597.蓮華side18
イヴちゃんがやってくるまでの間に、多少の疑問は解決した。
まず一つ目の、協定について。
不遜で唯我独尊そうな男が、あのタイミングで引く事を選んだ。
余程の理由があると思ったけど、その通りだった。
「天界では、ある世界の入口を封印、管理しているの。これには力の大小ではなく、ある特別な力が必要でね。それを持つのが、私とラケシス、そしてヘラの三神」
「また聞きたい事が増えたけど、それは後でにというか、言えない事の一つかな?」
そう言ったら、ウルズは苦笑しながらも頷いた。
「それでね、その封印は定期的に行わなければ綻びが出るの。以前、その綻びが一度出来た時に、その世界から出てきたのが……」
そこでウルズの視線はスルトに向いた。
スルトは目を瞑り、何の反応も示さないけれど。
「コホン。ともかく、その封印を継続するにあたって、一神では力が足りず、二神でも安定しない。私とラケシス、ヘラの三神が協力しなければならないの。そこで、私達三神が争わないよう、協定を結んだの。お互いの領土で争いを起こさない、というね」
つまり、その封印が破れてしまうのはあのゼウスも避けたいって事か。
「成程。それじゃ次の質問だけど、天上界はいくつの領土というか、国というか……その、勢力っていうのかな? に分かれてるの?」
「フフ、それなら簡単よ。まず一つはこの私、ウルズ率いるノルニル。そしてラケシス率いるモイライ。そしてゼウス率いるコスモス。大きく分けて、この三つの勢力で天上界、並びに天界は統治されているわ。私とラケシスは仲が良いし、実質モイライとは同盟関係にあるわね」
ノルニル、モイライ、コスモスか。ラケシスとウルズが協定関係なく協力関係にあるのなら、コスモスも潰せるんじゃ?
「ちなみに、悔しいけれど……ノルニルとモイライの総戦力を合わせて、コスモスと同等くらいなの」
「!!」
なんと。まるで心を読んだように、私の疑問に答えてくれる。
「ゼウスの持つオリュンポス十二神。それぞれの神が破格の強さを持っているし、特にアテナ率いるワルキューレ部隊は厄介ね」
え、アテナ? アテナってあれかな、うちでアリス姉さんと日々ゲームして遊んでるあの駄女神かな?
そんなわけないよね? 同名の違う神に決まってるよね。
確かに滅茶苦茶強いけど、ゼウス側なんて嘘だよね?
「ええと、蓮華が何を考えているのか分からないけれど、アテナはゼウスの娘だからね?」
「!?」
な、なんだってー!?
あの金ピカから、アテナが生まれたの!?
いや男だから生んだのは女神の方なんだろうけど、いや神様だから男でも生めたりするのかな!?
「クス、今まで見た中で一番の驚き顔をしているけれど、もしかしてアテナと話した事があった?」
「あ、うん。今ユグドラシル領に居るよ?」
「なっ!?」
今度はウルズが驚いていた。
「そう、最近どこにも見かけないと思っていたら……」
「多分だけど、アテナはこっちに味方してくれると思うけどなぁ……」
「それは蓮華次第でしょうね。蓮華抜きなら、恐らくアテナはゼウスに力を貸すわ」
親子だから、かな。確かに、そうかもしれない。
むしろそう考えるなら、私に味方してくれるのも危ういかもしれない。
家族の絆って、強いもんね。神様にも当てはまるのかは分からないけれど。
「それじゃ、次の質問だけど……」
「ウルズ様、イヴを連れて参りました」
「れん、げ。あいた、かった」
バルビエルの横に小さな女の子が立って、はにかんだ笑顔を見せてくれていた。
アリス姉さんと同じくらいの、小柄な少女。
「ありす、てぃあは、い、ない?」
「ごめんね、今日は私とスルトだけ。アリス姉さんに会いたかった?」
「う、ん。だけど、れんげと、あーねすと、とも、あいた、かった、から、うれし、い」
まだあどけなさが残る少女が、たどたどしい言葉遣いで話す姿はとても可愛らしい。
「ごめんなさいね、まだ私が憑依した事で負った魂の傷が治りきっていなくて。流暢に話す事が出来ないの。本当にごめんなさいイヴ……」
「い、い。なん、ども……しゃざ、い、うけ、た。きにし、て、ない」
そう微笑むイヴちゃんと、悲しそうな表情をするウルズ。
バルビエルも苦しそうな表情をしている。
……よし。
「イヴちゃん、ちょっと体を調べさせてもらっても良い?」
「? どう、ぞ」
首を傾げながらも、私に何の警戒も抱かず近づいてくる。
素直な良い子だと思う。
「ん」
頭に手を置くと、くすぐったそうな声を出すイヴちゃんに苦笑しながら、魔力で全身を覆い中に侵入していく。
傷つけないように慎重に進めて、体内の魔力の核となる部分へと侵入を果たした。
「これは……」
暗闇の中に浮かぶ、緑色に輝く大きな球体。
それが、今にも砕けてしまいそうなくらいひび割れている。
「蓮華、視えるの?」
「うん。これは、酷いね」
「っ! ごめんなさい……」
「あ、いや! そういう意味じゃなくてね!」
私の言葉にウルズは悲しそうな表情を深める。失言だった。
さて、ここからが私の本領発揮だ。
ユグドラシルの力は、守りに特化している。
そんな中で、癒しの力も他よりも高いんだ。
「うぁ……」
「痛い?」
「うう、ん。あた、たか、い……」
「そう。今、体の中の魔力の核を、癒しているのが分かるかな?」
「う、ん。割れ目が、繋がって、るのを、感じ、る……」
言い得て妙だ。実際に、そうなっている。
割れ目を糸で縫うように、魔力で繋いでいっている。
その魔力が温かさと感じているんだろう。
「……よし、終了。どうかな、喋れる?」
「!! なんとも、ない。私、治ってる!?」
「イヴ……!」
ウルズがイヴちゃんに駆け寄り、抱きしめた。
イヴちゃんもくすぐったそうに、でも嫌がってはおらず、されるがままになっている。
「ありがとう、蓮華。私はもう、諦めていた」
「どう致しまして。ただ、まだ馴染むまで時間が掛かると思うから、数日は戦いとか激しい運動はしないようにね?」
「了解。本当に、ありがとう」
「蓮華、私からも礼を言わせて? ありがとう、借りがどんどん増えていくわね」
「あはは、借りなんて思わなくて良いよ。友達が困っていたから、手を貸しただけ。そこに貸し借り何ていらないよ」
「!! そう、そうね。本当に、人間は神よりも……」
「……」
ウルズが何かを言っていたが、小声で聞き取れなかった。
スルトはそれを厳しい目で見ていたけど、何か言う事は無かった。
「それじゃ、食事再開しようよ。イヴちゃんとバルビエルも一緒に食べるよね?」
「食べる」
「私も宜しいのですか?」
「蓮華が良いと言っているのだから、構わないわバルビエル」
「はっ。承知致しました」
それから皆で雑談を交えながらの食事はとても楽しかった。