものか。
「アーネスト」
「ああ、分かってる蓮華。絶対に、死なせるもんかよ。俺達の大好きな二人を、絶対に守るぞ」
「当然……!」
そんな覚悟を決めた二人を、優しく、また悲しい表情で見るマーガリン。
「(本当は、この役目を二人に押し付けたくはなかったけれど。ごめんねアーちゃん、レンちゃん。
変えるべき、いえ戻すべき本物のオーブは厄災の獣を倒さなければ、手に入らない。私が死ぬとしたら、早いか遅いかだけの違いになるのよね。だから、勝って。勝手に召喚した私が言うのもおこがましいけれど……それでも……)」
時期は春。まだ冷たい風が、外では花を揺らせていた。